第47話 支持者たち
生徒会の立候補者はだいたい4、5人。
そのうちの2~3人が生徒会役員として当選することになる。
こういう役員に立候補するヤツというのは、大抵何かしら特筆すべき点を持つ者が多い。血筋にしても能力にしても、何かと有望なモノをもっているのだ。
貴族の生徒たちは、「自分はあなたの当選に貢献しましたよ」という名目ですり寄れることを目的に、勝ち馬に乗ろうとする者が多い。
擦り寄ったときの利益も踏まえると、当選者というのは大抵名家の出の者になることがほとんどであった。
逆に言えば、生徒たちの票は流動しやすいと言うこともでき、それを利用して特定の人間に票を集めるという動きも可能ではあった。
そのためには権力・実力・人望の三拍子が揃う必要があるわけだが、それらが揃えばあとは簡単だ。
この人物が良いですよォ、と喧伝しておけば、勝手に思惑通りに事は進んでいく。
もし厄介なライバルがいたとしても、金や地位なんかの利益をチラつかせれば、所詮若人の精神を揺るがすのは簡単だ。
それでも無理ならば、その者が持つ実力と権力をもって、脅してしまえばいい。
────それが、本編におけるエレオノールの立ち回りだった。
生徒会ルートに入った場合、闇堕ちエレオノールはそのような姑息で意地汚い真似に出る。
すべては、主人公であるエマの当選を防ぐためだ。
彼女に対して深い嫌悪を抱くエレオノールは、自身の持てるものを全て使い、エマを失脚させるのである。
外面だけはかなりの優等生であり、伯爵家というそれなりの地位であることから、平民出身のエマを落選させるのは全くもってむずかしいことではなかった。
目標を叶えられず落ち込むエマを、陰でほくそ笑むエレオノール…という結構胸糞な展開なのだが…
……まぁ、結局エマは非公認の生徒会お手伝い役として、攻略対象と仲を深めることになるので影響は小さかったりする。
と、長々述べたが、まぁすでに外れてしまったルートの話はいいだろう。
問題は、今のこの世界でエレオノールがそのようなことを……他の立候補者を蹴落とすようなことをしてしまったのではないか、というものだ。
今回のルートでも、立候補者は俺と彼女を含めて5人いたはずだった。
ポスターのようなものが張り出されていたのも確認している。
だというのに、俺たち以外の者が全員立候補を取り下げたというわけなのだから、何かあったと疑わない方が嘘というものである。
……本当にやっていたらどうすれば良いのだろう。
そもそもなんでやったのかを聞くべきなのだが…たぶん、俺と一緒に当選するため、とか言いそうだよな…。
それってほぼもう、俺のせいで闇堕ちしてるようなもんじゃないか…。
なんだか体調が悪くなってくる。
まず真偽のほどを確認するべきだが、答えを聞きたくなかった。
ええそうですよと言われたら崩れ落ちるしかない。
そんなふうにグルグルと思考を巡らせ、グルグルとお腹の中で感情を渦巻かせていると……
「アルクス、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?」
隣に座るエレオノールが心配そうに俺を覗き込んだ。
「大丈夫…では、ないですかね…」
「そんな、もう演説の直前だと言いますのに…。緊張でしょうか…?」
彼女はベンチを立ったかと思えば、俺の目の前にしゃがみ込み、上目遣いで俺を見つめた。
そしてひんやりとした華奢な手を、俺の額に当てる。
なんて親切で人想いな子なのだろう、と思う。
だからこそ、俺は聞くことができなかった。
こんなに優しく慕うべき主人が、悍ましいことをやっているのではないか…なんて。
「熱はありませんね…。念のため、横になっておきましょうか」
そう言うと彼女は、そそくさとまた俺の隣に座りなおし…ポンポンと自分の膝を小さく叩いた。
「どうぞっ」
「…いや、あの」
そんな、遠慮なく!みたいな満面の笑みで言われましても…。
さすがに他人の目のあるところでそのような真似はできないし、そもそも今の心情的にできるはずもなかった。
「無理をするのは良くないですよ」
そう言って慈愛的な微笑みを見せるが、俺はどう言ったものか…と言葉を探って黙ってしまう。
……いや、こういうのは単刀直入に言うことが大事なのかもしれない。
長々と思考を巡らせたところで、何になるというわけでもないのだ。
頭をふるふると小さく振るって、考えを新たにする。
よし、聞こう。
聞いて話すのだ。
「…えっと、エレオノール様───」
「「「エレオノールさまぁあああ!!!」」」
俺が口を開いたその瞬間、彼女を呼ぶ声がまた別のところから大きく響き渡ってきた。
興奮状態というか…前世で例えて言うならば推しのアイドルにファンサを求めるみたいな口調と声色だ。
「っ、キャシーさん。レオンさん。テレーゼさん」
なんだなんだと俺が声の主の方へ振り返ったとき、すでにエレオノールは彼らの方を向いて、3つの名前を口に出していた。
「エレオノール様、今日も大変麗しゅうございますっ!」
「エレオノール様、今日も気高くいらっしゃいますっ!」
「エレオノール様、今日もすばらしき才を放っていらっしゃいますっ!」
右から、金髪でふっくらとした少女。空色の髪をもつ眼鏡をした青年、オレンジ色の長髪を持ち一際ニコニコとしている少女。
信号機みたいな配色の三人組は、目の前に並んで現れるや否や、口々に彼女を褒め称えた。
…え、なに。
何事…?
