第38話 元問題児、リベンジする


 

 どうもみなさん。


 空は晴れ渡り、太陽はサンサン。

 お外を散歩するには絶好のお天気ですね。

 みなさんいかがお過ごしでしょうか。


 僕ことアルクスは、今とっても厳ついお兄さんと対峙しています。


 同い年で、身長もそれほど離れていないはずなんですけどね。

 彼からは色々な死線をくぐりぬけたような風格をヒシヒシと感じます。

 ウチの騎士団の方々にも負けず劣らずの雰囲気、前に会った時よりも数十段か成長したみたいです。


 何があったんでしょうね。


 そして周りには、新入生のみなさんがドキドキするような、ワクワクするような、そんな眼差しで僕たちを見ています。

 貴族の方々も、平民の方々も、みな一様に輝きに満ちている眼をしています。


 ライティシア学園の、身分不問という主義が大変良く表れた光景ですね。

 さすがは有数の学び舎といったところでしょうか。


 


 さて。




 ……どうしてこうなったっ???


 なぜ俺はこんな状況にいるのか、これがわからない。

 少し展開が急すぎて現実から目を背けたくなる。


 …今一度状況を整理してみよう。



 まず俺は、かつてエレオノール10歳の誕生日パーティーを荒らした、レイザー・キルモンドと遭遇した。


 キルモンド家から追放されたらしいということを聞いて、それ以降全く音沙汰なかった(気になってもいなかった)が、まさか生きて…しかもライティシア学園に入学していたなんて。


 こんな巡りあわせある?!と驚くと共に、彼の変貌ぶりにもまた目を剥いた。


 まず一目でわかるのは、目元につけられている大きな傷。


 回復魔法などというトンデモ医療技術があるこの世界で、あれほどくっきりと傷痕が残るのは珍しい。

 ちゃんとした医者にかからなかったのか…あるいは、あんな傷をくらいの緊迫した状況にいたのか…。

 


 他にわかることといえば、あのなんとも歴戦の戦士感漂う出で立ちだ。


 先ほども言ったように、騎士団の人達と遜色ない覇気を纏っている。

 他の新入生とは面構えがまるで違うのだ。


 あの生意気なクソガキだったのに…。

 本当、追放後何があったんだレイザーは。



 まぁ、そんな変貌ぶりの彼と再会を果たしたわけだが…では今の──ギャラリーに囲まれながら、お互いににらみ合っているこの状況はどういうことなのかというと。


 端的に言えば、俺は今、彼にのである。


 なんでって?

 そんなの俺もわからない。

 教室を出てバッタリと遭遇した途端、決闘を申し込まれたのだから。

 それはもう、嬉々としたような表情でな。



 騎士にしても貴族にしても、決闘を申し込むという行為は非常に

 少なくともそんじょそこらのチンピラがやるようなソレとまるで違う。


 己の名誉とプライドにかけて、決死の覚悟でやり合うという神聖な儀式なのだ。

 そこに変な感情や思惑は介在しない。


 ゆえに、無様に敗北したり、逃げる姿勢で申し込みを受けなかったりした者は、それ相応に名誉が失墜する。

 挑戦した者勝ちみたいだけど、騎士道では重んじられている行為なのだから仕方がない。


 

 そういうわけで断ることもできず、流れるままに果たし合いをすることなったのだ。



「これより、挑戦者レイザーによる、アルクス=フォートとの決闘を始める!!」


 腕を組んで仁王立ちした巨漢…というか巨女が開始の合図をする。

 

 我らが担任、キリル先生である。

 即刻教室を出て行ったくせに、俺たちが決闘すると知るや否や意気揚々と審判に名乗りを上げてきた。

 

 「今年の新入生は活きがいいなァ!!」なんて好戦的な笑みを浮かべながらな…。

 いやはや全く、彼女は戦闘狂というか脳筋というか。

 そりゃあまぁ入学早々に決闘騒ぎを起こす奴なんて珍しいだろうけどさ。

 


「準備が整い次第、お互いに名乗りを上げよ!!」


 ビリビリと鼓膜が震えるような声で、彼女はそう言う。

 

 決闘はお互いに素性や戦功なんかを告げた上で開始する。

 「やあやあ我こそは!」という、時代劇なんかでよく見るアレだ。


 ゲーム本編ではあまり活かされなかった部分だけれど、主人公完全ハーレムルートでは、モブが名乗り合ってヒロインを取り合うという一幕があったっけ。


 俺はなんて言えばいいんだろなぁ…、なんて考えていると。



「久しぶりだなぁ、オマエ」


 挑発的な口調で、なにやらレイザーがしゃべり始めた。

 その表情は、あの時愚行に出た彼のものと重なる。

 …だが今回はちゃんとした手法を用いている分、成長しているといえるのだろうか。


「この5年間、お前の名前を忘れても顔を忘れることは一度もなかったぜ?」


 上がった口角を、さらに吊り上げる。


「子爵家から追放されて、右も左も上も下もわからねぇ。路頭に迷いながら、泥をすすって、草を貪って生きてた。なんとか日銭を稼いでも、盗賊のくそ野郎どもに奪われたりしてなァ。指がひしゃげる感覚、お前知ってるか?」


