第64話 まほうのちからってすげー!


 その後も観客ひとりのファッションショーを繰り広げた俺は、現在試着室の中でひとり項垂うなだれていた。

 上裸のまま床に座り込んでグッタリしている俺の様子はさぞ滑稽だろう。

 横に視界をズラせば見える鏡に映っている姿が、もう既に情けないし……。 

 俺の名誉は内外を隔てるペラペラなカーテンに懸かっていた。


(ウチのお嬢様、そういうの結構好きだったんだなぁ……)

 

 先ほどのエレオノールを思い返して、なんだか意外な一面を見たような気分になる。

 確かに、小さい頃から身だしなみに気をつけてはいた様子はあった。

 でもそれは貴族としてのエチケットのようなものだと思っていたし、ここまでウキウキとコーディネートに勤しむエレオノールの姿は今まで見たことがない。

 

 まぁ、こうして街に出て、買い物に出かけること自体滅多になかったことだし、当然ながら彼女の着替えに立ち会うこともなかったので、そりゃあそうだという話なのかもしれないが。


(まだまだ知らないところもある、ってことか)


 彼女と共に過ごしてきた時間は長い。幼馴染として、執事として、何年も彼女のそばにいて、言葉にしない部分すら理解できているつもりだった。だが、それでも俺はエレオノールのすべてを知っているわけではない。


──今回の遠征を通して、彼女のことをもっと知る必要がある。


 キリル先生に口酸っぱく言われた課題のことを頭の片隅にぼんやりと思い出しながら、虚空を見つめる。


 そんな折に。



「アルクスっ!」

「うぉわっ!?」


 唐突に名を呼ばれたことと、俺の名誉を保つ薄氷の壁が解放されたことで、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 急いで視線をそちらに向けた時、そこに立っていたのはなんだか自信ありげな表情をしているエレオノールだった。


「ちょ、ちょっと急に開けないでくださいっ!?」


 咄嗟に体を丸め、自分を抱くような姿勢で彼女に背を向ける。

 執事としては失礼な感じだけども、「エレオノールさんのエッチー!」と叫ばなかっただけ褒めてほしい。


「あら、申し訳ありません。つい気持ちが先んじてしまって」


 まるで反省していますという風に言うけれど、その声のトーンは軽い。

 ニヤニヤと口角を吊り上げている時特有の声色をしている。


(完全に確信犯だな……)


 背中越しに伝わる彼女の表情を想像するだけで胃がキリキリと痛む。

 きっと今頃、彼女は悪びれた様子もなく、ニマニマと笑みを浮かべているに違いない。


 まったくどこでそんな悪戯を覚えたんだ。

 かつてはもう少し純真だったはずなのに――いや、結構あったかもしれないな、こういうこと。


 なんだか頭を抱えてしまいそうになるが、流石に俺の裸を凝視するのが主題ではないだろうと思い立ち、視線で彼女に話を促す。


「やっぱり既製品ではアルクスの魅力を最大限引き出せないので、仕立てていただくことにしました」


 魅力を最大限って……俺は別に自分を良く魅せようとか目立とうとかしているわけではないのだが。

 最悪、薄っぺらい貫頭衣でも良いし。


 まぁそう言うと、彼女は頬を膨らましてしまいそうだが。


「デザインや素材は私が選んだので、楽しみにしててくださいね?」


「あれ、そういえば採寸とかはしなくていいんですか?」

「……。ええ、必要ありませんよ」


 エレオノールは依然、ニッコリとした表情で言った。

 

 なるほどきっと、その辺も魔法を活用しているのだろう。


 この世界には、ゲームで触れられなかった名もなき魔法が山ほどある。

 日常のちょっとした不便を解決するものや、職人たちの業務効率を飛躍的に高めるものもある。


 例えば、かき氷を一瞬で作る魔法とか、髪の毛を絶妙なバランスで整える魔法、さらには日焼けを防ぐ魔法まで……枚挙にいとまがない。


 今回の仕立て屋さんも、作業には魔法を使っていると聞く。

 そうすることで本来オーダーメイドなら数週間や数カ月かかるであろうことも、数十分程度で行えるらしい。


 ともすれば体に触れずとも、体長を測る魔法が存在してもおかしくはないだろう。

 まさか、というわけでもあるまいし。


 はえー、やっぱり魔法ってすっごいんだなぁ。


「それでは、もう少しだけ待っていてくださいね」


 そう言ってエレオノールはシャっとカーテンを閉めた。 

 離れていく足音を見送りながら、俺は丸まった態勢を解いて、改めて自分の体を見てみた。


 ……さっきなんで一拍間を置いたんだろうな、とか考えながら。



***



「……これどうなんだ?」


 俺はまた、鏡を前にして装いを新たにしていた。

 今度は本当に仕立ててもらったもの、本番ファッションだ。


 肩から軽やかに流れる布地が動きに合わせて揺れる。

 身体に沿ったデザインの衣服は、一見すると質素だが、細部の仕立てが明らかに手間暇をかけたもので、控えめながらも高貴さを感じさせる……ような気もする。


 執事の服や訓練用の服といった、フォーマルあるいは質素な服しか今世では着てこなかったので、これが似合っているのか似合っていないのかわからない。

 

 まぁこの体の顔面をもってすれば、なんでもそれなりに映えそうなものだが。


「アルクス!」


 エレオノールの声が弾む。

 小走りでこちらへ駆け寄った彼女は、その場でくるりと一周しながら俺を全身くまなく観察した。


「やっぱり! 私の目に狂いはありませんでしたねっ。とてもよく似合っています」

「そ、そうですかね」

「はいっ! アルクスの魅力がバッチリですっ」


 そんなに太鼓判を押されたら照れるな。

 まぁ彼女の要望どおりにオーダーメイドしたから、理想に近い形なのは確かなのだろうが。

 

「でもこれ、ちょっとスースーするんですけど」


 俺は首筋に手を当てながら言う。


 この服、若干露出が多い。

 インナーを着ているがやけにピッチリしている。

 首元の部分も、ケープを肩にかけているのだが、ルーズな感じなので鎖骨とかそこらへんが露わになっている。


 カッチリとした服に身を包むことの多い俺としては、やけに涼しく感じられた。


「……そんなことないですよ。むしろこれくらい大胆な方が、アルクスにふさわしいと思いますよ?」


 そうかなぁ……。

 そうかも?


 首を傾げてしまったが、まぁ、一番俺に近い存在のエレオノールが言うならそうなんだろう。うん。


「さぁ、新たなお洋服も手に入れたことですし、さっそく街を歩いてみましょうかっ」


 エレオノールはこちらに手を差し出すようにして、笑顔でそう言った。


 ……こんな喜んでくれるなら、ここに来た甲斐もあったのかもな。


 ケープの軽やかな感触が肩に残るまま、俺は彼女に連れられてまた街の中を歩き始めた。

 

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