第28話 ライティシア学園騎士協同試験


「これより、8番隊と27番隊の騎士協同試験を始める」


 ついに、この時がやってきた。

 木製の柵や家のような張りぼての建造物、樽などが無造作に配置されているアリーナにて、俺、エマ、エレットは並んで立つ。


 おそらく、市街戦を想定した戦場だろう。

 この試験はどのようなロケーションでの戦闘かがランダムである。

 突発的な戦闘でどう動けるかを見る、ということだ。 


 そして、マッチングについても全グループから完全にランダム抽選されるらしい。

 どんな相手と戦うかは直前になってもわからない。

 

 その結果俺たちの相手は27番のグループ。

 

 ひとりは赤髪の青年。ずいぶんと筋骨隆々な体躯をしており、いかにも戦士ですよという風貌だ。


 対して青髪の青年は腕も脚もヒョロヒョロ。だがあの、人を文字通り舐めるような視線は戦闘分析を行う者の顕著な仕草だ。おおかた、俊敏な動きで翻弄する盗賊タイプなのだろう。


 残る金髪の青年…というか少年な姿の者は、これといって役割を推定できるものはない。だが、一際目を引く部分はある。


 あの、獣のように細く鋭い瞳孔をした左眼。

 あれはおそらくだ。

 固有魔法セレスティアとは別に先天性に持っている特殊能力のことで、視線に魔法的な効果を付与できる。

 ゲーム中の攻略対象でもアレを持っているキャラがいたが、この世界で持ち主に会うのは初めてだ。


 魔眼の厄介なところは効果を見た目で判断できないこと。使われるまでタネはわからない。

 …警戒しておこう。


「魔法や剣術は制限なく使用して可とする。ただし事前説明にて記載された禁止事項を犯した場合は即刻の試験中止と処罰を与える。勝利条件は相手の構成員を全員戦闘不能にする、場外へと追い出す、もしくは降伏させることだ。戦闘不能の判断については試験官の客観的判断にて行う───」


 試験官のルール説明が入る。


 堅苦しく長い説明だが、要は、ルールはある。戦え。

 そして相手は泣くまでボコボコにしろってことだ。

 簡単な話である。


「それでは、説明は以上となる。総員──」


 いよいよだ。


 俺は隣の二人にチラリと視線を送る。


 エマの方は気づいたようで、ニカッと歯を見せながら頷いた。

 エレットの方は…、だいぶ緊張で喰らっているらしく、ぶつぶつと何かを唱えながらジッとしている。


 まぁ、予定通り動ければ問題はない。



「───開始してください」

 


 試験が始まった。



***



 即座にエレットが最前列へ向かい、俺がそれに続く。

 後ろはエマで、前衛中衛後衛という図だ。


 対して相手は赤と青が同時に接近してくる。黄は後方支援といったところか。


「【ディープ・ダークネス】…っ」


 禍々しい深淵を左手で放ちながら、エレットは赤の大剣と切り結ぶ。

 青は魔法の対処に追われているようだ。


 闇魔法の特徴は相手の視界を奪うと共に、魔力残量を大きく削れるというものだ。

 メインウェポンとして運用するには癖があるが、速攻剣士タイプの彼女なら補助機能として最適である。


 少し意外なのは、あの小さな体であの巨体の一撃を受け流せていること。

 剣技には自信があると言っていたが、臆病な性格でもそう言えるくらいには実力を備えているらしい。



「あ、おいザック、先に行くなよ!向こうにはあの『テスト・ブレイカー』がいるんだぞっ!」


「おらああああああ!!」


 闇を振り払いながら言う青の忠告など、まるで耳に入っていないだろうという風に赤は猛攻をエレットに仕掛ける。


 …やっぱり、テストブレイカーで通ってるのか、俺。

 釈然としないけど……、まぁいい。

 赤いのがこっちのテリトリーに入ってきた時点で3対1の構図だ。


「【ウィンド・アロー】」

「【ブレイズ】っ!」


 俺が風の矢を生成すると、それに炎が灯る。

 後方にいるエマによるモノだ。

 魔法と魔法の連携プレイである。


 …まぁ、これくらいは俺一人でもできるのだが…、今はあくまで試験。

 連携プレイを見せてを稼いでいく。


「なっ、やべぇっ?!」

「ほら、言わんこっちゃないっ!」


 無数の燃え盛る刺突が赤いのに降りかかる。

 青い奴がようやく戦線復帰するが時すでに遅しだ。


 これで一騎は撃破───



「─────!」


 矢じりが突き刺さろうとした刹那、

 吹き消されるように魔法の矢は立ち消えた。

 

 なんだ?

