第46話 犬と猿は相部屋


 …

 ……

 ………


 エレオノールとの選挙直前の打ち合わせ……を名目にしたお喋りの後、俺は寮へと戻ってきていた。

 結構長くその場にいたようで、終課の鐘が鳴るまでずっと話し込んでしまった。


 会話の主導権は普段エレオノールの方にあるのだが、今回ばかりはなんだか躍起になってしまって俺からも話をすることが多かったので、こうなるのも仕方がないか…。いつもは彼女だけでも2時間は余裕で話すし。

 

 まぁそういうわけで、寮母に怒られないようそーっと戻ってきて、わが部屋の前までやってきた。


「ただいま戻りました」


 扉を開けて、帰宅を告げる。


 一人暮らしなら寂しいことに虚空に消えてしまうそれであるが、しかし今の俺は騎士科の寮生活。

 

 同居人がいるのである。


 実際の騎士団でも同じ部屋を共有して生活することが多いので、学生のうちから慣れておこうね!ということらしい。


 プライベートな空間がないというのは結構難しい部分もあるのだが、まぁアンシャイネスの屋敷でも大概プライベートが確保されているかは怪しかったので別に慣れている。


「アルクス、お話は終わったんだ?」


 そういうことなので、俺の挨拶には返事が返ってきた。

 少女ともいえるような高さと声色。

 

 まぁ男性寮なので少女なわけがないのだが、未だこの声を聞くたびにちょっとだけギョッとしてしまう。


「カインさん。…えぇ、予想よりもだいぶ長引きましたが」


 二段ベッドの下位からひょっこり顔を出すのは、少年のような顔立ちをする同居人カイン・アーベルン。


 金髪色白の美少年という容姿だが、これでも俺と同い年。

 

 そんな結構目立つ姿をする中、一際目を惹くのは左眼に当てられた

 これは別にカインが中二病を患っているからというわけではなく、相応の事情があるのだ。


 彼の左眼は、魔眼なのである。

 視線に魔法的な能力を込めることのできる、あの。


 魔眼といえば協同試験の際に相手となった人物を思い浮かべるが、ついでに言うとその人物こそが彼、カインである。


 試験の時からそこはかとなく実力を感じていたので、合格自体に驚くことはなかったが……いやまぁ、俺と遭遇している人がもれなく合格していることについてはだいぶ驚いたけれど…。


 まぁそれはおいておくとしても、だ。

 まさか寮の同居人となるとは思わなんだ。


 巡りあわせがここまでくると、返って恐ろしさすら感じてしまう。


「はは、まぁ大事な選挙直前なわけだしね。そりゃあ遅くもなるよ」


「…ん~、そう…ですね」


 わざとらしく肩を竦めて見せた俺に、カインは笑ってそう言った。

 …が、なんとも曖昧な返事しか俺はできない。


 選挙直前であろうとなかろうと、大抵エレオノールとのお話は長くなる。

 そしてその話題が必ずしも選挙に関連するものとは限らない。

 ゆえに、仕事熱心ゆえの長さ…と言われると頷きかねるのだった。


「その調子だとご飯もまだみたいだね」

「あぁ、そうですね。食堂は…空いているのでしょうか」

「…どうだろう、今すぐ行けば残りものにはありつけるかな」


 さすがに今までここまで遅くなることはなかったが…なんとここで夕食抜きにならんとするとは…。

 

 ちょっと苦笑したくなるけれど、まぁこれも仕方がない。

 幸い、俺にはピンからキリまでの回復魔法を習得している。

 一食抜いたところでヘロヘロになるようにはなっていない。

 

 まぁそれはそれとして、いわゆる心の栄養は枯渇することになるんだけどな。

 …今日はがまんするかぁ。



「あ、そういえばの方はまだ?」

「うん、今日も彼は遅くなるみたい」


 一目で全貌がわかる部屋で、見当たらないもうひとりの同居人について聞いてみる。


 うちの部屋は三人部屋だ。

 二段ベッドと単一ベッドが置かれており、広さも二人部屋や一人部屋よりかはそれなりに広くなっている。


 カインと俺、そしてもうひとりの……アイツと共同生活しているというわけなのだが、後者二人に関しては毎度どちらが先に帰宅するかという感じになっている。


 そして今日は、幾分か俺の方が早かったらしい。

 いつもよりも遅くなってしまったんだがな。



「そうですか、ではまだ鍛錬場に───」


 そう言いかけたところで、後方にガチャリという音が聞こえてきた。

 …無論、後ろには扉しかないので開閉音ということになり、そしてつまりは他人が入ってきたということになる。


「あ、噂をすれば」


 カインが俺の後ろの方へ視線を送った。

 俺も少しだけ体をずらして、ちらりと同じように視界を動かす。

 


