第26話 交わらなかったものと交わったこと
多くの人間に見守られる中に、俺はいた。
背後には他の受験生の者たち。
視界の端には試験官のみなさま。
髭を蓄えていたり、片眼鏡をしていたり、妖艶に着飾っていたり、なんともバラエティーに富んだ人達がみな一様に、見定めるような目で俺を睨んでいた。
うん、さすがに緊張してくるな。
「受験番号───、アルクス=フォート。試験を開始してください」
しかし緊張を収める暇もなく、試験監督は開始の合図を告げる。
まぁここまで来たら、やれることをぶつけるしかない。
前方を見据える。
魔法訓練用ターゲット人形。
それが不揃いに点々として、佇んでいる。あれに命中させるというのがこの試験の内容だ。
しかし、ただ当てれば良いという問題でもない。
戦闘における魔法の重要項目は、対象に命中させる《正確性》に加えて《威力》《瞬発性》なんかも挙げられる。
そしてそれらは、今回の試験でも見られる可能性が高い。
これらのポイントをしっかり押さえるのが重要だ。
「──ふぅ」
一息だけ吐いてから、瞑目し、左手を突き出す。
試験は3回勝負、しかし一撃ですべてを魅せる。
「【───】」
ぼそりと呟くように唱える。
刹那、体が吹き飛ぶほどの突風が巻き起こり、同時に金属がひしゃげるような鼓膜を
***
「これより、受験番号──。アルクス=フォートの剣術試験を始める」
前方、剣を構える鎧の男性とにらみ合う。
剣術試験では魔法を使用してはいけない。
純粋な剣の打ち合いだ。
相手である試験監督は現役の騎士であり、もちろん剣術の手練れである。
受験生の程度を見定め、それに応じた手加減ができるくらいには。
ならここは、相手の全力を引き出せればいい。
この試験は文字通り勝負ではないが、俺は勝ちに行く。
「はァッ!」
先攻は騎士である。
他の受験生のときもそうだが、先制攻撃に対してどのような対処をするかを見てくる。
お手並み拝見と言わんばかりの横一閃。
ここの受験生ならば誰でも流せる、もしくは躱せる攻撃だ。
騎士というのは大抵、決まった型で攻撃してくる。
洗練された技術といえば聞こえはいいけど、しかし別の視点から言えば手のうちがバレているということ。
そして日頃からアンシャイネス家の騎士団と打ち合っている俺なら、相手の手札はお見通しだ。
短く息を吸って、次の、次の、次の次の次の一手を読んで反撃する。
「っ!!?」
さすがプロという感じで反応してくるが、まぁ、それもお見通しだ。
一撃は流されるが、腕を捻って逆の刃を向け、虚をついた斬撃を繰り出す。
瞬発的な動きで、その斬撃は騎士の首筋に吸い込まれた。
***
と、いうわけで。
無事、一次試験を終えた。
筆記・魔法・剣術。
どれも手ごたえはある。
あの中で誰よりも強く、誰よりも鮮烈に印象が残るパフォーマンスを魅せたと思う。特待生ってのは大体規格外なことをやって「なんだあいつっ!」と思わせるのが大切なんだ。
だがまぁ、ここで自惚れて悲惨な結果だったら泣くしかないので、とりあえず出来について考えるのはやめよう。
さて、ひとまずひと段落ということで、俺は宿の一室に居た。
この時間帯に馬車で帰るわけにもいかないからな、アデルベーターの手配でそうなった。
やっぱり、王都の宿となると部屋も豪華だなぁ。
ベッドや机、ソファなど、家具ひとつとっても実に高級品。アンシャイネス家も負けず劣らずだが、やはり感覚は違ってくるもんだ。
だが、少々突っ込みたい部分もある。
まぁこれは設備云々というより、置かれている状況に対してだ。
「…なんで、エレオノール様と同室なのでしょう?」
そんでもって
「なんでベッドがひとつしかないのでしょうッ…!?」
頭を抱えながら、俺は嘆いた。
何言ってるんですか?とでも言わんばかりに当然そうな彼女の表情を見て、より一層頭を抱えた。
「他の方々も、私たちと同じように宿を利用しようとするのです。2つと部屋を取れなかったので仕方ないことですよ」
うん、エレオノールの言う通り。
ここは王都だし、超がつくほど受験生の多い学校付近だ。
宿の一室だけでも取れただけ、実に万々歳と言ったところではある。
理屈ではわかってる、わかってるんだけどさぁ…!
「ほら、隅にうずくまってないでこちらに来てください」
にっこり笑みで、ぽんぽんと自分の隣を叩く彼女。
しかし全く笑えずに体育座りしている俺。
…いや、そこ、ベッド。ちょっと、良くない。
「い、今からでも野宿できるところ探してきますっ…」
駆け出して玄関へ、勢いよくドアを開こうとするが…。
駄目だカギかかってる!
