第33話 メアリー・スーかな?
「ここが…騎士棟か」
それなりに歩いて、ようやく目的地に着いた。
全体の敷地からしてデカいので、建物と建物の距離もやはりあるもんだな。
こりゃあ、授業開始時間ギリギリに移動したら間に合わなそうだ。
騎士として5分前行動を定着させようという魂胆でもあるのだろうか。
案外、そういう狙いがあってもおかしくない。
「受験の時にも来たけど、やっぱりあのシンボル、かっこいいねぇ」
建物上部を見上げて、エマはしみじみと言った。
フェンリルの顔を模したシンボルだ。
元来魔物というのは討伐すべき対象だが、一部の種類はこうして象徴的に掲げられたり信仰されたりしている。
このフェンリルは、主人に忠実であるべきという騎士の姿勢を表したものだ。
…なんて、没設定集には書かれてたっけ。
まぁ記憶に新しいのは騎士育成プログラムの資料だけど、かつての記憶にもそんなようなことがあったと覚えている。
ちなみに貴族の方はグリフォンで、気高く凛々しくあることの象徴だとか。
これはゲームの序盤でも触れられてたな。
「私たちの教室は……ここだねっ!」
中に入り、他の新入生が歩く後ろをついていくと、エマがすぐそばの教室を指し示して言った。
そういえば俺は自分でクラスを確認していない。
ゆえに自分がどのクラスなのか、そしてどのようなクラスメートがいるのかわからない。まぁ後者に関しては確認しても名前しかわからないし、俺が知っている人などそれこそエマくらいだから関係ないが。
「どんな方がいるのでしょうね」
「ね!楽しいクラスになると良いなぁ」
わずかな期待感を持って、教室の扉を開いた。
…瞬間。
教室の中は、まさにシン、と静寂に包まれた。
すでにいくらかの生徒が着席し、おそらく談笑して親睦を深めていたであろう様子を見せているが、しかし今の瞬間になって驚愕の色を表情に浮かべ、硬直している。
そしてその全員が、今しがた扉が開かれた俺たちの方に視線を向けていた。
…え、なに。
なにごとっ?!
唐突な視線の応酬に、びっくりしちゃう俺。
みんなおはようっ!なんて挨拶をしようかなんて思ってたけど、喉元でその言葉が押し戻された。
「…えーっと、」
沈黙に耐えかねて何かを発しようと口を開いた、そのまた瞬間。
「キミっ、アルクスくんだよねぇっ!!?」
そんなやけに興奮を含んだ声が上がる。
そしてそれを皮切りに…、止まっていた時間が動き出したようにこの空間に“動”がもどってきた。
「うわぁ!マジで来た!!」
「本物の首席じゃん!」
「やばっ、もう佇まいが違うなぁ!!」
どっ、と矢継ぎ早に大量の声が押し寄せてきた。
同時に固まっていた生徒のみなさんも近づいてきて、やいのやいのと捲し立ててくる。
さながら有名人を見つけて興奮する人たちみたいに。
…え、なに。
なにごとっ?!
やたらスパンの短いデジャヴを感じた。
***
「俺、魔法試験のとき居たんだよね!!あの魔法すごかったよなぁ!」
「剣術試験のとき、お相手の騎士を倒すところ見てたよ!」
「実は俺、筆記試験のとき後ろに居たんだけどさぁ」
雪崩のように続けざまに飛んでくる言葉の応酬。
これから1年間をともにするクラスメートに囲まれて、俺は胸中困惑しながら席に座っていた。
なんでこんなことになっているのか…、というと。
実は思いのほか、俺についての話題がかなりの範囲で広まっていたらしいのだ。
そして、この『思いのほか』というのがあまりにも思いのほか過ぎた。
入学試験において俺が行ったパフォーマンスの数々。
特待生合格しか眼中になかったので気にしてなかったけど、あれらは普通に受験生がやってのけていいものではなかったようだ。
大規模魔法を使いこなして、本来壊れるはずのない魔法のターゲットをぶち壊したこと。
現役バリバリの騎士…しかも割と上の立場にたてるレベルの人物を倒してしまったこと。
協同試験で見せた、最上級魔法。
どれもがちょっとどころではないやり過ぎだったらしい。
…いや、無自覚無双とかじゃなくて、ちゃんと自覚はあったヨ?
魔法なんかは本編ゲーム最終盤で使えるようになるものだったし、剣術についてなんか、あれは“勝つ”場面ではなかったわけだしね…?
わかった上でのつもりだったのだが…、分かり切れていなかったというか。
そして、これらの事実よりも一番理解していなかったことは、騎士コースに入学する人たちは結構な熱意を持っているということだ。
そりゃまぁ、とんでも難易度の受験を突破してくる人たちなのだから、その分熱意もトンデモであるのは当然だ。
ゆえに強さへの憧れなんかは人並み以上みたいで…
「いつもどんな訓練してたの?!」
「大規模魔法の制御ってどうやってたの?」
「実戦練習は多く積んでたのか?」
結果、首席になってしまった俺はそんな憧れの的になってしまったというわけである。
…なんか、すごく申し訳なくなってくる…。
彼らのように本気で騎士を目指してるわけでもないのに…。
いや、この感想こそ失礼か?
遠回しなマウントみたいになっているかもしれない。
…う~ん、向けられた憧れは裏切りたくもないし。
返答にすごく困る。
そんな悩める俺に助け舟を出したのは、彼女だった。
「あ、みんな!もう先生来るよっ!!」
「え、やばっ」
「初日に怒られるのは勘弁だ」
鶴の一声のごとく、集まっていたクラスメートが散り散りになって、各々の席についていく。
基本自由席だが警告に焦ってか、あるいはただ単に関係がそこまで出来上がっていないからか、空席を生みながらの着席となる。
「あはは、アルクスくん。すっかり人気者だねぇ」
「エマさん…助かりました」
目を細めながらそう笑うのは、エマである。
「いいっていいって!実際、もう先生来るしね!」
空いた俺の隣の席に腰を据えながら、彼女はまたあははと笑った。
「エマさんは、僕がここまで名が知れてるって知ってたのですか?」
「うん?いや、私も知らなかったよ。だからびっくりしちゃった。扉を開けたらいきなりみんなが来ちゃってっ」
クラスにはまた静寂が戻り始めていたので、くすくすと声を潜めながら彼女は言った。
そうだったのか。
いや、協同試験のときもテストブレイカーなんて変な名前にピンときてなかったし、そういう話題には結構疎いのかもしれない。
「まぁ、アルクスくんが凄いってことは、私もわかってたけどね」
「…さいですか」
まぁ、さっきから太鼓判押してくれてたしな。
…でも、今のクラスメートたちみたいに、強さに対しての凄い凄いって感じではなかったよな。
彼女はあんまり、強さに関しては興味が薄いのかもしれない。
「……エマさんって────」
そう、口を開きかけた時、扉が勢いよく開け放たれた。
「よーっし、全員揃ったかぁ?」
エマとは少し違う感じで、陽気な女性の声だ。
騎士らしくカッチリとした服装であり、性差をとやかく言いたいわけでもないけど、ずいぶんと雄々しい顔つきをしている。
隣に視線を向けた。
エマはぴんと背筋を張って座っていた。
俺もしゃんとしなきゃな…なんて気を取り直しながら、席を座りなおした。
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