第53話 特別課題


 

「夏の合宿…完全に盲点でした…」


「うっそ~ぉ!事前の資料でも結構デカデカと書いてあったよ!」


「…そうでしたっけ、いや、そうだったような…」


「フフ、アルクスくんも案外忘れん坊さんなんだねえ」


 意外そうに、そしてからかうようにそう言うエマ。


 何も反論の余地はない。

 ここ最近が怒涛の生活すぎて忘れてしまっていたのだろうか。

 もしそうなら、忙しいというのも考えものだな…。


「では、そんな忘れん坊な僕は、今何をすればいいんでしょう。ペアを作ると言っていましたけど…」


 ぐるりとクラスの様子を見る。

 

 各々仲良しなグループで固まっている。

 おそらくすでにペアは決定してしまっていることだろう。

 完全に出遅れたという他ない。


 …というか、このクラスは13人クラスで奇数人。

 2組ペアで作ったら一人余るではないか。


 今日は欠席もないし、今余っているヤツといえば……


 …あれ、これ俺ぼっちじゃね?


「う~ん、もうみんな決まっちゃってるからね。どこかのペアに入れてもらうしかないと思う」


「…やっぱりそうですか」


 腕を組みながら、なんともいえぬというような顔でエマはそう言った。

 

 このクラスなら一応誰とでもそれなりに親交はある。

 苦しい訓練を共にしてきた仲間だからな。

 頼めば快く受け入れてくれることだろう。


 …とはいえ、やっぱりひとり余るという状況はなんだか悲しいものがあるのだ。


「そうだ!私のペアに入ろうよっ!ペアの子も女の子だけど…でもアルクスくんならきっと受け入れてくれると思うしっ!」


 頭上にピコーンと電球を灯すように、エマは意気揚々とそう提案してくれた。


「うぅん、そうですね…」

 

 女子二人組に男子が入る…かぁ。

 別に何か問題があるというわけではないが、しかし抵抗がないと言われれば嘘である。


 他のクラスのペアと合同で訓練を行うらしいが、場合によっては俺以外全員女子という場合もあるわけだ。

 さすがの俺だってそれはちょっと気まずい。

 

 特に最近はむやみに女性にちょっかいかけるなよ、とエレオノールに釘を刺されているというのに…。

 ちょっかいかけるつもりなんて毛頭なく誤解なわけなのだが、しかしこれよりもっと疑いの目をかけられたら本当に釘を刺されてしまうだろう。


「すいません、とってもありがたい提案なのですが──」


 うむ、ここは丁重にお断りしておこう。

 ここはどこか野郎のグループに混ぜてもらって……




「───アルクスッ!!いるかッ!!」


 ガラッ、ズタン!という大きな音をたてながら、教室の扉が勢いよく開け放たれる。

 そして同時に、鬼教官のような迫力のある声が轟いた。


「…キリル先生」


「おっ、いるなッ!探したぞッ!」


 我らが担任の先生が、豪快な大股でこちらに近づいてきた。

 …俺に用があるみたいだ。


 探した…ということは急ぎなのだろうか。


「お前に話さなければならないことがある、少しツラを貸せッ!」


 端的にそう言うと、彼女はまたずかずかと大股で教室を出ていく。

 ついてこいと言わんばかりの背中だ。


 …ツラを貸せって、今から俺は殴られるのだろうか。

 何かやらかした覚えはないんだけどな…。


 

 ちらりとエマの方に一瞥を送る。


 彼女は少し苦笑をしながら、いってらっしゃいとポツリと言った。

 話を打ち切ることに申し訳なく思いながら、俺は会釈をしてキリル先生の後を追った。



***



「僕、なんかやっちゃいました?」


 カツカツと足の速い先生になんとか追いついて、俺は教職員室へとやってきていた。

 しかしここまで、なぜ俺を呼び出したのか一向に教えてくれる気配はない。

 もしかして本当に殴られるのだろうか。


「ム、なぜだ?」


「いや、急な呼び出しだったモノですから何か大変なことをしてしまって叱られるのではないかと」


「ハハハッ!なぜお前を叱らねばならんのだッ!!むしろ私の部下の新米を叱ってやってほしいものだなッ!!」


 がっはっはと相も変わらず大口で笑う先生。


 なんか微妙に話がズレている気がするが、まぁ俺は何も悪いことはしていない…ということでいいんだよな?

 若干言葉の咀嚼に時間がかかったが、ひとまず殴られることはないようなので安心しておく。


「…それに、お前には今からやってほしいことがあるからな」


「僕にやってほしいこと?」


「あぁ、夏季合宿中にな。…言うなれば、特別課題みたいなものだ」


 なるほど、特別課題。

 おそらくこれは特待生の課題なのだろう。

 

 この学校の特待生は授業なんかを欠席してもいい代わりに、こうした個別の課題が割り当てられることがある。

 学校が始まってこれまではなかったが、ようやく始まったということだろう。


「……特待生用の課題、という感じですかね」


「まぁ、それも兼ねている。だがこれはことでもある」



 …俺にしか、頼めない?


 先生の答えに俺は頭上に疑問符を浮かべる。


 まぁ特待生でも個別に課題が割り当てられるから俺専用の内容ではあるのだろうが、しかし「頼めない」というのはどういうことだろうか。

 生徒への課題に「やってください」といった頼む意味が含まれるなんてことあるだろうか。


「いったい…どんな内容なんですか」


「あぁ、それはだな────」


 先生は、彼女の前にある机上に散乱した資料を探る。

 そしてなにやら物珍しい青色の封筒をもって、こちらに手渡してきたのだった。


 なんだなんだと思いながら、封を開き、その内容を確認してみると───






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