そりゃそうだ…
「もう、夜はまだ冷えるのですから。それにいくら王都とはいえ、外で寝るのは危険ですっ」
「…そうですね。では、ソファで眠らせていただきます」
「!、駄目ですよ!剣技で体を動かしたのですから、横になって休まないと!それに掛布団もないのですから、風邪をひいたらどうするのですかっ。まだアルクスは二次試験も残っているのに」
「疲労も風邪も回復魔法がありますので心配無用です…」
「そういう問題ではありませんっ」
眉尻をあげながら対抗する彼女。
くそっ、なんで言い負かされそうになってるんだっ。
「…、駄目なモノは、駄目なんです」
ここで頷くわけにはいかない。
婚姻関係のない相手と、まして年頃の男女が同衾するなどあってはならない。
「日頃くっついたりするのは…まぁ、黙認できますけど。主従関係にある異性同士で一緒に寝るなんてことはいけません。貴女はもう立派な淑女なのですから」
「…命令でもですか?」
「無理です。厳粛に棄却させていただきますっ」
しょんぼりとした表情を見せるエレオノール。
命令と言われて一瞬ぎょっとするが、だがこういう時にハッキリと言わないといけない。
今まで甘やかしすぎたのかもしれないが…。
「…では、僕はソファで眠りますから。エレオノール様はそちらのベッドをお使いくださ───」
彼女を横切って、一人用の赤地のソファへと向かう。
その時。
「──い、ぃ…」
意識がぐわんと揺らぐ。
前のめりになった体を、何かが巻き付くような感覚を最後に、意識が途切れた。
───次の日。
「おはようございますっ」
「あぁ…おはようございます」
寝ぼけ眼の視界に、エレオノールの姿が映る。
ソファに座って凝り固まった体をほぐしながら、俺はあくびをかみ殺す。
やっぱり座って寝るのは良くないなぁ。
なんて思っていると。
「アルクスって…大きいのですね」
妙な微笑を浮かべながら、彼女はそう言う。
…大きい?
なんの話だ…?
思考を巡らせてみるが、寝起きでは大して思い至らない。
「…、イビキのことですよ?」
「えっ、あぁ。すいません。寝苦しかったですか?」
「全く問題ありません。…さて、食堂へ向かいましょうか」
終始にこにこしながら彼女は支度を始めた。
よく眠れたのかな。
そりゃまぁ、高級宿のベッドだしな。
深く気にも留めず、俺も身支度を開始した。
***
一週間が経ち、一次試験合否発表の通達が届いた。
だいぶ早いなと思ったが、まぁあれほどの受験者を抱える学校、諸連絡の方法は確立されているのだろう。
届いたのは茶色い封筒。
エレオノールやアデルベーター。そのほか諸々の方に見守られながら、俺は躊躇なく封を切り裂いた。
『一次試験通過』
当然だな。
だがまぁ…、ひとまず一息吐いた。
まじでよかったあぁぁぁ…。
***
二次試験は他の受験者との協同試験である。
規模にもよるが、騎士団というのはとにかく人員が多い。
ゆえに、実際の任務で初めて会話しますよ、という相手と働くこともある。
そんな場合にまともに連携を取れなきゃいかん、ということで、この試験でそういった即応性を試すのだ。
また、実際の戦闘を想定した時の動きも見るらしい。
まったく知らない相手に、その場その場で適切な戦法を使えるか。
戦闘IQ的な部分も評価に入れてくる。
こればかりはなかなか試験対策が難しいし、それに、どのような人とグループになってどのような相手と試合マッチングするがカギを握る。
「俺のグループは…8番か」
数字の書かれた紙を受け取って、指定された控室へと向かう。
メンバーの名前なんかは書かれていないので、本当に初対面同士で取り組む感じだ。いくらなんでも実際の任務でそんな状況はなさそうだけど…。まぁ、こういう試験なら仕方がない。
『8』と刻まれたドアの前に立ち、ドアノブをひく。
「あ、来たーっ!」
瞬間、快活な声が耳に入ってきた。
視界に飛び込んできたのは、白髪に銀色の瞳という、色彩を全く感じさせない特徴をもつ少女。
一見儚さを感じさせるが、その表情はあくまで活発な少女のソレ。服装も戦闘向きな身軽なモノである。
…ありえない。
それを見た俺の脳内は、その感想で埋め尽くされていた。
「私、エマ=へレーナ!よろしくねっ!」
二カッと笑いながら握手を求める彼女。
そういえば、と、試験の日に拾った身分証明書を思い出す。
あれに書いてあった名前と一緒だ。
驚愕する。
まさかそんな偶然!という理由で驚いているわけではない。
あのときも、エマという名前の人物を回想した。
だが、彼女は後にへレーナとつかない。
そしてそもそも、騎士訓練プログラムに受験しているはずもない。
決してここで交わる人物ではないのだ。
…だというのに、
確かに目の前には、俺の記憶にある人物。
『セレスティア・キングダム』の
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