 強度の調整はしている。減衰して消滅するほどヤワではない。

 何かが干渉しているのだろう。


 前方を観察する。

 赤と青は再びエレットに攻撃を仕掛けている。

 加勢すべきだな、俺も前衛に行こう。


 …だがその前に、後ろのあの少年。

 

 神妙な表情を浮かべながらこちらを睨みつけている。

 なに呑気に観戦してんだよ、とはならない。

 おそらく、アレが彼の役割で、魔法をかき消された要因だ。


「エマ、エレットっ!相手後衛は《破魔の魔眼》を持っています!!注意してください!」


 魔法を破る魔眼。

 そのまんまでシンプルなものだが、実に厄介だ。


「そ、そんなっ!私も剣抜いたほうが良いっ?!」


「いや、僕が前に出ます!エマはエレットに回復魔法を!」


 はっきりと断言はできないが、強力ではあれど多用するのは難しいはず。

 その証拠にあの金髪少年も余裕のない表情だ。

 冷や汗も額に滲んでいるのが見える。


 なら、全ての魔法を打ち消されるようなことはないはずだ。


「はァっ!」


 3つの剣の打ち合いが繰り広げられている所へ突撃する。

 

 ふたつの刃がエレットに振り下ろされようとしたところで、俺はその間に割って入る。


「アルクス、さんっ」

「このまま作戦にいきます、エレット、魔法をっ」

「は、はい!」


 剣戟を引き継いで、青と赤の連撃を受ける。

 その間にエレットは後退していった。


「へっ、お前らは連携して戦うってのができねぇのか?」

「ひとりで十分なんて舐められたもんだぜっ」


 攻撃を捌いていると、赤と青が笑いながらそう言った。

 煽るような口調だが…、こうやって隙を作ろうってか?


「口プレイ?やるね」


「はっ、そんな飄々としてられるのか?テストブレイカーさんよォ!!」

「ほらほら、押されてるの気づいてないのか?」


 依然とにやりにやりを崩さない二人。

 まぁ、たしかに言う通り、俺はじりじりと後ろへ下がっている。

 

