第39話 シーカーvs首席

 

 俺は別に、剣の達人でも仙人でもなんでもないことを前おいておくとして。

 

 太刀筋には人柄というものがよく表れる、と俺は思う。

 今までそれなりの剣士たちと手を合わせてきたものだが、みなそれぞれ癖や性格からくる押し引きの判断など、結構異なってくる。


 それは同じ流派だったり型だったりしてもそうで、例えば騎士のスタンダードな剣術にしても各々の使い手の個性が反映されている。


 

 その考え方でいけば、レイザーの太刀筋は顕著なものといえるかもしれない。


「ガアアアァァッ!!」


 獣じみた雄たけびをあげて、レイザーはひたすらに剣を振るい続ける。

 愚直で無謀な猛攻…というわけでもないのがなんともいやらしい。


 一撃一撃が確実に相手を削り取るようなもので、騎士のような一撃必殺って感じの剣術とは反対に、着実に消耗させてくるような戦闘スタイルだ。


 騎士の剣術の指南とか受けていないだろうし、シーカーをやっていた…みたいなことも言っていたから、“剣”の使い方というのが俺とは根本から違うのかもしれないな。


「すごい勢いですね。息切れしても知りませんよ?」


「ハッ、鍛え方がちげぇんだよ。そうなる前にお前をぶっ倒すしなァ」


「それは、大層なことだ」


 下手な挑発には乗ってこない。

 まぁ、こんなことで乱されていたらこの学園には入学できていないだろうしな。


「オマエこそ、お得意の魔法は使わねぇのか?ずいぶんと余裕みてぇだけど、内心焦ってんじゃねぇの?」


 わざとらしいニタニタとした笑みを浮かべてくるレイザー。

 まぁ別に使ったって良いんだけどさぁ。

 

「…周りに、ギャラリーの皆さんがいますからね。炎を出したら危ないでしょう?」


 悪趣味な笑顔ににっこりスマイルを返してやると、レイザーは機嫌悪そうに眼を鋭くさせた。


「舐めてくれるぜ。魔法を縛っても勝てるってか?決闘だってのによォ、余裕なモンだなァ?!」


 レイザーは剣を薙ぎ、俺の攻撃を大きく弾いた。

 追撃を察知してバックステップで距離をとり、レイザーの全身を視界に収める。


 …こいつ、馬鹿力だけは凄いな。

 剣を振る瞬発力も考えると、長い時間相手取るのは結構しんどいかもしれん。


 だが幸い、アイツも消耗はしている。

 こっちもだってチリチリと斬撃を浴びせていたからな。

 チリツモってやつだ。


「まぁ、確かに余裕という余裕はないかもしれませんね。お互いに」


「一緒にしてんじゃねぇぞアホンダラがァ、オマエだけだよこの野郎めェ」


 ギラギラと好戦的な眼のレイザー。

 今にも飛び掛からんという雰囲気を醸し出しているが、ちゃんと構えを取っているあたり、堅実に間合いを見極めているのだろう。


 凶暴なのか冷静なのか、馬鹿なのか利口なのか。

 イマイチよくわからない。


「そうですか…。なら、もう少し頑張りますかね」


 短く息を吸って、剣をもう一度構える。


「…」


 お互いに出方を見合い、静寂の時が流れる。

 ギャラリーの騒めきが、俺たちの停止と呼応するように小さくなっていく。

 

 それなりに剣を握ってきた者同士で本気でやり合うとなると、こういった静止状態に陥ることがままある。


 いや、実際に静止しているというわけではない。

 数ミリ、本当にわずかな距離を見極めているのだ。


 実力者対実力者の戦いというのは、持久戦ではない。

 たった一振りの一撃で決定する。


 自分は実力者なのだと自惚れているわけではないが、少なくともレイザーはそれなりに力というモノをもっているわけだ。

 いきなり初見でアイツと居合勝負してください、と言われたら俺だって勝負はわからない。


 …まぁ、いきなり初見で、という前提だが。


「…」


 ギャラリーの存在感が消える。

 いなくなったのかと言われれば、そういうわけではない。

 薄まったのだ、相対的に、存在感が。


 ゆらゆらと鬼神が宿ったようなオーラを滲ませるレイザー。

 

 ギラギラとした眼が、一瞬だけ据わる。

 と同時、彼は必殺の構えを取った。


「っ」


 地面を蹴る。

 衝撃が空気を貫く。

 鈍色に光る剣閃がこちらに迫り、頭をかち割ろうかという縦一閃。

 あるいは、死角に移動しての横薙ぎ。

 あるいは、獣じみた姿勢から繰り出される一撃。


 次の展開は、こんなところか。


 

 そのシナリオに沿うかのように、奴は電光石火のごとくに急接近する。


 柄を握る力をわずかに緩め、腰をほんの少しだけ落とす。

 レイザーは目ざとく反応した。

 

 シーカー上がりだからだろうか。

 レイザーは瞬発的に観察して行動するのが得意であり、そしてそれは半ば癖になっている。


 先ほどの打ち合いの連続にしろ、俺の動きを見てから変則的に斬撃を繰り出していた。

 だから決まった動きの騎士よりもメンドクサイという感想が出てくるのだが、しかしそれは時に弱点にもなり得る。



 剣の持ち方をわずかに変える。


「…ッ?!」


 レイザーは気づいたのだろう。

 さすがの観察眼といったところか。


 だが、それに体が反応してくれるかといえば別の話。


「───フッ」


 短く息を吸った。

 剣を振りぬく。


 カアァァンッ!!という鋭い音がつんざき、剣と剣が火花を散らした。


 その瞬間に、力の加減に違和感を加える。

 レイザーはそれによって勢いを狂わされ、ほんのすこしだけ体勢が崩れた。


 晒される、無防備な状態。


 振りぬいた剣を、返す。

 全身を利用したトップスピードの斬撃。


 それはレイザーの首筋へと、なんの隔たりもなく吸い込まれていった。



***



「そこまでッ!!」


 キリル先生の声が辺りに轟いた。

 

 振りぬいた剣を、レイザーの首を斬り捌く寸前で止める。

 それでもわずかの反動で、彼の首筋から赤い線がツーっと垂れた。


「勝者、アルクス!」


 勝敗が決する。


 ギャラリーのみなさんは「おおぉ!」だとか「すげぇ!」だとか、感嘆の声を上げていた。

 

「ッ、俺はまだ…」


 レイザーがすかさず抗議の弁を述べようとするが、


「異議は認めん!あのまま続けていたら、お前は死んでいた!死人に口はない!」


 歯に衣着せぬキリル先生に、レイザーはきゅっと口を結んだ。

 首筋に手を当て、べったりと赤く染まった己の手のひらを確認する。


 これを見たら、負けてないなんて言うことはできない。

 

「…クソが。負けだ」


 吐き捨てるようにそう言いながら、レイザーは手をこちらに差し出してきた。


「…?、あ、あぁ」


 握手、握手かこれ。

 

 想定外のことで一瞬戸惑うが、差し出されたからには握り返す。


「チッ」


 忌々しげに舌を鳴らしながら、一瞬だけギュッと力強く俺の手を握ると、すぐにパッと手放した。


 そしてそのまま遠慮なさげにギャラリーの間に突っ込んでいき、ズケズケと去っていく。



 ……ビリビリと痛む両手首の感覚に苛まれながら、俺は呆然と彼の背中を見送った。



 

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