第25話 入学試験
「ここにいる人たち、全員が受験生なのですよね…」
「そうですね。さすが、世界から人の集まる名門校です」
「…世界には、こんなにもたくさんの人がいたのですね」
馬車が止まり、降車した俺たちの視界に飛び込んできたのは、濁流のようにごった返す、人の往来であった。
あまりの人の多さにエレオノールは若干気圧されている。
エーゲンハルトも決して小さな街ではないのだが、流石にここまでの人口が集まることはまずない。
俺のように、スクランブル交差点でもみくちゃにされるとかの経験がなければ、衝撃を受けても無理はないだろう。
その俺でさえちょっと気おくれするし。
周りを見れば全員が全く知らない顔、全く同じではない個性。
煌びやかな服装に身を包む者、反対にボロボロに汚れた服装の者。
ガチガチに緊張している者もいれば、ちゃらんぽらんにペラペラと会話を楽しむ者もいる。
これほどの多様性が一堂に介するわけか、超名門ライティシア学園は。
「僕たちも行きましょうか」
そう言って、俺はエレオノールに手を差し出すと、彼女はきょとんとした目でソレを見つめた。
「はぐれてはいけませんので…、いや、嫌ならばいいんですけど、」
語尾が尻すぼみになっていく。
てっきりすぐに応じて握ってくると思ったから、そうキョトンとされるとなんだか恥ずかしくなってくる…。
「…!、そうですねっ。はぐれてはいけませんからね」
しかしそんな俺の胸中で渦巻く考えを吹き散らすように、彼女は満面の笑みを浮かべた。
そして、その白くしなやかな手で俺の手を握る───
どころか、自分の体を押し付ける様に、俺の腕に絡みついた。
「…そこまでのつもりはなかったんですが」
「あら、そうなのですか?でも、手をつなぐ程度では衝撃で離れてしまうかもしれないので」
一切躊躇も悪びれもないという様子で、彼女はこちらを上目遣いで見た。
…さっきの緊張はどこへやら。
受験でも、うちのお嬢様は通常運転らしい。
くっつきながら人の波をかき分けていく。
この、人にもまれる感覚、前世以来でなかなか懐かしい。
若干不本意だけど、彼女の言う通り、手つなぎ程度だったハグれてたかもしれないな。
「アルクス」
ようやく門まで来たかというところで、彼女は口を開く。
「絶対合格しましょうね?」
まっすぐとした瞳と、視線がかち合った。
一抹の不安という感情が、そこから感じ取れる。
「…、もちろんです」
深く、頷く。
こりゃあ、特待生落ち、ひいては不合格なんて、絶対許されんな。
彼女にそんな意図はあったのかわからないけど、俺は密かに決意を固めた。
***
アーチ状の巨大な門を抜ける。
外壁周りには水堀が作られており、内側への入り口は橋を渡ってのこの門しかない。
どうりであれほどの人がごった返していたわけだ。
もし時間ギリギリで来てたら、ここでシャットアウトだったかもしれない。
混濁する人の波を抜けると、今度は長蛇の列に並ぶことなった。
受験票やら諸説明などの受付のためだ。
貴族コースの方とは別になるため、一度エレオノールとは別れて一人で並んでいる。もし一緒に並んでたら、受験会場で女子を侍らすヤバい奴みたいに思われるところだっただろう。危なかった。
だが…、この列の進行がまあ遅い。
受付は十数個くらい用意されているはずだが、それにしても遅い。
…これが倍率100倍にも迫る学府か。
そりゃあ、こんだけの人数が集まっていれば仕方がないとは言える。
ひとりでは退屈してしまうところだが、まあゆっくりと待つしかない。
そう納得して、自習でもしようかと魔法書を探る。
しかし、そこで。
「うん…?」
足元に何かが落ちていた。
屈んで拾い上げると、それはいろいろと書かれている紙。
なにが記載されているのかと思えば…。
氏名や住所、生年月日。
受験番号やそのほかエトセトラ。
「…身分証明書じゃねーか」
めちゃくちゃ大事な書類が落ちてた。
大丈夫かコレ…いやだいじょばないだろうけど。
持ち主は死ぬほど焦っているのではないだろうか。
名前は…。
『エマ=へレーナ』
女性か。
きょろきょろと辺りを見回してみるが、それらしき人はいない。
いや。エマ=へレーナっぽい人ってなんだよって思うが。
大声を出して探すのも…そこまでするか?って感じだ。
というか、本人の不名誉になるかもしれないし。騎士になろうかという人が、こんな失態を喧伝されたらたまったものではないだろう。
「──これ、落ちてました」
「あ、ありがとうございます」
結局、受付の時に係の人に渡しておいた。
持ち主が俺より後ろに居るのか前に居るのかわからないけど、まぁ無事に試験を受けられることを願っておこう。
…しかし、エマか。
ひとりだけ、その名前を持つ人物を知っているけど…。
でも、エマなんてよくある名前だ。たぶん人違いだろう。
そもそも、彼女は騎士のコースに通うはずがないし。
そう結論付けてわずかな思考のわだかまりは断ち切り、俺はテストに向けて意気込むのだった。
***
筆記試験会場の空気は、外と比べて一段とヒリついていた。
一発勝負という失敗できない雰囲気にあてられてか、全員の表情は真剣という二文字が非常にふさわしいものになっていた。
かくいう俺も、決して余裕があるとはいえない心境である。
大学の講堂よりもさらに広いようなホールに、俺を含めて1000をも超える受験者が集まっている状況。
さらにこれが、全ての受験者が一堂に介している、というわけでもないのだ。
この途方もない人数を押しのけて合格、さらに特待生という数少ない席に収まろうとしているわけである。
油断なんて全くできない。
…だが。
『絶対合格しましょうね?』
エレオノールの言葉を反芻する。
うむ、ここで気弱になんてなってはいられない。
「───はじめッ!!」
試験官の野太い号令がホールに響く。
瞬間、紙がひらめく音が一斉に鳴り響いた。
あとは全てを出し切るだけ。
筆記用具を固く握り、俺は目の前の問題に立ち向かった。
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