「ありがとうございます、皆さん。今日は応援に来てくださったのです?」
「ええ!もちろんですとも!」
「我々に代わってこの学園を支えてくださるのですから!」
「全校生徒が、改めてエレオノール様のすばらしさを噛みしめる機会でございますゆえ!」
エレオノールが一言返事をすれば、3倍4倍になって熱量を注いでくる三人衆。
なんか…ものすごい熱心な信者のようだ。
いったいどうしてこんなに…。
と、いうか。
今の真ん中の青年の発言と…エレオノールの言った名前。
キャシー、レオン、テレーゼ…。
あれ、これって確か……
「もしかして…みなさん、立候補者の方々ですか…?!」
「…そうですが?」
「元、立候補者ですが?」
「今はエレオノール様の親衛隊ですが?」
俺がぽつりと尋ねてみると、彼らはさも当然であるという風に答えて見せた。
元立候補者が…エレオノールの親衛隊に…?
え、なんで…?ライバルだったのに…?
ちらりと視線だけエレオノールの方へ向けると、彼女は少し困ったような顔をして口を開いた。
「少しばかり、いろいろなことがありましてね…。こちらの方々と関わる機会があったのですが、そうしたら私を応援してくださるようになりまして」
「私よりも遥かに素晴らしいと痛感しましたからね」
「きっとエレオノール様に代わる存在などいないでしょうから」
「うんうん」
苦笑しながらエレオノールは答える。
それに追従するように三人衆も口を開く。
…いろいろあったって、どんなことがあったというんだ…、とは思うけど、様子を見る限り、本当にエレオノールに肩入れしているようである。
一ライバルだったというのにそこまで心変わりするとは…エレオノールはいったいどんなことをやってのけたというんだ…。
「…では、脅されて…みたいなことではないんですね?」
俺が恐る恐るという風に問いかけると、すんっ…という擬音が似合うほどに彼らは無表情になった。
あれ、やっぱり──などという思考が
「そんなわけがないでしょう!?」
「エレオノール様がそんなことをするわけがないでしょう!?」
「冗談でも笑えませんわ!」
怒涛という言葉がぴったりと当てはまるくらいに、彼らは矢継ぎ早に俺を圧倒した。
あまりの剣幕、さすがに気圧されざるを得ない。
「え、えっと、すいません。別に貶そうという意図があったわけでは…」
慌てて言葉を探すが、三人衆の勢いはとどまることを知らない。
ほとほとどう収めようかと困ったところで、エレオノールが口を開く。
「その辺にしておいてあげてください、アルクスは体調がすぐれないようなので」
鶴の一声とばかりに、彼らの言葉の応酬は止まる。
流れる蛇口の栓を閉めたみたいに、ピタリと。
「…エレオノール様がおっしゃるのなら」
「仕方ありません」
「これ以上は意味がないです」
口々に言う彼ら。
…下手な騎士団なんかよりも統制が取れているのではないかとすら思えてしまう。
「む、時間でございますね。我々はここらで失礼いたします」
「演説、応援しておりますっ!」
「周りの者共全員、エレオノール様を支持いたしますので!」
忙しなくそう言って、忙しなく彼らはこの場を去っていった。
「…清き一票でお願いしますね」
控えめに手を振りながら、エレオノールは若干呆れたような笑みで彼らの背中を見送った。
そうして姿が見えなくなった後。
「アルクス。もしかし私が脅して失脚させたのではないか…なんて思っていました?」
じとーっという目で俺の方を振り返った。
ぐうの音も出ない、図星であった。
「えっと…大変申し訳ありません。あまりに急な報せでしたので…あらぬ疑いを…」
膝を突き、俺は深々と謝罪の意を示した。
ものすごい熱量だったが、ただあれだけのものを見せられれば頷ける。
彼らは脅されたりなんかをして、立候補を取り下げてエレオノールを支持しているわけではないのだろうこと。
もうゲームのルートとはだいぶズレているというのに、つい面影を感じてしまったがゆえに、彼女を疑ってしまった。
…これは、良くない。とても申し訳ないことだ。
「そんなに畏まらないでください。よく考えれば、無理もないですからね。私のような意地汚い人間なら、そのような真似もするでしょうし」
「……滅相もありませんっ」
何も言えずに俺は深々と頭を下げた。
ひざを折り、頭を地面にこすりつける、ジャパニーズ土下座である。
「ちょっと、冗談、冗談ですからっ!顔を上げてください、それと立って!」
慌てて止めるよう彼女は言うが、それでも頭を下げていると、最終的にエレオノールは無理やり手で俺の顔を上げた。
「これから信じていただければそれでいいですよ。それと、」
わずかに言葉を打ち切り、少しだけ耳の先を赤く染めながら、彼女は言葉を続けた。
「私も…アルクスの隣に立てるよう、頑張ってる…ということを、知っていただければ」
恥ずかしそうな微笑み、しかしどこか気丈な態度をエレオノールは表情に滲ませていた。
…あぁ、良かったなぁ。
大変失礼なことをしたというのに、俺の胸の中にはそんな気持ちが湧いていた。
この顔は、きっとゲームの世界では見れなかったものだ。
尊敬できる主人を持つことができて、本当に良かった。
なんて図々しくも思うのだった。
***
『エレオノール・アンシャイネス 当選』
『アルクス=フォート 当選』
でかでかと張り出される紙。
俺とエレオノールは並んでそれを確認する。
「無事、当選できましたね」
「はい。ひとまず安心ですよ」
にこにこと満面の笑みを浮かべるエレオノールに、俺は安堵の息を吐く。
信任投票とはいえ、何が起こるかわからないからな…。
「でも、まだ安心しないでくださいね」
彼女は俺の横を離れて、目の前へとやってくる。
そして依然とにこりと太陽のような笑みを見せて。
「ここからがスタートですから。一緒に頑張りましょうっ!」
いつも以上に、喜びを表すエレオノールを見て、俺もまたはにかんでしまうのだった。
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