第56話 願いは二つ


 定期テストが終わった。

 剣術試験、魔術試験、騎乗術試験、筆記試験、騎士道試験。

 これらすべてを一日でこなすのはなかなかハードだったけど、まぁなんとか良いパフォーマンスを発揮できたと思う。


 晴れて学生たちは自由の身、長いようで短いホリデーを満喫することだろう。


 しかし騎士科の生徒は、残念なことに合宿で夏休み期間が持ち切り。

 南国のような場所に赴くようだが、しかしなかなか羽を伸ばすというわけにはいかないだろう。


 もちろんそれは俺も例外ではなく、しばらくの間この学園を離れることになる。

 …その前に、生徒会の仕事、そしてはどう対応しておけば良いものか。


 それについては、今回ので決着がつく。

 


***



「みんなおつかれ……って、何してるの…?」


 生徒会棟会議室の扉が開き、我らが副会長エミリーが顔を出すが、途端に彼女は困惑するような表情と声になる。


 それもそのはずで、今この部屋には少しばかり妙な雰囲気が漂っているのだ。


 机を挟んで俺とエレオノールが向かい合い、三馬鹿な先輩たちがその様子を囲うように見守っている。

 どことなく張り詰めたような緊張感がこの場に居座っているのだった。


「あぁ、エミリー先輩。今1年生同士のテスト点数対決をしてるところなんスよ」


 やんちゃ系な広報担当、カルロスが俺たちに代わって返事をした。


「点数対決?騎士科と貴族科では対決にならないんじゃないの?」


「まぁそこらへんはすり合わせるようですよ。学年順位だとかで」


 眼鏡男子な会計担当、クロムが補足を入れてくれる

 もともと二人同士で対決して済ませるつもりだったが、今日が生徒会会議の日なのとエレオノールの意向も相まって、先輩役員にも同席してもらっているのである。


 …もしかしたら、彼女は負けた時のペナルティから俺を逃げられないようにしているのかもしれない…なんて思ったけど、さすがにそれは考え過ぎかなぁ。


「なるほど……じゃあ、今はどっちが勝っている感じなの?」


「それが見てくださいよッッ!!」


 眼鏡で勝気な書記担当のシャロンが半ば訴えかけるような気迫でエミリーに迫った。


「今は三科目発表したんですけど…こんなできてるってことありますかっ!?!?」


 彼女がエミリーに押し付けたのは、今しがた俺たちが公開したテスト結果の紙。

 そこに書かれているのは…


「ちょ、ちょっと落ち着いてよ。…えっとどれどれ……って、全部100点じゃないっ?!」


 エミリーは素っ頓狂な声をあげた。


 全部100点だ。

 今シャロンが見せた6枚のテスト結果は、全て満点であるということだ。

 

 つまり俺とエレオノールは現在イーブン。

 なかなかなハイレベルな戦いになっているのだった。


「去年の私なんか、70点が関の山だったのに…!」


「シャロンが頭悪ぃだけだろ」


「はぁ??アンタなんか補修常連だったじゃないっ!」


「全くうるさいですね、二人とも。猿の遠吠えは聞き苦しいですよ」


「猿って…お前も座学系以外赤点ギリギリだったじゃねぇかっ!」


 俺たちのことはそっちのけで、やいのやいのと騒ぐ三馬鹿先輩たち。


 この人たちは本当に乙女ゲーのキャラクターなのだろうか。

 そんでもって屈指の人気を誇るエリート軍団の一員なのだろうか。


 今のところおバカ三人組感が否めないのだが…。

 でも、各攻略ルート以外では案外こんな感じだったような気もする。


 ならこれが、かのエリート生徒会の実態というわけか…。



「……次は、二つ一気に教え合いましょうか」


 ニコニコと笑みを絶やさないエレオノールが、おもむろに口を開いた。

 しかしその笑顔はポーカーフェイスであるのだろう。

 一切の感情を滲ませることはない。


「なるほど…それでも構いませんよ。あまり焦らしても仕方がありませんからね」


 俺は裏返しにしてある残りのテスト結果用紙に手をかけた。


 …これで勝負が決まる。

 敗者は勝者の言うことをなんでも聞かなければならない。


 ……今思えば、ちょっととんでもないことを賭けてしまったような気がしてくるが、だが一度了承したことを取り下げるなんて許されないだろう。


 俺のためにも、エレオノールのためにも、あと俺のためにも、ここで負けるわけにはいかないッ!


