第48話 もう一人のラスボス


 『セレスティア・キングダム』という乙女ゲーにおける生徒会ルートは、数あるシナリオの中でもかなり難しい部類に入るルートである。


 まず生徒会に所属するところから困難を極め、1年生からルートに入るには、必要なパラメータが基準値まで伸びてくれるようにイベント出現と乱数をお祈りするしかない。


 そうして運よく入れましたよ~となっても、そこから攻略していくことこそが、更なる関門として立ちはだかる。


 攻略対象キャラクターは三学年にひとり、二学年にふたりいるのだが、学年違いということもあって好感度を伸ばすのが同学年と比べて難しくなるのだ。


 設定上エリートであるからなのか、ゴールインに求められる好感度やパラメータの基準値もかなり高く設定されているため、ただでさえ難しいというのに難易度を加速されてしまっている有様。


 そういうわけなので、生徒会ルートを攻略しようとする人は、一通り『セレスティア・キングダム』を攻略した人ということになる。


 そしてとりわけ、生徒会のとある人物を攻略するのは、本当に最後の最後となることも多く、そういう意味でかの攻略対象はファンの間でこう呼ばれているのだった───




***




「ここが…ですね」


 エレオノールと横並びになって、俺たちは目の前の建物を見上げる。

 ライティシア学園の校章がデカデカと施されているこの建物は、生徒会専用の施設である。


 生徒会棟だなんて呼ばれたりするが、生徒会役員たちはここで諸々の仕事を日々こなしているのである。


 ……そして、晴れて当選した俺たちもまた、ここに入る権利を有しており、そのような日常に飛び込もうとしてるのであった。


「なんだか、緊張してきますね」


「アルクスも緊張なんてするんですね。首席スピーチでも先の選挙演説でも、飄々としていたというのに」


「僕を何だと思ってるんですか。僕だって人並みに……まぁ、緊張するんですよ」


 クスクスと笑うエレオノールにささやかに俺は抗議するのだが、しかし完全に否定することはできなかった。


 たしかに、俺はあんまり緊張することはない。

 前世の経験などもあるのだろうか……そこはわからないけど、ガクガクに震えるほどの緊張感を感じたことは、ここしばらくなかった。


 なのに、今は緊張するの?生徒会の人に会うだけなのに?

 と言われてしまいそうだが、しかしこの緊張というのは、普通のそれとは少し異なるニュアンスと理由があった。


 …う~ん、例えるなら、有名人に会うドキドキ感?


 生徒会役員という皆の憧れの的と対面するのだから、そりゃあ少しばかり心臓が高鳴るだろうという話だし、それに俺の場合にはもっと別の理由で彼らに会うワクワクを抱いているのである。



 なんてったって生徒会には、あの“ラスボス”がいるのだから。



「それでは入りましょうか」

「ですね」


 俺が先導し、エレオノールが後を付いて、俺たちはこの学園のトップの根城に入り込むのだった。



 2階建てとはいえ、一つの団体しか使わないので大きさ自体は割とこじんまりとしている…が、十分すぎるほどの規模はあると思われる。


 向こうまで続く廊下の途中には、幾つかの部屋の扉が見える。

 こんな数の部屋があったって、どれくらい利用する機会があるのだろうか。


「まずは生徒会顧問の先生を尋ねるよう言われていますけど…」

「居場所がわかりませんね。この建物内にはいると思いますが」


 顧問の先生のご挨拶、というわけなのだが何処にいるのだろうか。

 部屋をいちいち全部覗いてみるのは面倒なのだが…。


「とりあえず、主な活動場所という会議室の方に行ってみますか」


 まぁ、居ないなら居ないで、後で会いに行けばいいだろう。

 

