第41話 白衣の天使?


「失礼します」


 外からの救護室への扉を叩く。

 

 キリル先生から受け取った紙を救護の先生に渡し、身体に異常がないかを確認したら終わりの簡単なお仕事である。

 それだけのこと、本当にやる意味があるのかわからないけれど…まぁ、先生方もいろいろあるのだろう。

 生前の学校を見るに、そういう細かな抜けで問題になることがあるみたいだし。


「…すいませーん」


 さて、そんなことは置いといて、救護室からの返答がなかった。

 声のボリュームをひとつまみくらい上げて、もう一度ノックしてみる。


 …が、扉の向こうで物音の気配はない。


 おかしいな。

 先生不在なのだろうか。

 

 キリル先生に寄越されたのだから、休みというわけではなさそうだが。


 …いやでも、なんというか…彼女のことだからなぁ。

 人の在室不在なんて把握していなさそうだし、それに今日が入学式であることを鑑みれば、休みということがあってもおかしくはない。


 だったら、この紙どうすればいいんだろ。

 一回職員室に当たってみるかね。



 扉の前で困っていること数分。

 決心してキリル先生のところを訪ねようと思った矢先に…。


 目の前の扉が軽く開かれた。


「っ!あ、すいません。先生にこちらに伺うよう言われていて……」


 反射的に言葉を紡ぐ…が、なんだか様子がおかしい。


 扉がほとんど開かれていない。

 本当、覗けるかなという程度にしか隙間ができていなかった。

 

「君、新入生?」

「え、あぁ。はい。そうです」


 明かりが点いていないのか、部屋の向こうは暗くてわからない。

 しかしその暗闇からなんとも気怠そうな声が聞こえてきた。


「ふぅん…。いいよ、入って」


 そう端的に言って、ガチャリと扉はしまった。

 閉めたというよりも、ドアノブを離したという感じか。


 なんだか思っていたことと違うけど、入室許可を頂けた…ということで良いのだろうか。


「失礼…します」


 おそるおそるという風に、俺は目の前の扉を引いた。

 

 救護室の中は暗がり…という雰囲気だった。

 まだ日が出ているので真っ暗闇というわけではないが、逆に言えば淡い陽光しか光源が見当たらない。


 この世界に電灯なんてものはないが、魔法による光だったり蝋燭の火だったり、室内を照らすものはそれなりに充実している。


 その中でこの明度ということは、何か意図があるのかしら。


「初日っからどうしたの?怪我?病気?」


「いえ、特に心身に異常があるわけではないのですが───」


 またダウナーな雰囲気を纏う…中性的な声をかけられる。

 声の主の方を向けて、事情を説明しようとした。


 しかし視界に映ったのは、どうにも教諭という感じではなかった。


 何せ、その人物の服装は白を基調として赤のアクセントが入ったカッチリとした生地のもの。


 とどのつまり、であることを表していた。


「……もしかして、生徒の方…ですか?」


「…そうだけど」


 いやそんな、何を当たり前なことを…みたいな眼で見られましても…。


 そりゃあ驚くに決まっているではないか。

 先生じゃなくて生徒が対応してるのも、そんでもってこの時間に救護室にいるということも、疑問の余地ありまくりだろう。


「えっと、救護室の先生はいらっしゃいますか?確認のサインのようなものをいただきたくてですね…」


「先生は、今はいないよ」


「あ、そうなんですか。それは…困ったなぁ」


 何処に居るのかも聞きたかったが、この様子だと知らなさそうである。

 まぁそれ以外のことについて是非問いただしたいところだが、今はそういうわけにもいかないし…。


「で、君はどうしてここに来たの?」

 

 あくまでこのまま話を進めるようで、彼女…おそらく、彼が聞いてきた。制服はズボンで、声や顔つきが少年とも女性ともいえるものであるので判断しかねる。


 …う~ん、この人に話してもという感じだが、まぁ良いか。


「ちょっと、決闘をしましてね───」


 事のあらましを、かくかくしかじか話した。

 入学初日からこんなこと…という内容なので驚かれるかと思ったけれど、聞いている彼女の表情は終始薄ら笑いで変わらなかった。


 この手ごたえのない感じは、初対面のエレオノールを思わせ…なくもない。



「へぇ。もしかして君、首席の子?」


 話し終えると、彼女はそう問うた。


「…一応、おっしゃるとおり。僕が今代の首席のようで」


「私でも、君の噂は聞いてるよ。『テストブレイカー・アルクス』だっけ」

 

 うっ。その名前、ここでも聞くはめになるとは。

 不本意な二つ名が通ってしまって解せんな。

 

 今後もし決闘するなら、『テストブレイカー』だなんて名乗らなければならなくなるのだろうか…。


 まぁ決闘騒ぎなんてしばらく勘弁だが。


「そう。だから決闘したというのにピンピンしてるんだ。強いから」


「まぁ…そういうことになりますかね」


 強いから無傷…という論調はできないけど、結果的にはそうなるのだろうか。

 結局一撃ももらうことはなかったわけだし。



「…で、先生のサインが欲しいんだっけ。無傷なら診察とかいらないんだよね」


「そうですね。頂ければそれで……」


 キリル先生からもらった紙を見せてみると、彼女は。


「じゃあ、私が


 ピッ、と俺の指先から紙を奪い取り、手元にあったペンで何やら書き始めた。

 あまりに不意打ちで反応できず、そして何をしてるのかもすぐに掴めず、一瞬だけ呆けてしまった。


「え、ちょっと何してるんですかっ?!あなたのサインでは───」


 咄嗟に止めようとしたがもう遅い。

 彼女は書き上げたものをこちらに見せつけて、口の右端をわずかに上げた。


「安心してよ。私、記憶力が良いんだ。先生の筆跡とか覚えてるから、誰がこれ見ても先生のだと思うよ」


 渡された紙のサイン欄には、たしかに達筆で文字が書かれている。

 まぁ達筆なだけで、これが本当に救護室の先生の筆跡と似ているのか判別がつかない。


 そもそも先生の筆跡なんて知らないし…。


「……」

「まぁ、怒られたら私の名前出していいよ。たぶん怒られはしないと思うから」


 渡された紙を見つめたまま硬直していると、彼女はなんでもないかのようにそう言った。


「あ、私の名前知らないか。“テイラー・サブノック”、これから関わるのかわかんないけどよろしくね」


 知らない名前。

 本編にはいない人物なのだろうが。


 …いやしかし、彼女の名前を出したら怒られないというのはどういうことなんだろうか。

 ちょっと疑問が募り過ぎるが。


「じゃあ、私は寝るから。勝手に出ていきな」


 しかしそんな俺のことは知らんという風にキッパリとそう言って、彼女は救護室に設置されたベッドに入り、シャッとカーテンを閉めた。


 …いや、すごい我が物顔だな。

 いったい何者なんだよ、…テイラーという彼女は。


 いろいろ釈然としないままだったが、俺はキリル先生のもとへ向かった。





 結論から言えば、彼女がサインを書いたということはバレなかった。

 

 この理由がテイラーのいうことが本当だったからなのか、単にキリル先生の確認が杜撰なだけだったからなのか、俺にはわからない。

 

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