 それを押されている、と言うのかは別として。


「なに笑ってんだよお前」


「あ、表情に出てた?いや、すごいなって思ってさ。さっきも女ひとりに抑えられといて、まだそんな大口叩けるのが」


「っ、てめぇっ!!」


 髪色も相まってすっかり茹でダコとなった巨漢が、攻撃の勢いを強める。

 その代わり、もともとなかった精細がさらに欠かれている。


「ちょっ、ザック…」


「ほ~ら。連携できないのかとか言いつつ、お前らだってできてないなぁ。剣と剣がかみ合ってない。一緒に攻撃してるようでお互いを打ち消しあってるよ」


「うるせえええええ!!」


 さらに激昂した赤の大剣が、青のロングソードを完全に食っちゃっている。

 こいつ…、最初に煽ってきたくせに耐性低すぎるだろ…。


「ま、もうちょっと仲良くしろよ。手伝ってやるから───さっ!!」


 攻撃を大きく弾いて、巨漢の顔面に左手を突き出す。

 そして短く息を吸って、こう唱えた。


「【《チャーム》】」


 桃色の波動が放たれる。


 モロに食らった赤は、だんだんと視線の焦点が失われていき、トロンとしたような、光の宿っていない目つきとなる。


 それと同時に、赤と青の視界からも光という光が失われた。



***



「うわぁ、見えないっ、暗いッ…!!それに…お前、ザックか?!なんで俺を押さえつけんだよッ、このッ──」 


「ぁ、ぅ…」


「うわああああ、変なところ触るなぁあ!!」


 目の前で取っ組み合いを繰り広げる二人。

 ちょっと見苦しい光景だが、赤の方には催眠、青の方には視界不良がかかっているゆえのものである。


「…想像以上の効果だな」


 俺は頬を掻きながらしみじみ思った。


 エマの《スパークル》や俺の攻撃で牽制、その間にエレットの闇魔法で相手の視界を奪い、確殺するというのが事前に話していた戦法だ。


 だが相手が予想以上に突撃してきたことや魔眼持ちがいたことで変則的になってしまった。


 その結果がこれだ。

 俺のセレスティアでエレットの《チャーム》で敵を操り、もう片方の視界を闇魔法で封じることで戦力を奪うという形。


 突発的にやったにしては上手くいったが…、それによってこんな地獄みたいな光景になるとは思わなかった。


「アルクスさん…すごいですね…。私より上手に固有魔法を使えて…」


「まぁ、今回はたまたまな気もしますけどね」


 エマに魔法で治療されたエレットが、自信なさげに肩を落とす。

 それにに対して、俺は本心からそう言った。

 実際そうだしな、ここまでハマってくれるのも珍しい。


「そんなご謙遜を…、私のセレスティアを譲ってあげたいくらいですよ…」


 たはは…、と自嘲気に笑う彼女。


 …まぁ、半分譲られているようなものだけどな。


 俺の固有魔法のコピー…もとい《レプリケート》は一度使用した魔法を保持できる。

 だからこれからどのタイミングでも、チャーミングすることが可能というわけだ。


 まぁ無論、そんなに使う相手も場面もないだろうし、使用するたびに俺自身の弱点になるわけだからバカスカと使用するわけではないのだが。


 ちなみに、エマとエレットにこのことは言っていない。

 ただコピーできる、と言っただけだ。


 前も言ったように、セレスティアは重要な手札。

 詳細に説明するのはリスキーである。

 少なくとも今はないだろうが、いつ彼女たちが牙を剥くかわかったものではない。そうなったときに弱点を知られていたら大きなディスアドバンテージとなる。

 

 ちょっと不誠実かもしれないが、まぁこれも駆け引き、ということで。


「…さて、仕上げといきますかね」


 取っ組みあう二人の首筋に、剣の先を向ける。

 流石に首を撥ねるわけにはいかないので、殺しましたよ~という合図だ。



「ザック、レイドリヒ、戦闘不能!!」


 試験官の号令が響く。

 二人脱落だ。


 残るは魔眼の少年のみ。


「だ、そうですよ?3対1、ここで降伏することをお勧めしますが」


 扇動するような口調で俺は言う。


「ご冗談を。騎士たるもの───命潰えるまで目の前の敵と戦いますよ」


 しかし魔眼の少年は臆することなく、腰の帯する剣を抜き放った。


「まだ負けじゃないですよ、テストブレイカーさん。まだ勝負は、わかりません」


 …さすがに、こんな煽りには乗らないか。

 騎士たるもの敵を前にして退いてはならぬ、テストにも出た基本事項だ。


「はあああああッッッ!!!」


 彼の全身に電気が迸る。

 そのまま電光のごとくに、超スピードで地面を蹴り付けた。


「【ブレイズ】!!」

「【ディープ…、ダークネス】っ」


 エマとエレットが即座に反応して、魔法で迎撃する。

 …だが、ダメだな。


 イタチの最後っ屁ってやつだ。全身全霊の魔力を出力している。

 そう簡単に止めることはできない。

 

 …もう少し連携してるところをアピールしたかったところだが、仕方あるまいな。

 


「【インペリアル・ブレイズ───」


 剣を掲げ、魔法を唱える。


 刹那、紫紺に揺らめく爆裂的な炎が剣に宿った。

 世界の明度が相対的に低下し、反面、俺を中心とする一帯が極限の光で満たされる。


 風も、草木も。 

 エマも、エレットも、試験官も。

 この場に居る全てが何が起こっているのかと行動を止める。


 その中でただひとり突進を止めない少年に向かって、俺は放った。



「────スラッシュ】」



 流れるような、ただの横一線。

 しかし極上の炎をもって放たれた斬撃は、空気を、時間を、空間を焼き切り…


 そのまま電光と化した少年の体へと───。

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