「それでは、せーの、で裏返しましょうか。 …せーのっ」


 彼女の声に合わせて、俺は運命を決した。

 

 俺がめくったふたつの紙には、両方ともイチマルマルの数字が刻まれている。

 

 つまりは全教科満点だ。

 ギリギリに勉強を始めて滑り込んだような形だが、しかし結果は結果である。


 貴族科よりも騎士科の方がテストが難しいというのはよく聞く話だ。

 全て満点な時点で、ほぼほぼ俺が勝ったようなもの。

 

 …な、はずなのだが…。


「…なんですか、この点数…」


 俺はエレオノールの結果を見て、疑問を呈さざるをえなかった。


 なんで点数のところに『Awesome!』とか『Amazing!』とか書かれてるんだよ。数字だけにしとけよ。


「芸術などの先生から絶賛していただけたみたいで…このような結果になったみたいです」


 …いやいや、公的なテストでそんなことってあり得るのか?

 ……あり得てるからこうなっているのか。


 じゃあ、この場合は何点なんだ…?

 何を基準に判断すれば…。


「ええ!?芸術って、たしかあの気難しい先生!?」


「あの人、すげぇ芸術家気質だからテストめちゃくちゃ厳しかったよな」


「本当ですよ。去年の今頃、私に0点などという屈辱的な点数を突き付けてきたのは今でも許せません」


「…それは自業自得でしょ」


 三馬鹿とエミリーが口を揃えてそんなことを言う。

 どうやら貴族科では名が通っている先生のようだ。


 二年の先輩だけならまだしもエミリーがそう言うということは、本当に厳しい先生なのだろう。

 そしてそんな牙城を崩し、かつ大絶賛を受けたというエレオノール。



 …これ、勝敗どっちなんだ?


「結局どっちが勝ちになるのかな、これ」


 エミリーが俺の心情を代弁してくれる。

 これはなかなか判断の難しい部分だ。


「…でも、あの先生にこんなに認められてるなら、やっぱりエレオノールさんが勝ちだと思うなぁ」


「この私に0点を突き付けたあの者を屈服させたというのは、相応に評価すべきだと思いますよ」


「いや、騎士科のテストだいぶキツイぞ?というか平均点が50くらいらしいからな。アルクスの勝ちだと俺ぁ思う」


 三馬鹿は2対1でエレオノールか…。


 …というか生徒会の面々は全員貴族科であるため、騎士科のテストの感覚を知ってる人がいないから、多数決で決めるなら俺不利じゃないか?。

 

 あれ、じゃあ俺の負け…?


 ちょっとばかし汗が滴る。

 いやまだ決まったわけではないのだが、エレオノールが何を言い出すのかは今のうちから覚悟を決めておいた方がいいかもしれない…。 


 唇が渇いていることに気づき、潤そうとしたところで、



「……ここはひとつ、引き分けとしませんか?」


 エレオノールはそう口を開いた。


「引き分け…ですか」


「流石にこのような勝負になるとは思いませんでしたので…勝敗を決するのが難しいみたいですから」


 まぁ確かに満点勝負の大怪獣バトルは予想もできないしな。

 俺たち一応首席だけど、年中首位でいられるかはなかなか難しいところがあるし。


「…それは、まぁ、わかりました。大丈夫です。では、『負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞く』というのは?」


 俺は以前より設けていた賭けについての話題を切り出した。


「え、こいつらそんなエグイこと賭けてたの?」

「真面目そうな顔して大胆なことするのね…っ!」

「積極性は素晴らしいですが…」


 三馬鹿が勝負の賭けの内容について口々に述べ始めるが、そんなの俺も薄々思ってたよっ!みなまで言うな!

 内心で俺は抗議する。



「そうですね…。引き分けということですし、なんでも…とは行かずとも『できるだけお互いの言うことをひとつだけ聞く』ということにしましょうか?」


 エレオノールがゆっくりとそう話したが…、まぁそこが良い落としどころという感じはする。

 

 …だが、エレオノールはそれでいいのか。

 「なんでも」という強力な縛りを課すほど、何かとてつもなく俺にやってほしいことがあるのかも……なんて思っていたけど、そういうわけではないのだろうか。


 とはいえ、俺としては願ったり叶ったりだ。

 俺のお願いが「できる限り」の範疇ではないかもしれないけれど。


「…わかりました。僕はそれでも構いません」


 俺が了承すると、エレオノールはわずかに口角を上げた。

 全体の表情は大きく変わらないものの、しかしその後の動作に彼女の感情がよく表れているように感じた。


 ずいっと机から身を乗り出して、彼女は俺に迫る。


「では、さっそくアルクスから……私に対するお願いを教えてくださいっ」


 なんかすごく乗り気だな…。

 ウキウキという感情が顔に書かれているかのようである。


「ぼ、僕からですか…。そうですね…」 


 生徒会の先輩たちに見られながら言うというのも、なんだか気恥ずかしい感じはするが…しかしまぁ別にいいだろう。

 

 あれから、何度か考えていたことだ。

 今更躊躇することでもない。

 こういうのは溜めてしまうからいけないのだ、淡々とあっさり言えば大したことはない。





「……えっと、エレオノール様」


「はいっ」


「夏の合宿、ついてきてください」








「「「「え?」」」」


 他四人は一斉に口を揃えて声を漏らすのだった。

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