第29話 あ゜
………
……
…
「あ、アルクスくん!」
「えっと、アルクスさん…どうも」
試験が終わり、アリーナを後にして校門までやってくると、ふたつの声が俺の名を呼んだ。
他でもない、エマとエレットの二人である。
「あぁ、二人ともお疲れ様です。どうしてここに?」
「アルクスくんのことを待ってたの!」
エマは小走りにこちらに近づいてきて…、俺の両手をぎゅっと掴み、二パッと花を咲かすみたいな笑顔を浮かべた。
あまりの急接近にぎょっとしたが、まぁ表情には出てまい。
「というか、服…、なんだか凄く綺麗じゃない?なんだか執事さんみたい…」
「まぁ、そうですからね」
「えぇっ、そうだったの?!どおりで王子様みたいにカッコいいなって思ったんだぁ…!」
こちらを見る目をキラキラとさせるエマ。
声色にもその感情が反映されている。
なんか…、ここまで明るかったんだ…という印象だな。
なんてったって、ゲーム中は一人称で進む都合上、
選択肢を選んで会話をするため、テンポが損なわれるから仕方ないのだが…。
しかし、それでもという感じだ。
白髪銀の瞳という、儚さを感じさせる見た目も相まって、ここまで元気っこだと驚きがある。
まぁ、王子様、とか誤解されるようなワードチョイスをする辺りは、主人公の面影をヒシヒシと感じるけど。
「──では、どうして僕のことを待っていたんですか?」
「あ、そうそうっ!……やっぱり、君にお礼が言いたくてさ。エレットちゃんと待つことにしてたの」
「お礼…ですか?」
「は、はい…。今日勝つことができたのは…、全部アルクスさんのお陰なので…」
キョトンとする俺に対して、エレットはおずおずという風に口を開いた。
まぁ予想はしていたが、試合のことである。
協同試験の顛末だが…。
あの、俺の渾身の一振りは、結果としては空振りに終わった。
だがその理由は不可抗力である。
紫色の炎があの魔眼の少年に直撃するそのコンマ一秒前に、試験官が『止めッ!!』と、轟くくらいの声量で叫んだのだ。
あのアリーナには試験官の言葉が魔力的に強くなるような魔法がかけられている。
受験者の安全と命を守るためだ。
それが効力を発揮して、俺の魔法は吹き消されたわけである。
まぁ別に、止められなくても直撃させるつもりはなかった。
俺とて、いたずらに殺人したり若き芽をつぶしたりしたいわけではない。
ちょっと逸らして気絶させるくらいにする予定だった。
そうなる前に終わったが、まぁ結果として勝利となったのだから良いだろう。
こちらが全員生存に対し、向こうは全滅。
これ以上ない完全試合だった。
「なるほど…。…まぁ、勝てたからと言って、合格が確約されるわけでもありませんけどね」
水を差すようだけど、事実としてあるからしょうがない。
ここであまり喜んで、ぬか喜びとなったら悲しいなんてものではないし。
「うぐっ、そうなんだけどね…?…でも、アルクスくんを見てたら自分はまだまだだなって思えてさ。それも含めてのありがとう…みたいな?」
へにゃっと眉を垂らしながら、しかし芯のある光を宿した瞳でそう言った。
試験中はあまり見られなかったし、作中でも戦闘技術について言及されたことはなかったが…。
一次試験を突破、
しかも平民で、という時点で彼女にはちゃんと実力があるのだろう。
今まっすぐな目で「まだまだだ」と言えるのだから、きっと間違いはない。
「そうですか……。ではこちらこそ、ありがとうございました。こちらも色々と反省点が見つかりましたし…」
素直にその言葉は受け取っておこう。
…そして、エマの後ろに隠れがちな彼女に対しても。
「───エレットさんも、大変力になりました。ありがとうございます」
「っ、い…いえ。私の方が…何百倍も助かってしまいましたよ…」
尻すぼみな語尾で言うが、彼女には色々と力になってもらった。
そう、いろいろと。
闇魔法について、俺はあまり詳しくないのでこの機会に生で見ることができたのは貴重な経験だった。