 笑みを崩さないまま、ひらひらと自分の左手を晒して見せる。

 

 …中指が、変に曲がっている。

 怪我の後遺症だろう。


 回復魔法というのは万能じゃない。

 負傷後すぐに治療すれば別だが、遅れればマッサラ元通りとはいかなくなる。


「もう慣れたが、それまでは剣を握のだって一苦労だった。本当、オマエにはよ」


 笑みを絶やさぬまま、俺を見る目つきがキッと鋭くなる。


「僕のせい…と言いたいのですか?それはただの当てつけじゃないですか。元はといえば貴方の自業自得でしょう?」


 あえて、焚きつけるような口調でそう言った。

 事実、そんな目にあっていたとしても俺のせいではない。


 自分自身の、他の貴族に無礼を働く行動が招いた結果だ。


 そんなことは…、レイザーもわかっているだろう。


「…ハッ、そうだな。その通りだ。あ時の俺は馬鹿で自惚れ野郎だったからな」


 自嘲気に顔を伏せった。

 どういう情緒か俺にはわからない。

 だが…彼なりの意志がこもっているのは確かなのだろう、傾聴を続ける。


「なんでも言えば手に入る環境で、魔法も剣も周りよりも上手かった。自分が一番優れてて、世界の中心なんだと思ってたぜ。シーザーもニコニコ笑ってるだけだったしよォ」


 …才に恵まれ、傲慢で横暴。

 それでいて親が激甘なら、そうなるのも無理はない。


 ここまでは、本編となんらズレていない。

 だから、レイザーがなったのは、追放という原作改変後。


「んだが、スラムのガキみたいな生活を続けて俺はわかった」


 伏せっていた視線が前を向く。

 生意気なガキの眼じゃない。


 超えてきた者の眼だ。


「俺ってのは、全然大したことなかったんだ。ぶん殴れば死ぬような、そんな雑魚くて矮小な存在だった。そんなんだから、ぬくぬくした場所から追い出されて、奪われるし死にそうになる」


 ギリギリと拳を握る力が強くなる。

 血が溢れんとばかりのその様は、かつての屈辱からくるものか。


「さっき感謝してやったが、それはあながち嘘じゃねぇ。このことに気づけたのはオマエのおかげなんだからな。お前が、俺の“世界”をぶっ壊してくれたおかげで、俺はこの世の道理ってのを悟った」



「力があれば、


 熱のこもった言葉。

 …その文言には、聞きなじみがあった。


 なんだか…癪な感じだが、同じような窮地に立たされた時、この結論に至るのは珍しくもないのだろう。


「お前が教えてくれたソレに倣って、俺は強くなろうとした。誰よりも…何よりも。羽の生えたトカゲだって、いつもイライラしてるでけー猫っころにだって勝てるような、そんな圧倒的な強者にな」


 …。


「そして、俺は“なった”。今まで奪ってきた奴ら、全員ぶっ飛ばせるくらいにな」


 威圧感が強まる。

 鬼が宿ったようなオーラを辺りにまき散らす。


 レイザーの言葉は…大言壮語、ではない。

 あの拳を見れば、誰でもわかる。


 本当に…強くなったのだろう。


「オマエ……、だったか?まさかこんなところでバッタリ会うとは思わなかったが、『ここで会ったが百年目』ってヤツだ」


 おどけるように、そう言うレイザー。

 好戦的な目線が、獰猛な獣のソレと化す。



「俺の世界をぶっ壊した、オマエを。今度は俺がぶっ潰す」

 

 目の前の戦士は、剣を抜き放った。

 武骨な、鉄製の剣。


 ぼろっぼろではあるが、切れ味は依然と保たれているだろう様子だ。

 …歴戦の相棒、って奴かな。



「そうですか。いろいろ大変だったみたいですね」


 ようやくという感じに口を開いた。

 あくまで平然と、なんでもないかのような口調で。


「…僕は貴方のことちょっと嫌い寄りなので、手加減はできないかもしれませんよ?」


「ハッ。俺だって、オマエのこと好きだなんて一言も言ってねぇよ───」


 俺の軽口を、レイザーは一笑に付した。

 煽りもそれほど効いていない。


 …変わったな、本当。

 5年前から見ても、別の世界戦から見てもな。



 そんなことを考えた折に、空気に波動が走る。

 

「我が名はレイザー。A級探索者シーカー、【餓狼】のレイザーだ。戦士の誇りと共に、お前に挑戦するッ!!」

「…っ!」


 名乗りを上げた。

 決戦の合図…、臨戦態勢というわけだ。


 ならばこちらも、応えなければならない。


 同じく、剣を抜く。

 刃の擦れる鋭い音が、この辺りに響き渡った。

 

 

「我が名は、アルクス。……【首席】のアルクス。戦士の誇りに懸けて、挑戦を受けよう」


 レイザーと視線が交錯する。

 空気が張り詰めて、あらゆる環境音が消え失せる。


 次の瞬間、この場を支配したのは断続的な剣戟音だった。

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