第31話 思わぬ再会
「アルクス…、変なところはありませんか?」
エレオノールが心配そうな顔で問う。
先ほどから、自分の身だしなみが整っているか、執拗というほどに確認している。
彼女とて、やっぱり緊張しているのだろう。
「はい、全く問題ありません。大変似合っていらっしゃいますよ?」
「なっ…!…また、そんなこと言って…」
彼女は耳の先を紅潮させながら、もにょもにょと引き下がった。
5年も執事をしていると、ヨイショも板についてくる。
まぁでも、これはお世辞とかじゃなくて本心なんだけどね。
白を基調としたゴージャスな制服は、華々しく彼女の存在感を際立たせているし、金色で刺繍された学園の校章が良いアクセントになっている。
まるで彼女のためにデザインされたもののようだ。
…まぁ、あながち間違いでもないけど。
『セレスティア・キングダム』の登場人物が映えるように制作陣が意匠をこらしているわけだし。
だから、彼女の制服姿を見てると、なんだか懐かしい気分にもなった。
ゲーム中はずっとこの制服だからな。
…その時のエレオノールという人物は闇落ちしているから、ちょっとだけ怖くなるけど。
「ア、アルクスも…似合って…いますよ?」
そんなことが頭に
気丈な態度を装っているが、表情で内心がバレバレだ。
「大変、有難きお言葉です」
「っ、~~~っ!」
にっこりと微笑んで見せると、彼女はまた口をもごもごとさせながら、視線を伏せって手元の紙を読む…振りをした。
目がめちゃくちゃ滑ってるのが、見てるだけでもわかる。
…変に緊張させたかもしれないなぁ。
「…お前らなぁ、これから人前に出ようって時に何をしてるんだよ」
なんてやり取りをしていると、不意に後ろからそんな声が聞こえてきた。
しゃがれた男の声だ。
騎士と貴族の卵が通う学園には、ちょっとばかし似つかわしくないように感じるけれど、その声の主が実は熟練の大ベテランであることを俺は知っている。
「先生。…でも、ガチガチでいるよりは良いじゃないですか」
「それで乳繰り合ってんなら世話ねぇよ…」
あら失礼な。
これは執事と主人の重要なコミュニケーションなんですよ!
と言うとまたヒートアップしそうなのでやめておく。
「ったく、お前ら本当に身分違いかよ…」
「この学園は身分は不問なのでは?」
「あぁ、そうだよ畜生めっ!」
ムカムカと吐き捨てる男。
どうしたんだろう、カルシウム足りてないのかな。
なんて言いたくなるが、でもこういう人だったなぁと懐かしい気分にもなる。
この人は不器用なんだ。
「あ、じゃあ僕らそろそろなんで」
「おう、いけいけ」
シッシッと虫を払うような仕草をする彼から視線を外し、隣に向ける。
「だそうなので、エレオノール様。行きましょうか」
「は…はぃ」
語尾が弱くなっている。
直前になって、緊張がぶり返したかな。
「大丈夫ですよ、案外大したことないですから」
励ますように言いながら、俺は彼女の手を引く。
そして、舞台袖から抜け出して、大衆の面前に立った。
なんでって?
