第63話 ある一つの需要に特化したファッションショー


 イーサンの街は活気に満ち溢れていた。

 通りには屋台が並び、香ばしい焼き菓子の匂いやスパイスの効いた肉料理の香りが漂っている。

 広場の方を見れば吟遊詩人の軽やかな歌が聞こえてきて、その周りで小躍りを披露する少年少女たちの姿が見える。


 そんな街の中を、エレオノールと俺は歩いていた。


「こうして改めて外に出てみると、ずいぶんと賑やかな街ですね。エーゲンハイトのように格式張っていない分、庶民の生活感が溢れている気がします」


 エレオノールは道行く人々を観察しながらそう言う。


 確かに我らがエーゲンハイトは少々格式高い様相をしている。

 まぁ前世で言うと……赤坂とかそこらへんの位置だろうか。

 当然文明レベルが違うので漠然とした例ではあるが、伯爵貴族が治めるだけあってわりと高水準の街だ。


 それに比べたら、イーサンは庶民にも暮らしやすそうな街と思える。


「向こうとは文化なんかも違ってきますからね。何か欲しいものがあったら寄ってみますか?」


 道中では露店も開かれている。

 山や海などの自然と調和した街だからか、そのバラエティーも富んでいる。

 

「それも良いですが……その前に、まずはアルクスの服を新調が先ですっ」


 エレオノールは俺の腕をギュっと自身に引き寄せながら、ニコリと笑った。

 これは、逃がさないという構えだな……。


 そう、俺たちが今向かっているのは、少し高台にある衣料品街である。

 

 目的は彼女の言う通り、俺の服を買うためだ。

 タキシードというガチガチにフォーマルな恰好では落ち着かないと言われてしまったからな……何か見繕わなければなるまい。

 

 それに、確かに実際に外に出てみると自分でも浮いてる感じはする。

 周りみんな普通の服だしな。なんだアイツ!? という視線も時々向けられる。


 ……まぁそれは、隣のエレオノールの存在も理由にあるんだろうが。


 彼女の存在感はやはり圧倒的だ。その美貌、洗練された仕草――どれを取っても、この街では明らかに異質で、目を引かざるを得ない。


 街行く人々は、まずエレオノールに視線を向け、その後に彼女が寄り添っている俺を見て、さらに不思議そうな顔をする。

 この組み合わせは一体なんだ? とでも言いたげな顔である。

 気まずいったらありゃしない。


「ふふ、アルクスはどんな服が似合うのでしょうね?」

「……あまり奇抜なものは遠慮したいのですが」

「あら、少しは冒険してみるというのも一興ですよ?」


 服屋に着く前から、この話題は既に彼女の中で白熱していた。


 話題に挙がっただけでも、カジュアルな民族衣装から、少し冒険的なデザインまで幅広い候補が出たが、エレオノールはその度に自分の理想像を思い描いて楽しんでいる様子だった。


 まぁ、彼女も年頃の女の子だしな。

 ファッション談義は嫌いではないのだろう。

 

 というか普通の女の子の話で盛り上がれるようになっていることに、俺感動。

 誰目戦なのかわからないけど、とりあえず心の中の後方腕組みお兄さんは感涙中だ。


 このためならば、俺が着せ替え人形になっていたとしても甘んじて受け入れようではないか。

 

 ……そんなこんなをしていると、やがて目的地の店に到着した。

 噂に聞くとこの街で一番評判が良いらしい。

 外観は趣のある古い建物だが、ウィンドウには色鮮やかなマネキンが飾られており、伝統と流行が調和している雰囲気である。


「いらっしゃいませ!」


 中に入ると、店員の女性が明るく迎えた。


「こちらの者の服の仕立てをしたいのですが」


 エレオノールが俺の腕を引いてそう言うと、店員さんは曖昧な顔をした。

 ……なんかすげーバカップルだと思われてるかな。

 どうか勘弁してください。


「かしこまりました! デザインなどのご要望はございますか?」

「そうですね……まだ固まっていないので、いろいろと試着してみても大丈夫ですか?」


 エレオノールは横目に店内を見回した。

 棚にはすでに仕立てられた既製品がずらりと並び、そのどれもが高品質な仕立てを誇示しているようだ。

 シンプルで落ち着いたデザインから、華やかな装飾が施されたものまで多種多様である。


「もちろんです! あちらに試着室がございますので、お気軽にご利用ください!」


 エレオノールは手早く店内の棚を見て回ると、迷うことなく次々と服を選び始めた。

 彼女の目は真剣そのもので、まるでどんな些細な優劣をも見極める職人じみた剣幕を感じさせる。


「まずはこちらを試してください、アルクス」


 そう言って差し出されたのは、落ち着いた深い青のチュニックに、銀色の刺繍が施されたベスト。

 セットには濃い灰色のズボンが付いており、全体的に上品だが堅すぎない雰囲気だ。


 素材は柔らかく、肌触りも良い。

 袖を通し、鏡の前に立ってみると、確かに悪くない。


「どうですか?」


 我ながらまあまあ似合ってるんじゃないかと思ったが、エレオノールの反応はイマイチそうに首を傾げた。


「たしかにアルクスの落ち着いた性格と気品を醸し出してますし、穏やかな仕草に華やぎを添えていますが……少し落ち着きすぎているかもしれませんね。アルクスにはもう少し個性が欲しいです」


 ……の割には大分べた褒めな気がするんですけども。

 しかしそう言うや否や、彼女はすぐに別の服を手に取って持ってきた。


「では、これを試してください!」


 今度は、淡いベージュのシャツに茶色のレザージャケット、そして深緑のズボンという組み合わせ。

 ジャケットには細かい刺繍が施されており、どことなく冒険者風の装いだ。


 再び着替えてカーテンを開けて見せると、エレオノールは目を輝かせた。


「 アルクスの勇敢さを表現していますし、品も損なわれていません。袖口の刺繍がアルクスの鋭さや洗練した動きにピッタリですが……まだ少ししっくりきませんね」


 ぐいぐいと押し切られる形でさらに別の服を試すことになった。

 次に選ばれたのは、真紅のケープ付きジャケットに、黒の刺繍シャツ、そして金色の装飾が施されたベルトが目を引く一品だ。


「これは少し派手じゃないですか?  僕、そんな目立つ恰好をするつもりは……」

「目立たない方が良いなんて、そんなのもったいないです!  せっかくの仕立て直しですもの、思い切って冒険をしてみるのも良いではないですか」


 押されるままに試着して披露する。


「──では、今度はこれですっ」

「さすがにこれは……」

「着てみないと分かりません!」


 エレオノールがそう言って渡してきたのは、なんというか、王族とかその辺が着ていそうなビカビカな装飾の服。

 確かにどこか英雄のような風格を感じさせる……が、ちょっとしたパレードの主役みたいな雰囲気で、普段着にはどう考えても向かない。


 というかどこで見つけてきたんだこれ。

 仕立て屋のバリエーション凄いな。


「……お祭りで使うには良さそうですね」

「うーん、確かに少し大袈裟ですね。では、次はこちらを」


 その後も次々と服を試すうちに、ちょっと疲れてきた。

 だがエレオノールの目は輝きを失うことなく、選んだ服を毎回嬉しそうに手渡してくる。

 試着するたびにちゃんと感想も言ってくれるし……いったいどこからそんな情熱が湧いてくるんだ……。


「アルクス、今度はこれです!  きっと似合います!」


 ……も、もう好きにしてください。

 ゲンナリする俺を他所に、エレオノールはまた楽しそうに服を漁りに行くのだった。

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