第34話 思わぬ再会ぱーと2


「このクラスを担当することになった、キリル・ガイスターだ。私もこの学び舎の卒業生ゆえ、お前たちの教師である前に先輩でもある。ぜひ気軽に話しかけてほしい。指導科目は剣術、ビシバシやってくから、今のうちに覚悟しておけよッ?」


 ホームルームの時間となり、キリルと名乗る女性が自己紹介を始めた。

 

 髪は短く切り揃えられ、洒落て着飾るような雰囲気は一切ない。

 服を着た上からでもわかる鍛え抜かれた肉体と、溢れ出る闘志を兼ね揃えている。


 まさに騎士…いや、戦士の模範のような先生である。


「…先生、すっごい気迫だね…!」

「おそらく現役の騎士ですからね。歴戦の闘志みたいなものでしょう」


 以前見た資料によると、騎士コースの先生は現役、あるいは元騎士がほとんどらしい。

 彼女の場合は若そうだし現役バリキャリなのだろう。


「うぅ…、私、あんな先生みたいになれるのかな…。なんだか不安になってきちゃった…」

「まぁ、3年間もあれば嫌でも変われると思いますよ。キリル先生みたく剣士でなくても、魔法騎士という道もありますから」


 当然のことだが、騎士だって剣一辺倒というわけでもない。

 あれほど筋骨隆々の必要はない魔法使いや後方支援という役回りもある。

 

 みながみな同じという必要もないのだ。


「そうだよね、まだ不安になるところじゃない…けど、やっぱりどの道のりも大変そうだぁ」

「騎士道に楽な道はないですから」


 

「おいそこッ!!私語なんていい度胸だなァ!!」


 怒声…とは違う。

 どちらかというと戯れの色が強い口調だ。

 しかしその威勢と言うか何たるかは本物で、ビリビリと毛が逆立ちそうである。


「…む?お前、アルクスか?」


 と、思えば、彼女はまじまじという風にこちらを見た。


「えぇ、そうですが」

「…ハハハッ!そうか!!お前がアルクスか!」


 肯定して見せると、我らが担任は豪快に笑いだした。

 アルクスという名前が特別面白かったわけではあるまい。


 となれば、まぁ…笑いの理由はクラスメートたちと同様だろう。


「お前の話はよく聞いている!!私の同期がボコボコにされたって泣いていたからなッ!」


 あっはっはとそう言うが…あの試験官、同期だったんだ。


 というかボコボコにされたって…、言うほど圧勝したわけでもないんだけどな。

 まぁ、受験生に負けるとは、という感想なのだろう。


 この調子だと、他の教師にも話が触れ回ってそうだな。そりゃそうか、って感じではあるが。


「クク、わかった。ちょうど名前順も早いようだし、お前から自己紹介をしろ!!」

「僕からですか?」

「あぁ!首席として己について話してみろッ!!」


 トップバッターを任されてしまった。

 最初のホームルームは自己紹介って相場が決まってるから、想定していなかったわけでもなかったが。


 さて、何を言うか。

 こういうのは奇抜なことを言う必要はない。

 そもそも俺にそんなことを言えるセンスはないしな。


 ここは無難にいこう。


「…アルクス=フォートと申します。この1年間、共に勉学鍛錬共に励んでいきましょう。よろしくお願いします」


 いかにも優等生、という言葉を連ねた。


 こういったフォーマットの方が、後続の人も楽になる。

 俺も特に恥をかかない。

 一挙両得だろう。


「うむ!面白味はないが、模範的だな!!お前の本領は本授業の時まで楽しみにしておこう!!」


 いや、騎士に面白味とか求めるなよ。

 そして変に期待を寄せてきよった。

 クラスメートたちの視線も心なしか期待に満ちている気がする。

 