「……さん、お帰りなさいませ」


「…けッ」


 やってきた同居人に挨拶すると、彼は一瞥もくれずに俺の横を通り過ぎた。

 

 服はボロボロで体中に汗がにじんでいる。

 おそらくはこれまでの時間ずーっと鍛錬していたのだろう。

 こいつは、いつもこうである。 


「ちょうど僕も帰ってきたところなんですよ、レイザーさんも夕ご飯の方は───」

「───カイン、俺は浴場に行く。消灯時間になったら俺のことは放っといて寝とけ」


「あ…うん」


 俺の発言などはまるで耳に入っていないかのように、レイザーはそう言葉少なに言って部屋を後にした。


 呆然とその背中を見送るカインと、言葉の宛先を失った俺を取り残して、扉はまたバタンと閉じられた。


「……ハぁ」

「今日も相変わらずみたいだね」


 俺が短くため息を吐くと、カインは同情するような口調でそう言った。

 

 …いや、まったくだ。


 なんの因果の巡り合わせなのだろうか。

 俺とレイザーは、まさかまさかのルームメイトなのである。


 もはや何者かの画策があったのではないかと疑いたくなるのだが、おそらくはそんなことはない、と思う。


 決闘でボコボコにやり合ったあの初日、「ふぅ共同生活かどんな人といっしょなんだろなぁ」なんて思っていたら、扉の前でバッタリとアイツに会ってしまった時のことを今も鮮明に思い出せる。


 初日からカインにはとんでもない空気を味合わせてしまったであろうことで、なんだか申し訳なくなるが、しかし残念なことに、この味の悪い空気感は未だ残っている。

 

 決闘に負けて因縁でも付けているのだろうか、俺に対するレイザーの反応がいかんせん険悪なのだ。

 何とか俺が譲歩してみせても、アイツは威嚇する猫みたいな顔をしてすたすたとどこかへ行ってしまう。今みたいにな。


 だから一週間が経ち、クラスともカインとも仲を深めるようになっても、この俺とレイザーが巡り合ってしまう時間帯だけは最悪なムードであった。


 俺もアイツも好きでそんな空気を味わおうとしているわけではないので、示しを合わせているわけではないのだが、いつからかこうして帰宅時間をずらしたり遅くしたりすることで一緒にいる時間を減らすようになっていた。


「カインさん、なんだかすいません」

「いやいや…と言いたいところだけど、そう思うなら早く仲直りしてよねっ」


 俺がいたたまれず謝って見せると、カインは隠されていない片方の目つきをじとーっとさせて俺を見つめた。


 俺としてもできればそうしたいのだが…、レイザーの様子を見るにそれはいつになることやら。


「…精進します」


 半ばあきらめながら、俺はそう答えた。



***



 休日という名の訓練でめくるめく日々は進み。

 気づけば新しい一週間が幕を開ける。


 さて、ということは何があるのかというと。

 ……待ちに待った生徒会選挙があるわけだ。


 まぁ上級生についてはすでに終わっているのだが、新入生の役員を決める選挙が始まるのである。


 貴族がほとんどの席を占めるこの学園、身分平等とは謳われるものの個人間ではいまだに貴族優位思想があることも手伝って、生徒会役員に平民が当選した事例はかつてない……らしい。


 そんな中で当選しよう……しかも一学年に二、三席くらいしか無いこの立場をエレオノールと一緒に腰を据えようというのだから、結構ハードモードなことをしている。

 …まぁ彼女については首席で伯爵という身分だから、言うほど難しくはないのかもしれないが。


 それはそれとしても、俺の難易度については首席だろうと変わりはしないので依然難しいことに挑戦しているということになる。


 …だから、ここしばらくの期間。

 かなり力を入れて準備してきた。


 ここでその成果を発揮するのである。


「エレオノール様」


 隣に並び立つ彼女の方を向く。

 制服に身を包みながらいつもの気品ある出で立ちのエレオノールが、ちらりとこちらを向いた。

 

「絶対に当選しましょうね」


 俺は、拳を作って決意表明するようにそう言った。

 …彼女のお願いを引き受けたからには、必ず遂行させて見せる。

 そんな意気込みだ。


「ふふ……そうですね、」


 しかし彼女は、そんな俺を見て少しだけクスリと笑った。

 俺の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだところで、彼女は言葉を続ける。


「でも、まぁ。候補者はので、信任投票ですけどね」

 

 笑みを含めながらそう言うエレオノール。




 …え?


 そうなのっ?!?!



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