 俺たちは事前に渡された施設内図を見て、会議室なる部屋へと赴く。


 会議室なんて仰々しい名前ではあるが、要はイメージに思い浮かぶ生徒会室である。

 ホワイトボードがあって~椅子と机が合わせられていて~みたいな、あの感じを貴族風に豪華にした感じではないか。ゲーム内の背景でもそんな感じだったしな。


「この扉を開けたら皆さんいらっしゃると思いますが…アルクスは準備は大丈夫ですか?」


「…ええ、問題ないですよー」


 先ほどの緊張についての冗談なのか、彼女はいたずらっぽくそう言った。

 あえて棒読みな返事をしながら、俺はこれまでの部屋の扉とは一味違って、シックな茶色い扉の取っ手を握った。


「…失礼します」


 入室の合図としてノックをした後、俺は扉をゆっくりと開ける。


 部屋に入れば、すぐに視界に飛び込んでくるのは長机とそれを挟むように配置されたこれまた長いソファ。


 そして、そこに腰かける男女や、本棚に向かっている者の姿なんかがあった。



「あ、新入生の方ですかっ?」


 俺たちが入ってきたことに気が付いたのか、一番手前にいた女性がそう尋ねてきた。

 黄色い長髪に青い瞳、身長は高め…そんな感じの姿をしている。


「はい、第一学年の役員に選出して頂いたアルクス=フォートと申します」

「同じく、エレオノール・アンシャイネスと申します」


 気づけばエレオノールは隣に立っており、あの…営業スマイルを表情に浮かべ、貴族らしい礼儀のなった礼をした。

 俺も騎士らしく、ひざをついてちょこっと頭を下げた。


「わぁっ、見て!今年の新入生、すごい礼儀正しい!」


 そうしてやると、目の前の彼女はなんだか感激したような声色でそう言った。

 ため口の通り、俺らに対してではない。

 彼女と対峙して座っている青年と少女や、資料を流し見てるあの青年に対しての言葉なのだろう。


「…エミリー先輩、まるで去年の新入生僕たちが悪かったみたいな言い草ですね」


「まぁ、クロムとシャロンはアレだったからな。なんも言えねぇ」


「カルロスだって遅刻するわ初日から問題起こすわで問題あったでしょっ!」


 やいのやいのと騒ぎ立てる彼ら。

 …この世界線でも、彼らは変わらないな。



 二年生生徒会役員のクロム、カルロス、シャロン。

 彼らは全員、『セレスティア・キングダム』でも登場し、男子二人は攻略対象、シャロンは恋敵キャラという立ち位置になっている。


 クロムは偏屈メガネ、カルロスはやんちゃ系イケメン、シャロンは強気メガネっ娘…というのが大体の属性だろうか。


 この三人の登場人物たちも、生徒会ルートが人気な所以の一端を担っている。 


「ちょっと、静かにしなさい!!…ごめんなさいね、騒がしい子たちで」


 この中で最も年長者であるエミリーが、申し訳なさそうにそう言った。


「いえいえ、にぎやかな方達ですね」


 エレオノールはニコニコ笑みを絶やさずエミリーを気遣った。

 戸惑わずにポーカーフェイスで対処できるのは、やっぱり彼女の強みだな…って思う。

 本編でも、その長所のおかげでラスボスを務め上げているし。

 人心掌握という形でな。


「まぁ、良い言い方をすればそうなるかしらね」


 困ったような顔をしながらも、エミリーはクスリと笑った。


 ……エミリーも、何かと不遇な立場なんだよな。

 三人の後輩に振り回されることが多かったり、そのたびに尻ぬぐいに奔走していたり……。


 そして、ゲーム面でいえば、“彼”の唯一の同期だというのに、恋敵キャラにもなれず影が薄くなってしまっているのだから。



「そういえば、本日ははいらっしゃられないのですか?」


 視界にいない彼のことを尋ねる。


「あぁ、今は少し出ててね。もうすぐ戻ってくると思うけど───」


 エミリーが頬に指先を当てながらそう答えるが……その時に。



 ガチャリ、と扉が開かれた。


 その瞬間、空気が変化する。


 カリスマ、とでも言うのだろうか。

 圧倒的な存在感を放つ者が、この場に出現する。


「もしかして、新しい役員の子たちかな」


 ふんわりと優しい、落ち着いた男性の声が聞こえてきた。

 後ろをゆっくり振り返る。


「ジークヴァルト・アストルフォン。この学園の生徒会長で、君たちと一緒に働く仲間だよ。これからどうぞ、よろしくね」



 あまりの攻略難易度で、ファンに“ラスボス”と言わしめた…ライティシア学園生徒会長の姿が、そこにはあった。


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