そりゃあまぁ、今は入学式の最中であり、
俺たちは貴族と騎士コースそれぞれの首席だったからだ。
***
俺は無事、ライティシア学園の入学試験に合格した。
この場合の合格というのは俺が学園に通える、という意味であり、それはつまり特待生制度を通過しての合格である。
もちろん最善を尽くしたわけだが、やはり不安なもんは不安なのだ。
特待生であることを知ったとき、それはそれはもう、安堵のため息で感情が埋め尽くされた。
…で、ついでというか…ちなみにというか。
俺は特待生合格かつ首席合格でもあった。
まぁ特待生であること自体、上位の得点を取っていることの証左であるのだ。
受験者ナンバーワンでも不思議ではない。
不思議ではないだけで、やっぱり少し驚いた。
点数開示はされないのでどれくらい点を取れたのかわからないけど、思った以上に得点できてたみたいだ。
そしてなんの因果の巡り合わせか…と言うと両方の努力を無下にしてしまうかもしれないけれど。
エレオノールもまた首席合格であった。
試験直前まで不安な顔をしていたから、ここまでの成績を収めるなんてちょっと驚きだった。いや、だいぶだな。
「アルクスの隣は他の人には譲りませんから」と、首席合格を通達された時に彼女は笑って言っていたが……まさか、俺が同じように首席であることを期待していたのだろうか…。
やっぱり彼女は俺を過大評価している部分があると思う。
まぁ、現実となっただけ良かったかな…。
…さて、首席合格ということは、新入生代表としてスピーチを行わなければならなくなる。
このように盛大に入学式が挙行されましたことを、新入生を代表して感謝いたします……とかなんとか話さなければならないわけだ。
作文を作ること自体は別に良いんだけど…、人前で、特に貴族の真ん前で話すとなると少しだけ抵抗感があった。
いろいろと目をつけられたら面倒になりそうだし…、ウチに来てくれなんて迫られたらエレオノールにまた説教されてしまいそうだし…。個人的にはあまり目立ちたくはなかった。
…まぁ、当の彼女は「チャンスです」なんて言って妙に息巻いていたが。
意味はあまりわからなかったけれど、文章を一緒に考えてくれたりして何かと助かった。
で、実際にスピーチしてみると案の定…ではあった。
だが思ったよりも酷いものではなかった。
『あれが首席か…』
『やっぱり格が違うなぁ』
『でも、平民なんだろ?』
『そうらしいが、すでに貴族に仕えているという噂だ』
と、まぁ俺がどんな人間か窺おうとするような声は聞こえてくるが、変に品定めるような話声は聞こえてこなかった。
声に出してなかっただけかもしれないが、そういう時特有の嫌な視線はあまりなかったし。
やっぱり若いということもあって、脂ぎった貴族みたいな習性はないのだろうか。
これからそれに染まっていくと考えると無情だなぁと思うけど。
『どうせ平民ごとき、大したことないだろ!』なんて言おうとした者もいたが、先生に怒られたのかなんなのか、びくりと体を震わせて口を閉じていたし、学園の方々も伊達に身分不問を掲げるだけあるね。
ということでつつがなくスピーチは終わり、そして、入学式の方も幕を下ろした。
***
「上手く…話せていたでしょうか…」
「大変、ご立派でしたよ?」
講堂を出ながら、俺は不安そうな表情を浮かべる彼女をフォローする。
緊張こそしていたけど、佇まいや発声が俺よりもずっと気品あるものだった。
さすが貴族というべきかな。そういった部分はやっぱり敵わないかもしれない。
「そうですかね…。…でも、当初の目標は達成できたので良かったのかもしれませんね」
微笑を浮かべながら彼女は言う。
彼女なりの目標があったのかしら。
それが何かはわからないけれど、達成できたのならよかったのだろう。
「…さて、この後はクラス分け発表などがありますので、ここで一度お別れですね」
「うぅ、そうですね…。同じ空間で学べないのが…とても悔やまれます」
がっくりと大げさに肩を落とす。
まぁ、会おうと思えばいつでも会えるわけだし。
一緒の学園に通えるだけ良かっただろう。
…と励ましてみても、あまり効果は見られない。
今までべったりだったことの反動かね…。
「では、諸々が終わり次第…あの噴水のところで待ち合わせしましょうか?」
「っ!!…そうですね。はい、そうしましょう」
途端に元気になるエレオノール。平然とした態度だがやはりバレバレだ。
そろそろ親離れというか、自立した方がいいとは思うけど…、まぁこういうのは少しずつだしな。長い目で見よう。
「それでは…。約束、ですからねっ」
そう念押ししながら彼女は貴族コースの教室がある方へと去っていく。
角を曲がって姿が見えなくなるまで見送った。
「さて、と」
俺もいくか…と伸びをする。
いったい、誰と同じクラスになるんだかな。
何か面倒なことが起こらなそうなメンツがいいが…。
なんて考えていた、その折に。
「あれ、アルクスくん?」
不意に、俺の名を呼ぶ声があった。
…聞き覚えはあった。
快活明朗な、あの声だ。
ゆっくりと後ろを振り返る。
「あぁっ、やっぱりそうだった!」
「……エマ、さん」
目をキラキラとさせ、はしゃぐ彼女の名前を呼ぶ。
同時に、心の中で若干の冷や汗が滲んだ。
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特待生絡みの設定を一部変更しました。
物語に支障はありません。
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