第60話 いっしょの部屋になりました
「わぁっ。話には聞いていましたけれど、やっぱりとっても広いお部屋ですねっ」
この街一番のホテルというだけあって、部屋は相当に豪華絢爛であった。
かといって煌びやかすぎて落ち着けないというわけでもなく、ふっかふかな羽毛ソファや冷暖房の機能のある魔道具、調節可能な明かり等々、最大限リラックスできるようなものを完備。
開放感あるテラスからは広大で爽快な白浜の海を一望することができる。
また東を向けば青々と茂る雄大な自然を目の当たりにでき、まさにこのイーサンという街を最大限楽しめる一室となっている。
前世でも泊ったことのないような超・超・スイートルーム。
平民根性が染みついている俺では緊張してしまうものだが、しかし今、俺がなんとも言えない顔をしている理由はそれだけではない。
「どうしました?浮かない顔をしていますが」
「いや……どうもこうもですよ。婚姻前の男女が…しかも主従関係にある者らが同じ部屋に泊まるものですかッ!?」
まさか、まさか同じ部屋だなんて…。
ちょっとどころか、マズすぎるだろそんなのっ!
俺はまだしもエレオノールは貴族令嬢なんだぞォっ!?
「…むぅ、まだ納得しないのですか?ほかに部屋がなかったのですから仕方ないですよ。ここはひとつ、小難しいことは置いておきましょう?」
冷や汗が止まらない俺の右手を取って、エレオノールはそう微笑む。
いったいどうして平然としていられるのか俺にはわからない。
「それに以前も、同じ部屋で泊まったではありませんか。今更二度や三度、同じことですよ」
「それは…そうですけどっ、いやそうじゃないですけどっ!でもだからって一緒に泊まっていいという話でもなくてですねっ…」
前の…受験のときに泊まったことを思い返す。
だが、チェックインしてすぐに寝てしまったから、あんまり記憶はないんだ。
なんとなく今と同じようなひと悶着はあったように思う。
あの時は一日のみだったからなんとか許せたけれど、しかし今回は合宿期間の一週間。
そんなの…いろいろマズイだろ。ホント、いろいろ…。
「アルクスは、私と一緒に居るのが嫌なんですか?」
「嫌なわけないじゃないですか」
宝石のような黒い瞳でエレオノールは俺を見つめてそう言うが、俺はすぐさま返事をするのだった。
「私もです。それで良いではないですか」
彼女もまた、まっすぐに俺を見つめて言う。
……駄目なものは、ダメ。
そう頭ごなしに言うことはできるけど。
じゃあなんで駄目なのだろうか。
貴族だから~紳士淑女だから~と言うことはできるが、しかし思えばそれは、エレオノールの感情を無視しているように思う。
まぁ別に進んで一緒の部屋に泊まりたい…というわけではないと思うけど…たぶん。
だが、少なくとも彼女自身は許しているのだからそれでいいのではないか?
合宿に連れてきてしまった以上、できれば彼女の意向を優先させたいし、そもそも俺が執事であることを考えれば言うまでもない。
…なら、ここで変にわだかまりを作る必要はないよな。
脳内会議に決着がついて、俺はふっと息をついた。
「わかりました、というのが正しいかわかりませんが…」
頬を掻きながら、俺は深呼吸ののちに口を開く。そして、
「短い間ですけど、同じ部屋でよろしくお願いします」
俺の手を取る彼女のしららかな手を握り返して、俺は笑った。
そうすると彼女も、にこりと口角を上げる。
「フフ、最初から私はそのつもりでしたから」
「…最初から?」
「あ、えっと、なんでもありません」
隠すようにエレオノールはそう言い直すが、おそらく彼女は幼馴染ということもあってか、俺に対しての抵抗が小さいのだと思う。
だから、最初から一緒でも別によかった、という意味でそう言ったのだろう。
主従関係や男女関係というのを変に意識してしまう俺に対し、そんなの関わらずフラットに接してくれるエレオノール……なんだか俺の方が情けなってくるよ。
「それにしても、ここまで良いお部屋だといるだけでワクワクしてきますね」
彼女の言う通り、小難しいことは忘れて振り切っていようと思い、部屋を改めて見回してみる。
きっと寝室も豪華なのだろうと扉を開けてみると、そこにはキングサイズかというほどの大きさで天蓋付きのフカフカそうなベッドが。
おぉ、これが一人分だなんて贅沢だなぁ。
流石スイートルーム。
寝室から反対側の扉の方を開けてみると、そこには大きな浴場へとつながる洗面所が。
お風呂もこの調子だと最高だろうし、今から入るのが楽しみだなぁ。
広いリビング。
豪華な寝室。
大きな浴場。
うんうん、完璧だ。
…あれ。
「寝室って…ひとつしかないんですか?」
「……みたいですね?」
目を逸らしながらエレオノールは言った。
俺は何か言わんとするもパクパクと口を開閉させることしかできない。
ぐるぐるぐると思考が糸を巻くが……俺はパッとそれを絶つ。
…いったん、考えるのはやめよう。うん。
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