第40話 “久しぶり”
「ハッハッハッ!!アルクス、お前やるなァ!!聞きしに勝る迫力だったではないかッ!!」
バシンッと背中に衝撃が降りかかる。
と、同時に、キリル先生の豪快な笑い声が聞こえてきた。
「どうもありがとうございます。まだまだ未熟な身ですがね」
「うむ!そうだなッ、精進せよ!!だがその謙遜は騎士の身分にいる大半の人間に喧嘩を売ることを知っておけよッ!」
あ、そういうことキリル先生言うんだ。
でもまぁ、行き過ぎた謙遜は遠回しな侮辱になるというしね。
自分がそれくらいに強いぜ!と自負するわけではないけど、反感を買うようなことにはならないよう気を付けないと。
「しかし、あのレイザーに勝つとは、やはり首席は並外れるモノがあるのだな」
「…レイザー…さんって、有名なんですか?シーカーが何だと言っておりましたが」
レイザーという名前をさっき久しぶりに聞いたというくらいだから、アイツの活躍なんてものは一切わからない。
ギャラリーの反応が妙にざわついていたり、決闘前にやたらかっこいい名乗りをしていたあたりから、それなりに凄いことはやってそうとは思うが。
「お前、知らんのか?アイツはA級にも上り詰めたシーカーだぞ?」
「それってどれくらいのレベルなんですか?」
「そうだなァ、王都中を探しても十指で数える程度しかおらんだろうなッ!」
…え、それ結構凄くないか?
王都にどれくらい人口がいると思ってる。
そのうちでシーカーの職業人口がどれほどなのかはしらないけど、でもそこらの都市よりは確実に多いだろうし…。
そう考えると世界でも有数の人物だったりするのか…?
「もしかして、大変な人に勝ってしまったんですかね」
「一概に騎士と探索者とで強さを比較するのは難しいが…、まァアイツはお前に並んで剣術点数が満点だからなッ!確実に強者に勝ったと言えるッ!」
満点。
たしかに先ほどの剣術はそれに値するとは言えよう。騎士の型とはかけ離れたものだが、結局強ければ今は問題ないわけだし。
…あの時俺に殴り掛かってきた時とは、大違いというわけだな。
比例して精神面も成長していると良いのだが。
妙に俺に執着してるようだったし、この敗戦を機にまた因縁をつけられたらたまったものではない。
まぁそうなったとしても、同じクラスではないから今後深い関わり合いがないだけマシか。
「…というか、キリル先生」
「なんだッ!」
「先ほど僕と彼が満点と言ってましたけど、受験点数暴露していいんですか?」
沈黙。
ちらりと視線を動かした先にあったキリル先生の表情は、あんぐりと口を開けたままに静止していた。
「……聞かなかったことにしろッ!」
…いや、無理があるだろ。
***
「アルクス!」
広場の群衆から逃れて一息を吐こうとしたとき、不意に俺の名を呼ぶ声があった。
「っ、エレオノール様」
声の方向には、我らがお嬢様の姿があった。
彼女らしからず、息を荒くしながらこちらに走ってきている。
「ハぁ…。け…決闘というのは、どうしたんですかっ?!」
額に汗を滲ませ、眉を垂らしながらも語気を強めて言うエレオノール。
…俺が決闘するぞ!という話を聞きつけてきたのだろうか。
貴族の方まで広まっていたのかね。
まぁ先ほどの広場にも既に、貴族科の制服の生徒がぞろぞろ集まっていたけれど。
「…同級生の方から申し込まれましてね。もう終わりましたが」
レイザーという名前を出すことはしなかった。
…なんというか、彼の身が危ないと思ったから。
彼女がアイツのことを覚えているのかわからないけれど、昔のことを思い出したらどうなるかもわかったものではない。
「あ…そう、なのですね」
俺の言葉で、ちょっとだけ残念という感情が彼女の表情に映る。
なんで?と違和感を持つ間もなく、エレオノールはすぐに俺の手を握ってきた。
「決闘なんて…、アルクスは初日から凄いですね」
「いえ、不可抗力ですよこれは…。まさか挑まれるなんて思ってもみなかったですし」
あんまり目立ちたくないなぁ、なんて漠然と思ってたけど、ここまで来たらもはやそれは叶わんだろうな。
もういっそ振り切って有名人ムーブしちゃおうしら。
なんて思ってしまうほどだが、まぁ平穏に生きることができればそれでいいので、何か厄介ごとは勘弁していただきたいところである。
「僕は変に目立っちゃいましたけど、エレオノール様はどうでしたか。見知らぬ人ばかりで戸惑うことでしょうが…」
「私ですか?私は…、これといって何も起きませんでした」
「クラスには馴染めそうですか?」
「そうですね…。まだわからないですが、お話相手が一人できましたので大丈夫そうです」
なんだか過保護な感じの質問をしてしまったが…、そうか、お友達ができたのかっ!
