第27話 主人公、であるハズの者
「えっと…、私の名前はエレット。今回のテストは…よろしく、ね」
「うんうんっ!一緒にがんばろっ!!」
俺が入室して程なくして、もうひとりのメンバーも部屋にやってきた。
覚えのある名前ではない。おそらく本編で登場しないキャラである。
今まで人物に出会って、モブかそうでないかなんてあまり考えたことなかったけど、しかし今回ばかりはどうしても思考にそうしたワンクッションが置かれた。
それも全て、エレットと名乗る少女と熱く握手を交わしている少女が原因だ。
…エマ=へレーナ。
『セレスティア・キングダム』において主人公を張るキャラクター、であろう人物。
ゲームの主人公は名前が可変であるが、紹介映像なんかで取り上げられるときは『エマ』と名付けられている。
さらに設定資料なんかでは『エマ・アルヴェーヌ』としっかり正式名称がつけられているため、この世界でも同じものだと思っていた。
だが…、今目の前の彼女…主人公の姿をした少女はその名前ではない。
それどころか騎士コースに受験するという、本来のストーリーとは根幹から逸れた道をたどっているではないか。
(なんでだ…?)
ストーリーでは試練の儀式で“聖女”としての力に覚醒し、公爵に学園を推薦されるはずなのだ。
この調子だと力が覚醒しなかったか、公爵に推薦されなかったか…あるいはその両方が発生している可能性が高い。
じゃあなんでそんなことになってんだよ、と堂々巡りになるのだが…。
「えーっ、エレットも平民出身なの!?私もなんだぁ!」
「そうなんですか?それは、すごい…偶然」
「ねーっ、平民の子って少ないのかなって思ってたけど、案外そうでもないのかな?」
にこやかに歓談する二人。
その背後の壁には、古ぼけた時計が掛けられている。
試験開始まで、あと30分。
疑問は募るばかりだが…混乱していられる余地はない。
「んッ、ゴホン。そろそろ、試験の作戦立てをしましょうか」
わざとらしく咳払いして、俺は二人の注意をひく。
キョトンとした視線がこちらに向かったところで、俺は席を立ちあがった。
「おぉ作戦!かっこいいね!」
「私、戦略立てるのはあんまり…」
終始キャッキャッという雰囲気のエマと、物憂げな表情のエレット。
いや、ずいぶんと正反対な二人が集まったものだ…。
「大丈夫です。僕がみなさんの情報をもとに作戦を立てます。ふたりの能力について教えてください」
「っ、あ、えっと…」
特に指名したわけでもないが、ぱっちりと視線があってしまったのでエレットがなよなよと口ごもる。
ちょっと突然すぎたか…?
「あ、はいはい!私から言うね?えっと、私の特技は火の魔法と水の魔法。剣は習ってたけど、あんまりセンスないって師匠から言われてるレベルかな」
エレットを気遣ってか、エマが先導して口を開いた。
…こういうところが、やっぱり主人公なのだと感じさせる。
「なるほど…。
顎に手を当てて作戦を組み立てながら、追加の質問をする。
それにエマはびっくりしたように目を剥いた。
…まぁ、そりゃあそうだ。
セレスティアというのは騎士や魔法使いといった戦士にとって、重要な手札である。そう易々と公開できるものではないのは確かだ。
無論、俺は彼女のセレスティアを把握しているのでこれはちょっとしたカマかけになるのだが。
「言いたくないなら強制はしませんよ」
「いや、いいよ。良い点を取るには大切なことだからねっ。…といってもあんまり強くないけどさぁ」
自嘲気にそう前おいて。
「私のセレスティアは《スパークル》って言って、ちょっとしたパチパチした花火を作る…みたいな感じかな」
「…それだけ、ですか?」
つい鋭い目つきになって、俺は彼女のことを見た。
ゲームでのエマのセレスティアは、《ホーリー・スパークル》というもの。
