第57話 対決の勝者
「あ、あわわ。そんな、ついてこいだって…っ!」
「…アルクスお前めちゃくちゃ大胆だなっ!?」
「もしかしてみんなの前で…!?積極的にも程ってものがあるでしょ!!」
「ふむ…どうやら僕はアルクスくんの行動力を見誤っていたようだ」
俺がエレオノールへのお願いを口にした途端、先輩方が浮足立つようにワーキャーと騒ぎ始める。
…ちょ、ちょっと待ってくれ。
何か誤解をしていないか!?
いやまぁたしかに突然ついてきてだなんて言ったのは少し勢い余った感じはするけど…でも、アンタたちが思うような理由で頼んだわけじゃねぇッ!!
「す…少し落ち着いてください!言葉足らずが過ぎましたっ。…えっと、経緯なんですけどね────?」
慌てて先輩たちを諫めようとする。
そのときに、ふと俺がこんなことを言った相手であるエレオノールの表情が視界に映った。
…キョトン、という様子だ。
漆黒の瞳を丸くして、口を小さく開きながら俺のことを見つめていた。
そんな眼で見つめられると思わずこちらが息を呑んでしまう。
つい出かかった言葉を喉元で留めてしまって変な間が生まれたその時、エレオノールのクスクスという控えめな笑い声が聞こえてきた。
「ふふ…ごめんなさい。アルクスからそんな頼みをされるとは…思ってもいませんでしたので」
「えっと…すいません、急な話で。実は少しばかり前から考えていたことなのですが言い出すタイミングがわからなくて…」
「いえ、謝る必要なんてありませんよ」
エレオノールはいつもよりも柔らかな笑みを表情に湛える。
別にそういうつもりでもなかったのだが、さすがになんだか気恥ずかしくなってしまい、目が合わせることができない。
どのみち夏休みまでには聞いておくべき事項だったのだが…。先輩たちのせいで少し調子を乱されてしまったのだろうか。
柄でもなく顔が赤くなってしまいそうだった。
「では、えーっと…合宿についていく、ですね。わかりましたっ」
エレオノールはニコリと笑いながらそう答えた。
俺はそのあっさりさというか、抵抗感のなさに、少しだけびっくりしてしまう。
「引き受けてくださるんですか?」
「もちろんです。できる限り応えるというのが賭け事の内容だったでしょう?」
合宿に着いていくなんて…そんなにできる限りの範疇でもないだろう。
貴族科とて別に易しいところでもないはず、長期休暇中の課題なんかも出題されるはずだ。それに加えて諸々なことが合わされば、時間はそれほど有り余らないと思われる。
だからこそ彼女のなんのわだかまりのない返事には少し拍子抜けしてしまうのだった。
「それに…アルクスがそう頼むですから、何か大切な理由を隠しているのでしょうしね。あまり詮索はしませんが」
「…お話が早くて有難い限りです」
…こういう察しの良さのようなものを目の当たりにすると、やっぱりエレオノールには敵わないな、と思う。
まぁ彼女との関係も長いわけだし、もしかしたらいろいろと見透かされているのかもしれない。
俺の方は、前世のアドバンテージがあるというのにまだ彼女のことを深く理解できていないのだが…。
「二人とも、盛り上がるのはいいけど夏休み中の仕事はちゃんと片付けてよ…?」
「はい。もちろんですとも」
「承知しております」
エミリーの戒めに俺とエレオノールは同時に返事をする。
この仕事のことも、同行してほしいと頼む上での懸念点だった。
こうなったら、夏休み前、あるいは合宿から帰った後は頑張らないといけないな。
「じゃあじゃあ、エレオノールさんはどんなお願いをするの?」
シャロンが興味ありげにエレオノールに迫った。
今回の対決は引き分け、当然彼女にも俺へお願いをする権利があるわけだ。
そのため、次はエレオノールのターン。
「私からは…」
口を開きかけて、言いよどむ。
いったいどんなお願いが飛び出てくるのか…できればあまりいろいろな意味で悩ましいことは止めていただきたいが…。
少しだけ身構えながら傾聴すると、エレオノールは思い切って言うのだった。
「……やっぱり、今はまだ言いませんっ!」
ガクリと体が揺れてしまった。
「そ、そんなのってアリなんですかっ!?」
「…でもナシとも言ってませんのでね」
それが許されるのなら、先輩たちの前であんまり言いたくなかったって!無駄に照れ臭くなってしまったじゃないか!
そんなことを言いたくなるが、もう後の祭りである。
何も言えず愕然とする俺に、エレオノールは悪戯っぽく笑いかけた。
「ふふ…とっておきのものを考えておきますので、楽しみにしていてくださいね」
「……僕の“できる限り”でお願いしますよ」
トホホ…と思いながら俺はそう言うが…、
まぁ、何はともあれ俺の頼みは了承してもらったんだ。
出発までにいろいろ準備は必要だろうけど、とりあえずはワンステップ目クリアといったところだろう。
俺は苦笑しながらも、心のうちで控えめにガッツポーズを掲げるのだった。
***
ライティシア学園。
貴族科、女性寮の一室にて。
「……フフ」
エレオノールは、ベッドの上に寝転がりながら微笑んでいた。
抑え込もうとした末に漏れ出てしまったかのような小さく喜色に満ちた声だった。
「まさか…アルクスからあんなことを言ってもらえるなんて」
ゴロンと体を転がし、天井を見つめる。
胸には白色の手袋が抱かれており、ずいぶんと古いものなのかヨレヨレに皺が寄ってしまっていた。
昼間のアルクスの言葉を反芻し、エレオノールは口角を一段階上げた。
「これで足りていなかった大義名分を得られました」
足りていなかった、大義名分。
騎士科の夏の合宿という、長く生徒を…およびアルクスを縛り付ける行事。
それに黙って見送ることができるほど、エレオノールの想いは小さくなかったのだ。
果たして無断で同行するということが想いの大きさを表すのかと問われると甚だ疑問ではあるが、しかし本人直々に頼まれた今、エレオノールが止まれる術は存在しないのだった。
「アルクス。少し狡いかもしれませんけど、今回の勝負は私の勝ちみたいです」
アルクスの願いが、実質的にエレオノールの願いであったから。
彼女が彼に何かを要求する権利は未だ残っている。
願ってもない状況に、エレオノールは何を願うのだろうか。
「フフ…」
ぎゅっと白い手袋が締め付けられ、彼女の胸の中に沈んでいく。
まるで愛おしむように、慈しむように、そして閉じ込めるかのように。
「そうだ」
ふと思い立つようにつぶやく。
「コレットさんに、向こうで一番の宿を教えていただかないと、ですね」
熱っぽく息を吐きながら、彼女はまた微笑んだ。
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