第59話 エレオノール’sチョイス
「ようやく到着しましたね」
「はい、長旅お疲れさまでした」
「ええ、アルクスも。 ……と言っても、ずっと座っているだけでしたけどね」
魔導列車に乗ることしばらく、遂に目的地へと到着した。
降車して俺たちを待ち受けていたのは、視界の向こういっぱいに広がる緑の山々。
青々とした海の水平線。
そして、活気づいた人々の姿。
…ここが、俺たちが合宿を行う街『イーサン』である。
自然と人が豊かに調和した、有名な都市のひとつだ。
実のところ、このイーサンという街はゲーム本編でも出てくる。
主人公…エマの聖女の素質を巡って、この街でひと悶着が起きるのである。
攻略対象と協力してその困難を打ち破る…というようなストーリーなのだが、こと、今の世界線ではどうなるのだろうか。
奇しくも、エマは合宿のためにこの地に訪れている。
だが攻略対象はいないし、そもそも彼女に聖女としての素質が覚醒していない。
いったいこの前代未聞のルートではエマ周りの話はどのような展開になっていくのか…。
できれば何も起きず、平穏に終わってほしいところだ。
「アルクス、今、何を考えているのですか?」
二人分のバッグを背負ってボケっとしていると、そんな冷ややかな声が俺の耳を突き刺した。
「ずいぶんと物思いに耽っている様子でしたが…それほどまでに気になることでも?」
ずいっと彼女は半歩、身を寄せてくる。
営業スマイルすらないニヒルな無表情である。
…こ、怖いよ。
エレオノールさん…。
貴族のお嬢様らしいというか、昔から俺が彼女の近くで考え事をしていると、こうして鋭く冷たい声を投げかけてくるのである。
そういうときは決まって誰か女性のことを考えているときなので、思考を盗聴されているのではないかと不安になってくる。
いったいどうやって察しているのだか……まさか、無意識に鼻の下を伸ばしていたりするのだろうか。なんて。
「…いえ、少しばかり、これからのことを考えていたのですよ」
あくまで平常心を保って、俺は微笑みながら返事をする。
目を細めて、どこか途轍もない威圧感のあるエレオノールの表情を、視界に収めないようにしているというのもちょっとある。
「滞在期間は限られていますからね、しっかりと考えて行動しませんと」
俺からも、半歩彼女の方へと近づいて。
「せっかくエレオノール様がついてきてくださったのですから、目いっぱい楽しんでいただきたいので」
純粋な心からそう言うと、エレオノールは少しの間で瞑目した。
そして、ふっと息をつくように表情を崩し、微笑みながら俺を見据える。
「…フフ、そうですね。すいません、どうやら早とちりみたいでした」
「そうでしたか。いえ、全く問題ありま───」
俺もにこやかに返そうと思った、その時。
何か尋常ではない力の加減で、俺の体はグイぃっと引っ張られる。
腕のあたりが柔らかいものでギュウギュウと締め付けられ、身動きが取れない。
突然のことに目を白黒させていると、エレオノールは意気揚々という感じにこんなことを言い出した。
「……それではっ、アルクスがそう言うならっ、楽しませていただきますね!」
「!?、ちょっ、ちょっとまってくださいっ!?」
なに、何。急にどうしたんだっ!?
グイグイとエレオノールは俺の体を引っ張って行く。
あまりに急だったもので思わず制止をするのだが、その抵抗はむなしく終わる。
いったいその華奢な体のどこに、二人分の荷物を背負う男を運べる力が隠されているのだろうか。
「そ、そんなに慌てないで。たしかに期間は限られいると言いましたけど、そんなに急ぐ必要は……」
そんな俺の言葉は、エレオノールの耳には届かない。
やけに高揚した彼女に、俺はずるずると引きずられて列車の駅を後にするのだった。
***
イーサンに到着してまず最初は、一度ホテルにチェックインすることになっている。
この二人分の大荷物を預けるためだ。
…名目上合宿で俺はここに来ているので、他の生徒と同じように同じ宿に宿泊する予定だった、が。
今回エレオノールが帯同することになって、事情はかなり変わった。
まず結論から言えば、俺はエレオノールと同じホテルに泊まることになったのである。
俺がもとの宿に泊まって、彼女をひとりホテルに泊まらせるというわけにもいかない…という理由もあるが、いろいろと込み入った事情も絡んでそうなった。
さて、貴族科に通う伯爵令嬢様が泊まるということもあって、安っぽいおんぼろホテルを用意できるはずもない。
したがって高水準の宿が用意されるわけなのだが…
「…いや、これはちょっと」
俺は乾いた笑いをしながら、そう呟く。
そして、今一度深呼吸して現実を確認してから声を大にした。
「レベルが高すぎませんかっ!?」
目の前にそびえる城のような建築物。
貴族屋敷もビックリな規模だが、これが俺たちが泊まるホテル…ということになっているらしいけどさぁ!?
いや、いくらなんでも騎士科のものとのギャップがひどすぎるではないだろうか。
「そうですか?一番良いと思ったところを選んだのですが…」
そうエレオノールが言うように、ここを選んだのは彼女の判断だ。
意気揚々と選び始めたので任せていたら、まさかこんなエライところを選んでくるとは思わなんだ。
観光地としても有名なイーサン内でも一番のホテルなのだから、ある意味一番良いというのは正解なんだけどね…?
「い、いえ…あまりの大きさに少し驚いてしまっただけです…。 それにしても、よくこんな凄い宿の部屋をふたつも取れましたね」
ともあれば観光客も多いこのイーサン、その中でもトップのホテルとなれば、一部屋取るのも一苦労というものだろう。
電話などないこの世界で満員予約になるというのは、それほどすさまじい人気を誇るというわけなのだから。
幸運さとリサーチ力に脱帽しながら、チラリとエレオノールの方を見ると、彼女はなにやらキョトンとしたような顔でこちらを見ている。
「…たしかに部屋は取りましたけど、ひとつだけですよ?」
…え?
「…え?えっと、僕の部屋は…?」
「私と同じですよ?」
何を当たり前のことを、とでも言いたげな顔のエレオノール。
俺は言葉もなく打ちひしがれた。
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