邪悪なるものを浄化し、善なるものはいかなる怪我や病でも治療できるという、チートじみた性能だ。
正直、ゲームの戦闘パートはこれのおかげで超ぬるいものと化している。
それくらいの代物を、彼女も秘めているハズ…なのだが。
「えぇ?うん。…いや、自分でもしょぼいのはわかってるよぉ?」
「っ、いえ。決してそのようなつもりでは。気分を害したならすいません」
今になって失礼な物言いだったことに気づき、深々と詫びをいれる。
事情も何も知らない人から見たら、とんでもない野郎に映ることだろう。
「あは、大丈夫だいじょうぶ!そんなぺこぺこしないでよ、仲間だしさ」
そんな俺を見て、エマは笑い飛ばすようにそう言った。
…これを経て確信するのもアレだけど、たしかに彼女は嘘をついていないんだな。
《ホーリー・スパークル》という聖女の力は本当に覚醒していないのであろう。
今後の展開は…どうなるんだろうか。
憂いは絶えない。
ゆえに、今はそれを考えるべきではない。
「痛み入ります。…では、エレットさんは?」
「ひゃいっ。え、えっと…得意な魔法は…闇、です。剣術は…自信はあります」
闇。
なかなか珍しい属性だ。癖はあるものの汎用性は高い。
ただ…イメージ通りの邪悪な印象を持つ者も少なくないので、世間の風当たりは強いんだよな…。
これが少し言うのを躊躇った原因……のひとつだろうな。
そしてもうひとつはおそらくセレスティア。
「セレスティアは《チャーム》…と言って、相手を催眠する…というもの、ですっ…」
俺が言わなくても…とフォローする前に、エレットは思い切って言い放った。
…なるほど。
それはまぁ、躊躇うのも考えにくくはない。
が、しかしそれ以上に有用な能力だ。
「ありがとうございます。本当に素晴らしい能力をもっていると思います。卑下することはありません」
ちょっと何様なんだ、という物言いではある。
だがエレットの堅かった口角がわずかに緩んだのだから、それでいいだろう。
…さて、ふたりの能力を鑑みるのなら。
「───作戦が決まりました」
「え、早っ?!」
「もう、ですか…?」
まさに数秒程度の間しかなかったからか、二人は驚きの表情を見せる。
「はい、内容は────」
………
……
…
「おぉ、良いと思うっ。すぐ思いつくなんて凄いねぇ、軍師様みたい」
「素晴らしい作戦だと思います…っ」
反応は良好だった。
兵法書とか色々読み込んでいた甲斐があったな。
「では、この作戦でいきましょうか。実際の指揮も僕が執るので、よろしくおねがいします」
うむ、これなら上手くいきそうだな。
なんて締めに入ろうとしたところで、ちょっとだけ強い視線を感じた。
「…?エマさん、どうしました?」
「いや、今の話で君が頼りになるのはわかったんだけどぉ…名前くらいは教えてくれないかな?君のことがわからないとこっちも従うに従えないよ」
確かに、とこくこくエレットが頷く。
あれ、まだ自己紹介してないか。
まぁ俺がエマを見て衝撃を受けている間に、エレットがやってきたし、タイミングがなかったな。
「申し遅れました。アルクス=フォートと申します。えーっと…お二人と同じ平民で───」
「え、あのアルクス…さんですかっ!?」
俺の名前を聞くや否や、エレットは上ずった声を挙げて立ち上がった。
たぶん、顔を合わせてから初めてこんなにはっきりと声を聞いたと思う。
「えぇっと、“あの”って…どれですか?」
「あれはあれですっ。…一次試験において魔法の試験官を卒倒させ、剣技の試験官をなぎ倒したという…『テストブレイカー・アルクス』ですよっ」
……うん、なに、そんなに知れ渡ってるの?
そんでもって、そんなくそダサいネーミングで俺の名前は通ってるの?!
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