 …1年間、なんだか大変そうだ。



***



 俺が先頭を切って、次へ次へと自己紹介が始まった。

 その中で、なんとなくこのクラスの特徴を掴めた気がする。


 まず、人数は男9女4の13人クラスである。


 男子偏重気味なのは、やはり騎士という職業の男女比によるものか。

 いかんせん力仕事という面が強いからな…。

 生前の世界でいたような騎士を考えれば、これでも多い方なのだろうけど。


 また、自己紹介を聞いてみると、やはりというか平民出身は少ないらしい。


 このクラスの場合は俺とエマだけだ。

 他は地方貴族や兄弟の三男四男など、上位階級の人達がほとんどである。

 生活や環境の水準を考えれば無理はないが…、これから価値観の衝突なんかがないことを祈ろう。


 正直言って、まだ名前と顔を一致させて覚えきれていない。

 貴族ゆえに名前の長い人もいるから、仕方ないよね。うん。


 とりあえず1カ月くらいでみんなのことを覚えられたらと思う。




「───では、これにてホームルームは終了とする。明日はさっそく授業が始まる。新しい環境に慣れないだろうが、しっかりと備えるように。以上!!」

 

 ぴしゃりとそう言って、キリル先生は教室を去っていった。

 即決即行動というのを体現するかのような人だな…彼女は。


 まぁ、今日のホームルームは授業や諸々の説明くらいなわけだし、質問するようなことも特段ないから良いのだろう。


「う~んっ。まだホームルームだけだけど、学生になったんだなぁって感じがするねっ」

「たしかに、そうですね」


 先生が去ったことで緊張の糸も切れたのか、エマは伸びをしながらそう言った。

 やっぱり制服を着て、教室の席に座って話を聞いていると自覚が出てくるようだ。


 さっそく明日から授業らしいしな。

 おそらく簡易的なモノになろうが、ずいぶんとお早い。これが名門校か。



「アルクスくんはさ、何かとか入るの?」


 先ほどの先生の説明にも、出てきていたワードが彼女の口から出た。

 

 前世の学校同様、この学園もとい騎士コースでも委員会活動なるものがある。


 治安維持する、風紀委員会

 図書館や研究資料など管理の一端を担う、図書委員会

 学園の衛生や設備を管理する、環境委員会

 行事などを携わる、実行委員会

 宗教関連の祭事などを行う、修道委員会

 

