第61話 学友たち


 泊まる部屋を確認したところで、俺とエレオノールはいったん分かれて行動することになる。

 というのも、一応は俺は騎士科の遠征で来ているわけで、少しくらいは向こうに顔を出さなければいけないのだ。


 まぁ本当に顔を出すだけなので、訓練に参加したり…なんてことはないと思う。

 特例措置で、決められた訓練以外は自由参加ということになっているからな。

 

 そういうわけなのでエレオノールはホテルで待機、俺は徒歩でしばらくといった距離の演習場へとやってきていた。


「うおらあああああ!!声出せ、声ェ!!」

「「押忍!!」」


 怒号ともいうべき声が聞こえてくる。

 …まったく、声量と気迫だけで体が吹っ飛んでしまいそうだ。


 このいつも以上の迫力は、全3クラスが合同でこの訓練場を使用しているためであろう。

 ざっと60名の騎士候補生が声を張り上げれば、こうなるのもむべなるかな。


 若干入るのが気おくれするけども、まぁ致し方がないのでそーっと場内への扉を開いた。

 

 中はまさに訓練中の集団と、ハぁハぁと息を切らしながらへたり込んでいる一団とにわかれている。

 場所を共有しているだけで訓練自体は別々でやっているから、たぶん休憩中のクラスだろう。

 そして、その現在休憩中のクラスこそが俺のクラスであった。


「あーっ!アルクスじゃん!」

「え?…うわ、ホントだ!!なんでいんだよ。いや、いなかったんだよっ!!」

「俺たちを見捨てやがって!!」


 クラスメートたちは俺を視界に収めるやいなや、轟轟に俺を非難するのだった。

 まぁこれは愛あるなじりというヤツだろうが、たぶん3割くらいは本音だと思う。


 …訓練もさることながら、合宿までの道のりってだいぶキツいらしいしな。


「まぁまぁそうカッカしないでください。これには深い事情があるんですよ」


「…くそっ、余裕な顔を見せつけやがって!」

「この首席様がよぉ…」


 冗談めかして、あえて挑発するような口調で俺は言った。

 クラスメートたちはハンカチを噛みしめる勢いで、悔しさを口にした。それもまた冗談であろうが。

 特待生だ、首席だ、単独行動だ、で浮きがちな俺に、こうしてフランクに接してくれるのは内心結構ありがたいと思っている。

 

「んでも、本当にどうして急にここに来たんだ?てっきりイーサンにすら来ていないのかと思ってたけど」


 感動の再会のやり取りをひとしきりしたところで、クラスメートのひとりがそう尋ねてきた。


「まぁ一応、顔を出すように言われていまして…。そういえば、キリル先生はいらっしゃるんですかね?」


 顔を出すように、というのは要するに先生と会えという意味である。

 そのため彼女と会わなければならないのだが、しかし今のところあの筋骨隆々な女性の姿は見当たらない。


「先生なら教員室にいると思うぞ。あの人も休憩中だろうしな」

「…ま、あの自由なキリル先生のことだからどこかで歩き回ってるかもしれないけどねぇ」


「なるほど、一応尋ねてみましょう。ありがとうございます」



***



「あれ、アルクスくん?」


 訓練場から教員室へと向かうまでに、また俺の名前が何者かによって呼ばれる。

 声の主に見当をつけてその方向を見やると、やはり彼女の姿がそこにはあった。


「エマ。こんなところで奇遇ですね」


「わ、ホントにアルクスくんだ!奇遇も何もだよ!」


 訓練用服に身を包み、激しく動いたことによってかボロっとした印象を漂わせる、主人公の姿がそこにはいた。

 やはり乙女ゲー本編では見せない姿だよな、なんて改めて思いながらも、俺は会話を続ける。


「ずっと姿が見えなかったから、もう来ないのかと思っちゃった」


「いや、前も一応言ったじゃないですか。たまに顔は出すって」


「でもやっぱり…あの過酷な道のりにいなかったものだから、なんだかずいぶんと会ってないような気がしちゃって」


 エマは苦笑しながらそう言った。


 彼女には成り行きで、俺が特例で自由行動をしているということを伝えてある。

 そもそも合宿の存在を伝えてくれたのはエマだったしな。


 それなのにもう来なそうだと思ってしまうほどの大変な出来事を経験した…と。

 いや、いったいどんなことがここまでの道のりにあったんだよ。

 このイベントに関わっていないならもう以降来ないな、と思わせるなんて、どんだけ過酷なものだったんだ。


 おそらく計り知れないことを経た彼女に、俺は精一杯苦笑して返事をした。


「…ところで、エマはどうしてここに?僕はキリル先生を尋ねようと思っていたのですが」


「わっ、ホントに奇遇だねっ!私もいまキリル先生のところに行ってきたばかりなんだぁ」


 …エマも?

 何か用事があったのだろうか。

 まぁ彼女は誰にでも気さくな人だから、案外談笑のために尋ねたという可能性はあるが。

 そうでないにしろ、軽い様子なあたり重要な用というわけではなさそうである。


「そうだったんですか。…キリル先生がいらっしゃるようで良かったです。またどこかに行ってしまったのではないかと心配でしたので」


「あはは…ちょっとわかるかも」


 神出鬼没が共通の認識にある先生って、いったいどうなんだと思わなくもないが、まぁ今はいらっしゃるようで良かった良かった。

 これで不在となったらまた面倒だからな。


「それでは、僕はこれで」

「うんっ。またどこかでお話しようねっ!」


 頃合いを見計らって、俺たちは会話を終えた。

 ひらひらと手を交わし合い、すれ違って各々の行くべき場所へと進んでいく。


 …そうしようとしたところで、



「───ねぇ、アルクスくん」


 

 不意に、彼女はまた口を開いた。

 いつものような元気はない、どこか神妙な雰囲気を漂わせる声色だった。


 もう一度彼女の姿を振り返って見ると、エマは背中をこちらに向けたままで立ち止まっていた。


「アルクスくんは、さ…」


 歯切れ悪く言葉を切り出したが……そのあとは続いていかない。

 しーんとした沈黙をたっぷりと共有した後、彼女はもういちど口を開いた。


「ううん…やっぱなんでもない。改めて、またねっ」


 …しかし、それは打ち切りの言葉。


 胸の内を吐露することなく、彼女は気を取り直すように笑って、タッタッタと駆け足でその場を離れた。



 ……いったい何があるのか、わからない。

 ただ、この世界でも主人公は何かしらを抱えているんだろうな、となんとなく思う。


 考えてもキリがないので、いつか話してくれることを期待しながら、お俺はまた歩みを進めた。

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