剣技についても、新たなイメージパターンを作ることができたし…。
そしてなにより、彼女の《チャーム》は何かと役に立ちそうだ。
使う機会は…、弱点になるというデメリットの関係もあって少ないだろうけど、でもこういうのは手札としてあるというのが大切なのである。
「…執事ってことは、やっぱりこの後も忙しいよね?」
少しの間が空いたところで、エマが口を開いた。
「そうですね。この後も寄らなければならない所があるので」
「そっかぁ…。途中まで一緒に帰ろうと思ったんだけど…ここでお別れかぁ…」
ガックリと大げさに肩を落とすエマ。
「じゃあ、もし合格できたら───いや、合格したら、また話そうねっ?」
言い直して、まっすぐな視線を保ったまま彼女は言った。
そうだな、今から合格を『もしも』とするのは駄目だよな。
気持ちだけでも前向きに。
…俺が特待生合格できるのか、ということも前向きに考えよう。
「…そうですね。合格してまた会えたら、お話ししましょう。…いろいろと、ね」
と、心の中で付け加える。
「うんうんっ。…それじゃあ、またねっ!」
そんなことは想像していないだろうという風に、嬉しそうに頷いて、彼女はここまでずっと握っていた俺の手をパッと放した。
そしてくるりと、一歩後ろに立っているエレットの方を向く。
「エレットちゃん、行こっ?」
「ふぇ、一緒に…ですか?」
「そうだよ?だってもう友達じゃんっ!」
「と、友達…っ!?」
そんな会話をしながら、遠ざかっていく二人。
別れ際、俺の方を振り返って、大きく手を振りながら。
まったく、
…さすがは乙女ゲーの主人公というか、距離を詰めるのがお上手である。
同性にも異性にもな。
「俺も、行くか」
ふぅっと、息を吐いて呟きながら、俺は校門をくぐった。
遅くなったら、お嬢様に怒られちゃいそうだしな。
最近は、少し目を離しただけでも不満そうにしてるし…。
「アルクスぅ???」
ほら、ちょうど、こんな声色で。
…。
…。
…。
「へぁっ?!?!」
唐突に聞こえてきた声に対して、今日一番の俊敏な動きで横へ飛び退く。
いつのまにか、本当にいつのまにか。
俺の横には、エレオノールの姿があった。
口角は上に上がっていて、目も線になるくらいに細めている。
だが、笑ってはいない。
笑っているときと表情が同じなだけで、全くもって朗らかな感情や穏やかな微笑ではない。
「あぁ、えっと。エレオノール様…。いらっ…しゃってたんですね。…いつから、」
「ずっと、居ましたよ?見送ってからアルクスの帰りを、ここで今か今かと待ちわびておりましたっ」
…。
いや…、嘘だろ?
行きはたしかに、送ってくれていた。
一緒にここまでやってきた。
だが、もうあれから3~4時間は経っているんだぞ?
その時間、ずっとここで待っていたというのか?
ひとりで?
「いや…、それは…ありがとうございました…、いや、申し訳ございません…?」
「…いいえ、良いのです。私が勝手にしていることです。疲れているアルクスを真っ先に労いたかったところですが……」
彼女はツカツカとこちらに歩み寄り、上目遣いで俺の眼を見る。
そして、にっこりとしていた眼を開いて……
「先ほどの状況を見ると、もう、その必要もなさそうですしね?」
わずかに開かれた瞼の奥に、黒々とした眼がのぞいた。
……光が、光がないッ!!
まったくもって「良いのです」と言う人間の目じゃない…っ!!
「いや、いや。アレは違くてですねっ───」
「はい。わかっています。私はアルクスのこと、全てわかっていますから」
まるで赤子に対して語り掛けるような優しい声色で、そう彼女は囁く。
そして、掴みかかるような勢いで俺の手を乱暴に取る。
…俺の手には、まだエマの温もりが残っている。
「でも───少しだけ、お話。聞かせてくださいね?」
刹那、彼女の後ろに黒い影が揺らいだ。
ぞくりと、少しだけ背中が粟だって────
あ゜っ
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