これは俺としてもうれしいことである。
なんせ、エレオノールは俺以外の同年代ほっとんど関わってこなかったからな。
彼女の特異性も相まって浮いてしまうのではないかと危惧していたが、どうやらそれは杞憂になりそうである。
アデルベーターを差し置いてうっかり父親みたいな感想が出てしまうが、いやしかし良かった良かった。
「──それでは、僕は救護室にいかなければいけないので、これで失礼しますね」
いろいろ話をしたところで、俺は会話を切り上げる。
「え…、もしかして怪我が?」
「あぁ、いえ。決闘後ですから、念のために行くように言われてるんです。回復魔法があるので全然ピンピンしてるんですけどね」
心配そうにするエレオノールに対して、俺は大げさに体を動かして健康五体満足さをアピールした。
救護室なんて言われたら、そりゃあビックリするだろうしな。何事かと思うけど、実際はただ顔を出すようなものである。
捲って晒して見せた腕を、彼女はマジマジと見つめる。
俺が無事だってこと、わかっていただけたかな。
「それでは、また。噴水のところで」
朝にした約束を確認し、彼女に手を振って俺はその場を後にした。
***
「ちょっ、アンシャイネスさん速すぎ…」
アルクスが去った後ちょうどに、コレットがふらふらとしながらやってきた。
エレオノールを追ってきた割にはだいぶの時間差であるが、これもまぁ、致し方がない、
彼が決闘するという噂を聞きつけるや否や、エレオノールは戦士や魔物もビックリな速度で広場へと走り出した。
隣にいたコレットさえも置き去りにして去っていき…、もともとコレットが運動不足ということもあって追いつくのには時間を要したのである。
しかし労を尽くしてやってきたコレットには気づいていないかのように、エレオノールはしょんぼりと肩を落としていた。
「えっと…アルクスさんには会えたの?」
「あ、コレットさん。はい、会えました…けど…」
言葉尻の歯切れが悪くなる。
「どうしたの?もしかして、負けてしまって───」
「そんなわけがないでしょう?アルクスに勝てる者など、この学園にはいません」
「…あ、そう」
コレットが言い終わる前に、エレオノールは無表情で言葉をかぶせた。
その瞳の深淵とあまりに言い切った口調に、コレットは頷きの声しか出ない。
「じゃあ、どうしてガッカリしてるのからしら」
「それは…もちろん、アルクスの戦う姿が見れなかったからですよ…」
壮絶に嘆くようなオーラを醸し出して、エレオノールは声を沈ませた。
「彼の一挙手一投足をこの目に収めたいというのに…。それに、制服姿でのアルクスの活躍なんて、見たいに決まっているではないですか。…こういう部分で、学園というモノは本当に不便ですね」
「…えぇ」
ですね、と共感を求められても…。
なんて言う風にコレットは口をへの字にした。
「ふふ。でも久しぶりにアルクスを見ることができてよかったですっ」
打って変わったように、彼女の表情には喜色が滲む。
もはや感情の振れ幅が壊れてしまっているのか思ってしまうが、コレットはそんな思いは露にせず会話をする。
「久しぶりって…、朝には会わなかったの?」
「会ったに決まってるではないですか。でも、その後数時間も言葉を交わすどころか、一緒の空間にいなかったのですよ?」
まるで当然かのように言うエレオノール。
一切の躊躇や、冗談という雰囲気もない。
もはや、己の時間感覚が狂ってしまったのではないかとコレットは思う。
(アルクス…って人。人をこんなにさせるなんて、いったいどんなトンデモナイ人間なのかしら…)
まだ見ぬ…友人の想い人に対し、コレットはある意味の畏怖の感情を覚えていたのであった。
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