第24話 超えるべき壁


 王立ライティシア学園、騎士訓練プログラム。


 戦闘技術、戦略、騎乗術などの戦闘能力に加えて騎士としての美徳を中心とした教育を行い、将来の正義と勇気あふれる騎士を育成するためのプログラム。


 入学した時点で従騎士エスクワイアの称号を得ることができ、卒業時には正式に騎士ナイトとして叙任を受けることができる。


 なんの爵位も持たない平民にとってはこの上ない成り上がりであるため、皆の憧れの対象となっている。


 しかしそれゆえに、受験倍率はなんと100倍にまで昇る狭き門。


 この世界の人口や受験ができるほどの経済能力を持つ人口の数も踏まえれば、とんでもない高さであることがわかるだろう。


 合格者も平民より、家を継ぐ予定のない貴族の三男四男などが大部分を占めるため、やはり平民にとっては極めて高い山であるといえる。



 

***



「…それを、わかって言っているのか?」


「もちろんですとも。本気で、合格しようと思っているので」


 胸を張って言い切る俺に対し、目の前のアデルベーターは難しい顔を見せた。

 まぁ彼と俺の立場、そして受験の難易度や手間を踏まえれば、簡単に「そっか、頑張れよ!」と言える内容でもないので仕方がない。



 俺は、ライティシア学園に受験することを決めた。


 平民でも入れるコース…、まさか存在するとは思っていなかったけど、俺にとってはうってつけすぎるモノだ。

 これを生かさない手はない。


 さっそく、アデルベーターに進言してみた。孤児である俺が受験するには、彼の協力が不可欠である。


 しかしまぁ、案の定という感じに彼は渋い反応を見せた。


「…まぁ、お前なら合格できるのかもしれないがな…、だがこの話は能力があればいいというわけでもないぞ」


「えぇ、もちろん承知しています。受験の諸々の費用については自分の貯蓄から切り崩します。仕事も引き続き遂行しますし、その際の給与などは減らしていただいても構いません。名義などを貸すのに抵抗があるならば無理にとは言いませんし、アンシャイネス家に迷惑をかけるような事は───」


「いや、まぁ、待て待て」


 捲し立てる様に言って見せると、アデルベーターは若干引き気味に制止した。


「なにも、協力したくないと言っているわけではない。アルクスが本気で入学しようというのなら、こちらもそれなりの支援をしよう。雇用契約についても相談のうえで見直す。…だがな、」


 眉間に皺をつくりながら、言葉を続ける。


「問題は、合格してからだ。王立学園だからな、費用は馬鹿にならない。ここから通うわけにもいかないから寮に入ることになろうが、その場合も加えて必要金額はかさむ。おそらく、お前の貯金で賄うのは難しいだろう」


 …たしかに、言う通りである。


 これが平民の入学が困難であるという要因のひとつだ。

 多少の免除はあるにしても、それだけで解決できるかと言われたら答えはNO。

 

「すまないが、その金をこちらが出すのは難しい。ひとりの使用人を特別扱いして面倒見ることはできないからだ」


 これに関して、俺が文句を言うことはできない。

 始まりはどうであれ、今の俺はこの家の使用人。


 会社に私用で金を無心するようなもので、費用の面でお願いすることはできないだろう。


「…おっしゃる通りですね」


「ああ。だから、この話を易々と認めることはできない。アルクスには申し訳ないが」


「いえ、構いません。お金というのは難しい問題ですからね。むしろすぐOKされる方が怖いですよ」


 たしかにな、と苦笑しながら、アデルベーターは茶の入ったカップを口付ける。

 

 しかし、逆に言えば…だ。



「では、ば、認めてくださっても構いませんか?」


「…どういう意味だ」


 アデルベーターはカップを机に置き、怪訝な目つきでこちらを見る。

 おそらく見当はついているが耳を疑っている…という感情だろう。



制度を使う、ということです」


 

 王立ライティシア学園には特待生制度がある。


 生前の世界にもあったような、成績優秀者に対して学費免除や特別なプログラムを施す…というもの。

 それを利用すれば、平民だろうと何だろうと、経済状況を気にせずに学園へ通うことができる。


 まぁ無論、受けたいと言って受けれるものでもないわけだが。


「本気で言っているのか?」


 呆れたような口調で彼は言う。

 まったくおかしな反応ではない。


 ライティシア学園の特待生の条件は、入学試験において一定以上の成績を収めることである。

 いったいどれほどの点数を取ればよいのかは公表されていないが、噂によれば「合計点が80%以上である」とか「上位3人に入る」とか、かなりハードなものらしい。


 特待生が出ない年度もあるらしく、特待生制度使います!と言って使えるようなものでは、少なくともない。


「ええ、先ほども言ったでしょう?僕は、しようと思っていますから」


 しかし俺は、その高すぎともいえる壁を、突破する。

 その心持ちで、アデルベーターの前に立っている。


 降ってわいたような話だったが、今までずっと訓練をしてきたのだ。

 あらゆるものを跳ねのける最強になるために。


 目的とは異なってくるものの、それをここで生かすときだろう。


「…」


 彼はパクパクと何か言いたそうに口を開く。

 う~んだとか、だがなぁ、だとか色々と思考を巡らすような素振りを見せる。


 …が、最終的に。



「…わかった、いいだろう。受験してみるがいい。手続きもこちらがしておく」


「本当ですか?!」


 ふっと呆れ気味に笑いながら、彼は言った。

 受験の手続きもしてくれるという。それは少し想定外で、うれしい誤算というものだ。



 …だが、言ったからには実行しないとな。

 自信がなかったらこんな大口叩かないけど、かといって油断して実行できるようなことでもない。


 これからみっちり対策しなければ。



「…しかし、まさか受験日1カ月前に言うとはな。いつから計画していたんだ?」


 再度紅茶をすすりながら、彼は問うた。

 なにやら資料を探りながらという様子で。


 …うん?

