第43話 取るべき責任
学園といえば生徒会ということで、ライティシア学園も例外なく生徒会という団体が存在している。
前世のフィクションによくあったような超法規的な機関であり、絶大な権力をもっている…というわけでもないが、生徒たちにとっては憧れの的となっていた。
というのも、生徒会の役員たちはもれなくエリートであるのだ。
各学年の選りすぐりの才能人たちが集まっており、この学園の様々な場面で全校を主導している。
身分の高い者が多いことも相まって、生徒たちからは神格化じみた印象を抱かれることも少なくない。
そういう意味で言えば、人を動かすカリスマに満ちた超機関…という見方もできるだろうか。
そういえばプレイヤー間でも、生徒会ルートは評判良かったっけ。
人気投票で1位を争うようなキャラが在籍したり、それに引っ張られて他の役員にも人気が集まっていたりするので、かなりの覇権グループになりつつあった。
ストーリーの完成度が高いことも助けて、スポットライトが当たることも多かった気がする。
…そんな生徒会という団体に入ることを、俺は今提案されている。
「…どうしてまた、そんなお誘いを」
俺の両手を握り、生徒会に一緒に入ろうと言うエレオノールを見つめる。
もちろんというか、原作ではエレオノールは生徒会に所属していない。
優等生然として周囲にも好印象は抱かれていたものの、部活も委員会もどこにも所属していなかった。
だが今の彼女は、共に生徒会に入ろうだなんて提案している。
「私とアルクス…もとい貴族科と騎士科では、普段接点がありませんよね」
「…まぁ、そうですね。同じ敷地内ですけど関わる機会というのはそうないと聞いています」
校舎棟が異なり、かつ離れているせいで、平時で貴族科の人達に会うというのは結構まれだ。
委員会もそれぞれ独立して存在しているし、放課後もそれほど接点があるわけではない。あるとすれば行事の時くらいなのではないか。
「すぐアルクスに会える距離にいるのに、会えないなんて凄く…寂しくて」
俺の手を握る力が、きゅっと強まる。
「でも…生徒会に入れば。貴族科と騎士科合同で成り立っている生徒会に入れば───っ!」
まっすぐな視線と切実な想いが込められた声。
…あぁ、そういうことか。
合点がいった。
先ほど接点がないとは言ったが、ライティシア学園に存在するこの2つの学科で、唯一平時でも交わる場所が生徒会というものだ。
おそらく、学園全体を取りまとめる機関だからなのだろう。
今の世界におけるライティシア学園の全貌を未だ把握し切れていないので、言われてもピンとこなかったが…つまりエレオノールが言いたいのは。
「…もっと一緒にいられると思った、ということですか?」
「…はい」
噴水の光に照らされて、頬と耳の先が紅潮しているのがわかる。
「たしかに、共にいられる時間は増えるでしょうね。生徒会には専用の部屋があるみたいですし、多忙であると聞きますから」
大きくはないけど、生徒会には専用の棟がある。
それくらいなのだから、仕事量も少ないとは到底いえない。
いやでも共にいる時間は増えると思う。
「僕も、エレオノール様のお願いなら入るのもやぶさかではありません。まぁ確定ではありませんが、立候補してみましょう」
「それなら──」
彼女の顔に笑顔が宿ろうとした。
それを見て、俺は苦しい思いをしながらも言葉を続ける。
「でも、貴女は…それでいいのですか?」
「……え?」
彼女は面食らったような表情をした。
俺の反応が、思いがけないものだったのだろう。
「僕と…一緒にいるためだけに、生徒会に入ろうとするのですか?」
彼女は肯定も否定もしない。
何もいわず、ただ視線を下に…握る手の方に移動させた。
少なくとも否定はしないのだろう。
「エレオノール様。それでは…、それではいけません」
ゆっくりと、俺の手を握る彼女の手を解く。
「僕を原動力に行動しては駄目です。生徒会に入るのは、本当に貴女がやりたいことなのですか?」
「…それは…」
苦い顔をして、言葉を詰まらせるエレオノール。
痛む心がないわけではない。
こんなに美しい女性に一緒にいたいなんて思われているのは、有り余るほどに光栄でもある。
しかしさりとて、二つ返事で許容することはできない。
エレオノールは伯爵令嬢なのだ。
そしてそれ以前に一人の人間であるのだ。
俺と共にいたいから…なんて、他人を中心に据えて行動するのは、俺は間違っていると思う。
突き詰めればそれは依存ということなのだから。
「誰かを原動力とする行動は…その時は幸せなのかもしれません。でも、その選択が、取り返しのつかない後悔になるかもしれないのですよ?貴女の人生なのですから、貴女が本当にやりたいことをやるべきです」
依存の末は、大抵ろくなものではない。
相手に見捨てられるか、その相手への気持ちが薄れるかしたとき、これまでの行動をきっと後悔することになる。
前者がないことは断言できる。
でも、後者はあるかもしれない。
これから様々な経験をする中で、俺以外への人に興味をもつこともあるだろう。
そもそも彼女は貴族、婚約者だって今後できるはずなのだ。
「私と一緒にいるのは…嫌ですか?」
「そうではありません。むしろエレオノール様を想って言っているのです」
説教じみた言い方で好きではないけど…、でも、俺が死ぬかもしれないということになったときから、ずっと思っていることである。
彼女には、本編のような悲惨な末路なんかではなく、幸せな人生を送ってほしい。
いなくなるつもりはないけど、でももし俺がいなくなってしまったとしても。
エレオノールには…バッドエンドなんて似合わない。
「自分の幸せを……自分のためだけに求めてほしいのです。エレオノール様の人生を、歩んでほしいんですッ」
言いたいことを言いきった俺は、静かに彼女の返事を待つ。
エレオノールは少なからずショックを受けたようで、下を向いていた。
「……アルクスの言いたいことはわかりました」
少し間をおいて、彼女は口を開く。
「でも、私の気持ちを知ってほしいのです」
顔をあげた彼女が見せたのは……笑顔だった。
儚く、そして力強い笑みであった。
「アルクスが、私のために言っているということはわかります。…ですが」
「それでも、私は…私を曲げたくありません」
今までの彼女とは少し違う、毅然とした表情。
自分の信念に従って行動しようとしているのが、ひしひしと伝わってくる。
「今の私の、本当の意志をもって…アルクスと共に生徒会に入りたいと思っています」
エレオノールは、もう一度俺の手を握った。
今度は固く、そして強かった。
「将来なんてわかりません。選択を後悔するかもしれません……でも、今行動しなくてもきっと後悔します」
その想いは、本物なのだろう。
俺が何を言ったとしても、彼女はその意志を曲げない。
そう確信できてしまう。
…おそらくは、俺という存在が彼女の信念の礎になっているのだろうな。
深くにまで根付いてしまっているのだ。
どうしてこうなった、とは俺は裂けても言えない。
「ハぁ…」
肺にたまっていた空気を一遍に吐き出した。
こうなったらもう、腹をくくるしかない。
荒治療するにしても、責任をとるにしても。
「公約、考えないとですね」
ぽつりとだけそう言った。
エレオノールはポカン、という表情をするが、すぐに理解したのか。
「……はいっ!」
花を咲かすような笑みを浮かべて、頷いて見せた。
俺もつい、笑ってしまう。
背負うものの重さを今更ながらに実感しつつも……今は少しだけ、面倒ごとに目を瞑ることにした。
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