第50話 後方腕組執事面


 生徒会の仕事というのは、結構多岐に渡っている。

 なんでもない雑務から、貴族間の関係に関わってくるような重要な事項まで、責任という面でも色々な仕事を担うのだ。


 そんなお忙しい生徒会。

 その最低学年であり、庶務などという半雑用係になったものだから、俺は忙殺されてしまっているのだった。


「ふぅ~……こんな忙しいのも久しぶりだな」


 生徒会棟の書類保管をしている部屋にて、俺はため息混じりでひとり呟いた。

 アンシャイネスの屋敷でも大概忙しかったけど…幾分か余裕はあったからなぁ。

 久しぶりのこの感じ、なんだか懐かしさすら感じてしまう。


「…ぁ、もうこんな時間か」


 俺は壁掛けの時計を見て、机上に散乱した資料を片付け始めた。


 今日は珍しいことに騎士科の授業はなく、自主訓練ということになっている。


 実質的な休暇だ。

 クラスメートたちもウキウキな様子であった。

 外出許可はさすがに下りないだろうから、遊びにいけるとかではないわけだけど。


 まぁそういう余裕が生まれたということなので仕事を進めていたのだが、そんなことをしているとあっという間に時間が過ぎ去ってしまうというモノである。


 そそくさと書類を片付け終え、俺は紙の匂いでいっぱいになったこの部屋を後にした。


 足早に向かう先は、貴族棟である。

 この時間は、授業終了のチャイムが鳴るころだ。


 ちょうど生徒会の建物から出たところで、リンコーンという鐘の音が向こうの方で聞こえてくる。

 俺は胸元に着けた星型のバッヂを確かめながら、歩みの速度を速めるのだった。



***


 

 案外、貴族棟の敷地内に足を踏み入れるのは初めてのことである。

 今まで噴水のところで待ち合わせたり、エレオノールの方からやってきたりということが多かったからだろう。


 やはり母数が多いだけあって、目に入る生徒の人数も多い。

 騎士科は訓練の掛け声とかで騒がしいけれど、視覚的には結構閑散としているのだが、貴族科は人数相応の騒がしさという感じだ。


 俺はちょっとだけドキドキしながらも、彼女の教室の場所を思い出しながら向かった。


「…おい、アレ…」

「わ、あの方はもしかして…」

「やば、本物じゃね?」

「どうしてこちらに居らしているのかしら?」


 道行く人たちからは、なにやらヒソヒソと話声が聞こえてきた。

 もしかしなくても俺についての話題だ。

 まぁあれだけ目立って生徒会にもなったのだから、多少顔を覚えられていても無理はない。


 まともに聞き入るつもりもないので、陰口は勘弁してくれよぉ~だなんて思いながらもスタスタと通り過ぎていく。


 そしてやってきたのは、わが主人の教室だ。


 騎士科と違って、やはり広いし綺麗だし豪華。

 これぞ貴族の学校という雰囲気を醸し出している。


 廊下の窓からそーっと中を覗き見てみる。

 もう授業は終わっているようで、生徒たちが思い思いに散り散りになっていた。

 

 もしかしたらすれ違ってしまったかも…なんて心配になりながらも、今度は扉の隙間から覗き見てみる。


 するとそこには、一際目を奪う彼女の存在があるのだった。



「わぁ、良く理解できましたっ!ありがとう、エレオノールさん!」

「すご~い、あれほど難しい算術も解けてしまうだなんて」

「エレオノールさんって、先生よりもわかりやすく解説してくれるわよねっ」


 キャッキャと女性らしいトーンの高い話声が聞こえてくる。

 その一団の中心には、わが主人エレオノール・アンシャイネスその人がいる。


「ふふ、礼には及びませんよ。それに私もまだまだ未熟な身ですから」


 クラスメートに囲まる彼女の顔には、ニコニコという言葉の似合う笑顔が浮かんでいた。

 …いつものような営業スマイルではない。

 心から笑っているのではないかと個人的には思う。


 う~ん、この光景には…なんだかジーンとくるモノがあるな。


 本編ストーリーでは、虚像の笑みと顔を演じて、常にだれかを陥れようとして心から笑うことは一度キリもなかったのだ。

 それを…今の彼女と重ねてしまったら、涙は禁じえん。


「まぁ!こんなにもご立派ですのにまだ上を目指していらっしゃるのですか!」

「これ以上成長されては、私には到底たどり着けない境地へと行ってしまいそうですわ…」

「もうすでにその領域でしょ、これは」


 エレオノールをしきりに褒めるクラスメートたち。

 そこには特段、思惑のようなものは感じられない。

 良い友人にも恵まれているようだ。


 そして……


(うんうん、そうだよな。そうだよなぁ)


 その様子を見て、俺は腕組をしながら頷いているのであった。


 そうそう、エレオノールは凄い娘なんだよなぁ。

 これまでたくさん健気に努力してきたんだから。

 彼女の努力が実り、認められているのは、執事である俺も鼻が高いよ。 


 

「…いやいや、そうじゃなかった」


 うっかり後方執事面をかましてしまったが、今は教室での彼女を見物しに来たのではない。

 仕事だ仕事。


 あちらの会話もひと段落付きそうという雰囲気なので、ここらへんで声をかけようか。


「エレオノール様────「キミッ」


 彼女の名を呼ぼうとしたところで、俺の肩はガシッと掴まれた。

 そしてどこか怒気を孕んだような男性の声が耳に入ってくる。


「キミ、エレオノールくんに何か用かね」


 低く、芯のある声が俺を捉える。


 視線を声の主の方へと向けると……


 そこには、深緑色で、ワックスでどれだけ固めたんだと疑問に思うくらいにはカッチリとした髪、ガッシリとした体躯、切れ長で落ち着いた印象を感じさせる瞳を持った、男の姿が。


「……トロドス、様?」


 俺の口は、自然と彼の名前を声に出す。

 

 記憶の中の人物と目の前の彼が合致した。


 なぜなら彼は『セレスティア・キングダム』における、「ダメだってわかっているのに恋に堕ちちゃう風紀委員」ポジションを担うキャラであったのだから。

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