第51話 アルクス、動きま……
トロドスは腕を組みながら、悪人を捕らえたと言わんばかりの鋭い眼つきで俺を見つめた。
その様子はある種の風格のようなものを醸し出している。
…ゲーム本編の、不良を取り締まる頑固風紀委員のスチルが思い浮かばれるな。
主人公との馴れ初めも、こんな感じだったような気がする。
平民が貴族の学び舎に土足で~~なんて台詞を吐いていたか。
そういう堅物キャラだが、とはいえ根はいいやつなのだ。
あんまり記憶に残っていないけど、特段悪評も広がっていなかった覚えはあるし、たぶんいいやつなのだ。
「これはこれは、トロドス様ではないですか」
俺は出で立ちを正して、彼に向き直った。
「いかにも、私が第一学年風紀委員トロドス・ヌートバーである。キミはいったい、エレオノールくんに何をしようとしていたのかね」
「怪しいことを画策していたわけではありませんよ。生徒会役員のお仕事がありますので、御迎えに上がったまでです」
人畜無害なスマイルを浮かべて受け答えをする。
トロドスは怪訝な表情で眉間に皺を寄せながら、まじまじと俺を見た。
「……もしかして、君が噂に聞く『アルクス=フォート』か?」
そして、思い至ったような声色でそう言うのだった。
「はい、いかにも私がアルクス=フォートと申します」
依然とニコニコしたまま俺は頷いた。
トロドスの耳にも俺の名前は入っていたか。
まぁ一番そういう噂話に敏感そうだからな、風紀委員は。
とはいえこれで身の潔白は証明できたことだろう。
こういう時、やはり生徒会役員であるという後ろ盾は役に立つな。
特に貴族科では平民の学生に対して、未だに風当たりが強いと聞くし。
「…そうか、君が、キミがそうなのか」
合点がいったという風にトロドスは頷いた。
……しかし頷いただけで、寄せた皺を戻すことはなかった。
むしろより一層に深くする。
…え、なんで?!
なんか疑うような余地あったか?!などと内心で困惑していると。
「疑ってかかってすまなかったな」
そういう彼だが、全くすまなそうな顔をしていない。
どちらかというと敵を睨みつけるような顔だ。
何処で俺はトロドスに喧嘩を売ったというのだろうか。
「近頃、エレオノールくんの周りには不届きモノが寄り集まってきておってな」
表情と言動に矛盾が生じている彼に対してどう返事したものかと迷っていると、おもむろに経緯を話し始めた。
…不届き者、だと?
「それは本当ですか?」
「あぁ、主に男子生徒からな。おそらくは彼女の優秀さと美貌に目を奪われたのだろう」
「まったく呆れる…」とボヤきながら、トロドスは言葉を続ける。
「休み時間中にお茶に誘いだそうとしたり、授業の移動の合間に強引に話しかけてきたりな。時には先輩方からも言い寄られることもあった」
…え、そうなの?!?!
エレオノールからそんな話を聞いた覚えはない。
だが、またまたぁと言えるような内容でもない。
彼女ならあり得ることだろう。
どうして相談してくれなかったのだろうか。
毎日顔を合わせるたびに近況報告してくれていたというのに。
大部分が俺がいないと云々という話だったが…。
心配かけまいという配慮か…?
「そんな輩を取り締まっていたものだから、君もそうではないかと勘違いしてしまったのだ」
「…それはご苦労様です、というか…。私としてもありがとうございます」
「フンッ、君に感謝される筋合いはないがな」
鼻を鳴らしながら俺の感謝を一蹴する。
とはいえ、不届き者を取り締まってくれていたというのはありがたいことだ。
俺の手が及ぶ範囲も、日中は限られる。
その間に防いでくれていたなら感謝すべきだろう。
だが、
「…ところでですが」
目を細めて、俺はトロドスを見据える。
それに気づいて、彼は若干目を見開く。
「そういった人たちに言い寄られていた状況についての説明がかなり詳細なものでしたが、トロドス様はエレオノール様に相談されたのですか?」
俺は先ほど思ったことを正直に話した。
失礼な物言いではあるだろうが、懸念する点でもあるしな。
エレオノールがいつどんな内容で言い寄られていたか覚えているのは、結構異様だと思う。
彼女が相談したから知っているというなら良いが、そうでなかったらストーカーといっても過言ではないしな。
目撃情報とかを聞いたとしても、そんなに念を入れて取り締まっているのは妙という話である。
まぁまさか、堅物な真面目キャラのトロドスがそんなわけないだろうが……
「…」
…彼は何も言わない。
目線は微妙に逸らしながら、押し黙っていた。
そしてようやく口を開いたかと思えば。
「………自主活動だが」
完全に視線を横にずらしながら、なんとも曖昧な言葉尻でトロドスは言った。
…え、それってつまりはエレオノールの相談を受けて…での取り締まりじゃないってこと?
ってことは……え、懸念通り?
「ちょっと待ってください。では先ほどの詳細な情報は、どうやって?」
身長差が多少あるが、俺はトロドスの肩に掴みかかる。
彼はギョッとしながら体を強張らせた。
「…いや、たまたま通りかかってだな───「たまたま?本当に偶然なのですかッ?」
目を泳がすコイツの言葉を遮って、俺はより一層肩を掴む握力を強める。
痛みゆえか、ようやくこちらの目に視線が合わさるも「それはだな…」などと口ごもるばかり。
…クロだな、これ。
「……そうですか、残念です」
「
目の前の人物が犯罪者であることを確信した俺は、ギリギリと肩を掴みながら今後のことを考えた。骨が軋むような音が聞こえるが、回復魔法のあるこの世界なら問題あるまい。
さて、どうてくれようか。
不届き者がいるぞ!と言う本人も不届き者だとは笑えない話だ。
こういう正義面したストーカーが一番厄介なのだと前世の記憶が教えてくれている。
やはり後続が生まれないよう、見せしめてやるべきだろうか。
だが流石に血祭にあげるなんて乱暴な真似はできないからな。
社会的屈辱を与えるとか、何か心をへし折るようなことができればいいのだが……
などと、コイツの処遇を考えていると。
「アルクスっ」
弾むような声が聞こえてくる。
俺は咄嗟にトロドスを掴む手を離し、後ろを振り返った。
そこには、大きく腕を広げるエレオノールの姿。
次の瞬間には彼女は俺の腕を全身で拘束していた。
「居たなら声をかけてくださればよかったのに」
「エ…エレオノール様。…いえ、声をかけようとはしたのですが…」
ちらりとトロドスの方を見る。
へなへなと膝から崩れ落ちており、肩に力が入っておらずだらんとしている。
そのせいか、なんというか打ちひしがれているようなオーラを醸し出していた。
「さぁ、さっそく向かいましょうか。早く片付けないと日が暮れちゃいますよ」
ニヤっという感じに目を細めながら、彼女は俺の顔を覗き込んでくる。
目の前に異様な体勢でいる男がいるというのに…気づいていないのだろうか。
それともそのうえでのことか。
「わ、ちょっ、ちょっとまってください」
ぐいぐいと彼女は俺の体を引いていく。
コイツに何か鉄槌を下さねばならないが、そんな暇は与えんとばかりだ。
まぁそもそも、エレオノールはトロドスは眼中にないという様子なのだけど。
…はぁ、仕方ない。
ここはエレオノールの顔に免じて、ひとまずは、保留にしておいてやろう。
(…次また付け回したら、ただじゃおかないからな)
去り際にトロドスに耳打ちしてから、俺はエレオノールが導くのに体を任せるのだった。
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