 以上5つの委員会が存在し、様々な活動を行っている。


 風紀委員や図書委員はゲームの攻略対象でも何かと話題になるキャラが居たが、そのほかについてはあまり印象が濃くない。

 世界観を構成するひとつ、という感じだった。


 今世では…どうなることやらな。

 俺は別に…



「…いえ、僕は入る予定はありませんね」

「えぇーっ!そうなの?アルクスくんならどの委員会でも活躍しそうだけどなぁ」


 エマは大げさに驚いて見せるが…、そう、俺は委員会に入るつもりはない。

 さっきの先生の話も、要点だけつまんで、あとは聞き流していたくらいだ。


 理由はさまざまあるが、端的に言えば余裕がない。


 特待生として成績を落とすわけにもいかないから勉学は重要。

 日々の鍛錬も欠かすわけにはいかないし、俺には執事という仕事もある。


 放課後は何かと忙しいので、委員会活動に従事する暇がないのだ。


「エマさんは入るのですか?」

「うんっ!私は実行委員会がいいかなぁって。いろいろイベントを運営するって、絶対楽しそうじゃん!」


 ニパッと笑っていう彼女。

 実に彼女らしい理由でもある。


 ゲームではたしか無所属だったから、ここでも変化と言えるだろうか。

 …まぁ、本編中の彼女は、無所属のくせにいろんな所に首を突っ込んでいたが。


「アルクスくんも一緒に入ってほしいけどなぁ」


「僕もですか?」


「うん。だって、ほら。協同試験の時みたいに、パッと良い感じなアイデアを思いつきそうじゃない?きっと頼りになりそうだなって」


「作戦と行事の運営は、だいぶ方向性違うと思いますが…」


 買ってくれるのはいいけど、それはそれ、これはこれというお話だ。

 それに…、誕生日パーティーの件で、行事の主導というのは懲り懲りだしな。


「まぁ、気が変わったら入ってみてよ。絶対楽しいと思うからさ」


「…いや、まだエマさんも所属してないし、できるかもまだわからないですけどね?」


「あ、たしかに」


 そう言って、えへへと笑う彼女。

 まぁ、彼女の中で委員会所属は確定事項みたいだな。

 騎士科におけるイベントごとについて、まだよくわかってないけど、彼女ならなんやかんや上手くやっていきそうではある。


 …エレオノールは、どこか委員会に入るのだろうか。

 本編では無所属だったけど、今回はいろいろと変わっているわけだしな。

 どんな選択するかは読めるものではない。


 放課後、聞いてみようかな。



「そういえば、アルクスくんはこの後どうするの?」


「この後は…、また用事がありますので。一度寮にもどってからその用事に」


「そっかぁ。まだいろいろお話したかったけど…また明日、だねっ」


「…、ですね。また明日、頑張りましょう」


 会話の引き時を感じて、俺は席を立った。

 

 他のクラスメートたちも各々動き出している。

 チラチラとこちらを窺うような視線は感じるが、まだ関係値もなく先ほどの興奮も冷めたからなのか、積極的に話しかけようという様子はない。


 まぁ、彼らとの仲も今後だな。


「それでは、また───」


「…アルクスくんっ」


 荷物をまとめ、いざ去ろうというところで、エマが呼び止めてきた。



「言い忘れてたけど、これから、よろしくね?」


 あくまで屈託のない瞳で、こちらを射抜いた。

 そんなわざわざ…と、一瞬言葉に詰まったが、すぐにふっと笑みがこぼれてしまう。


 彼女は、こういう人だ。


「はい。宜しくお願いします」


「…うんっ、じゃあ改めてまた明日!!」


 ニコニコと手を振る彼女に、俺も控えめに振り返した。

 

 まだ人の残った教室を背に、俺は扉を開いた。











「うわっ!、…っと」

「うおっ?!」


 扉をくぐってすぐに、誰かと衝突してしまった。

 お互いに声を上ずらせ、衝撃で俺は手に持った鞄を落っことす。


「すいません、不注意でした」

「こっちこそ悪い」


 つい日本人仕草が出てぺこぺこしてしまう俺と、ぶっきらぼうながら謝罪して、落とした俺の鞄を拾ってくれる相手。


「あぁ、すいません」

「いや…、俺もすまなかったな」


 拾った鞄をこちらに手渡してきた。


 相手が礼儀正しい人でよかった。

 ここで「おめぇどこ見とんじゃあ!」なんて切れられたらたまったもんじゃないし。

 …まぁ、この学校にそんな輩みたいなヤツいないと思うけど。


 相手の、取っ手を握る手はずいぶんとごつい。

 戦う者の手をしている。

 おそらく、何度も剣を握ってきたのだろう。


 そういえば、申し訳なさそうな雰囲気だったが、声も凛々しい風格を漂わせている。


「ありがとうございます」


 取っ手の空いている部分を握って、鞄を受け取った。

 こちらに引き寄せようと腕を曲げる。


 …だが、できない。

 グッ、という思いがけない抵抗感を感じて、ついにはカバンを引き寄せることはない。



 え?なんで?


 という一瞬のクエスチョンマークが浮かんだところで。


「お前、アンシャイネスの奴か?」


 驚いたような声色で、相手がそんなことを言った。


 なぜ、彼がそんなことを知っているのだろう。

 隠しているわけではないけど、多くの人に触れ回っていることでもない。


「…そうですが───」


 怪訝に思いながら、肯定する。

 そして、今一度はっきりと、目の前の男の顔を視界に映した。



 くすんだような金色の短髪。

 今は驚きの感情が表れている黄金色の瞳。


 目元に傷があったりと様々な違いはあるが、しかしその風貌が俺の記憶の中の人物と照合した。



……?」


 ぽつりと俺がそう呟くのとほぼ同時。


 かつての問題児は、わずかに口角を吊り上げた。

 どこか、好戦的な感情を内包させながら。

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