 そんなの、


「昨日ですよ?昨日プログラムの存在を知ったので」


「お前本気で言ってるのか?」



 口に含んだ茶を危うく吹き出しそうになりながら、彼は声を荒げた。



***



「え、えぇっと…、人魔聖戦にて竜の大群を撃破したのは…」


「ジーノ=ブルース・サンドルフォン、ですね。リーリンツ公国対飛竜戦で約50もの竜に単独で撃破したという。まあ実際はひとつの小隊のリーダーが彼であっただけで、伝わっている逸話は尾ひれがついているみたいですけど」


「待ってください、そんなことナナイさん言ってました…?というかそれって問題に出てくるんですか!?」


「いえ、これは本で読んだものですね。それにあまり知られていないことなので問題には出ないかと」


「こんな直前に不安にさせないでくださいよっ!!?」


 

 馬車に揺られながら、俺とエレオノールはそんな会話をする。


 ちょっと意地悪だったかな。


 サンドルフォン家やリーリンツ公国が権威を誇示するために事実が伝わるのを揉みつぶし、過剰に話を盛って伝えたという背景があるため、この知識はあまり一般的ではない。


 この世界原作の歴史に本当に興味がある俺みたいなやつか、歴史研究家みたいな人でないとなかなか知らないだろう。




 …で、なんの話だよ、というと、これは受験のテスト問題。

 本試験の直前チェックである。



 アデルベーターに受験許可をもらって、早1カ月。

 ついにライティシア学園入学テストの当日になった。


 この1カ月、勉強・剣技・魔法と、テスト事項を徹底的に叩き込んだ。

 

 まあ、もともとそれなりにやっていたから大して苦労はなかった。

 戦闘技術については言わずもがな、基礎知識は書庫の本で一通り把握していたしな。


 それに俺には原作知識、そしてというものもある。

 

 この世界を知っている、そしてもっと知りたいという気持ちが、勉強意欲を駆り立てた。


 エレオノールの教育係、ナナイの力も借りながら、短い期間ながらもだいぶ仕上がったのではないかと思う。


「うぅ、なんだか今から不安になってきました…」


 それに対して彼女は、なんとも不安げな様子。


「大丈夫ですよ。エレオノール様ならきっと受かりますって」


 しょんぼりした彼女を励ます。まぁ今のは俺のせいもあるしね。


 俺がバリバリ勉強していく一方、彼女はやや苦戦気味だった。

 まあ、貴族は騎士のように戦闘などは見られず、テストの多くが学力検査のため仕方ない部分もあるのだが…。


 しかしそれにしても、だ。

 地頭は良いのに、なんというか基礎知識が足りていないというか。

 勉強にというか。


「…これも、ですからね…?」


「…、先ほどの冗談はすいませんでしたよ。貴女様なら大丈夫ですっ」


「そのこと以外も…ですっ」


 ボソッと最後につぶやいたが、そのこと以外ってなんだ…?

 俺、知らずに迷惑かけてたのか…!?


 となると、めちゃくちゃ申し訳ないし使用人としてあるまじき事なのだが、しかし彼女の様子を見ると何故か頬を染めている。


 いや、ホントにわからんっ…!

 


 …でもなんだか、ちょっとギャップを感じるな。

 を踏まえたら、尚更に。


 本編エレオノールは素性をほとんど明らかにされていないため、学力の程度も無論不明。

 だが今の彼女くらいな感じだったら、ちょっと笑っちゃうかもしれない。


 まあ、その場合の原因が悪事の暗躍に忙しくて学業に集中していないから、と考えると、全然笑えないんだけどな。



 …いかんいかん。

 こんな試験直前に何を考えているんだか。


 今は少しでも知識を確認するべきである。

 ただでさえ俺は普通の合格ではなく、“特待生合格”という超難易度を突破しようとしているのだから。


 と、思って魔導書へ視線を落とそうとする。

 だがそのときに、ふと妙な感覚になった。


 誰かに、熱烈に見られている感じ。



「…どうしました?」


「えっ、えっ?!い、いえなんでもありません…っ」


 少し狼狽して声を上ずらせながら、彼女はそう言う。

 

 そういえば、一緒に勉強するときもこういうことがあったっけ。

 聞いても何も答えてくれなかったけど。


 俺の顔に何か変なものでも付いているのだろうか。

 死相とか。縁起悪いな。がっはっは。 


 なんて思っていると。


「…やっぱり、アルクスのせいですっ…」


 おそらく独り言なのだろうが、俺の耳は逃さず捉えてしまう。

 そっぽを向いて表情はわからないが…。


 …え、まじでなんだ!?


 慌てる俺と、落ち着かない様子のエレオノール。

 テスト直前なのに、お互いになぜか勉強に集中できなくなっていた。



***



 しばらくして、目的地が見え始めた。


 王立ライティシア学園。


 巨大な城のような校舎と、どこまでも空へと続いていそうな塔の影がはっきりとする。

 そしてそれらを、数十メートルはあろうかという壁が取り囲んでおり、ちょっとした城塞都市のような様相だ。


 …まぁ、あながち間違いでもない規模らしいけどな。



 あの塀の向こうに『セレスティア・キングダム』の物語が繰り広げられる。


 超えるべき壁に、俺は着々と近づいていた。

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