第23話 寝耳に水
窓の向こうで、三日月が輝く夜。
俺はエレオノールの部屋に居た。
ここ最近、この時間帯は、いつも彼女の元に訪れている
年頃の男女が夜に同じ部屋で二人っきりって、相当ヤバいよな。
と、冷静になってみると思う。
よく、
それほど俺のことを信頼してくれてる…ってことだろうか。
いや、もしかしたら知らない可能性もあるか?
ここに来るのは、いつもエレオノール自身からの提案である。
最初誘われた…というとなんだか語弊がある気がするけど、こうして訪れる際には、躊躇う俺に「お父様は許してくださるので」と言っていた覚えがある。
でももしそれが嘘だったりとかその日限りのことだったりしたなら、アデルベーターに俺は殺されるんじゃないだろうか。
まぁ部屋に行かなかったら行かなかったで、エレオノールから殺されそうな気がするけど…なんて。
「アルクス?」
突然名前を呼ばれ、そして今ちょうど考えていたことも相まって、俺はびくりと体を震わす。
まさか思考を盗聴されてるなんてことはないよな…?なんてビビりながら、恐る恐る彼女の方を見る。
エレオノールは自身の作業の手をとめ、こちらを振り返って見ていた。
「…どうしました?」
返事をするが、沈黙。
あれ、本当にバレてないよな?なんて冷や汗をにじませたところで、彼女はふっと噴き出した。
「驚かせてすみません、ちょっと呼んでみたかっただけです」
席を立ち、てとてととこちらへ近づいてきて、俺の隣に腰を下ろす。
「何を読んでいるのですか?」
エレオノールは頭を俺に預けて、今読んでいる本を覗き込んだ・
いや、いやいや。
焦るな、焦るな。
「…、兵法の本です。いざという時のための勉強みたいなものですね」
すぐ近くに彼女の顔があるという事実に心を乱されそうになるが、なんとか落ち着きを払って答える。
最近の彼女は、無自覚なのかそうじゃないのかわからないけど、こうした結構攻めた感じの行動を取るようになった気がする。
距離感がずいぶんと近いというか。
前まではこんな感じじゃなかったはずなのに……いや、思い返して見ると案外そうだったかな。
じゃあ、彼女が成長したことで、俺の方が意識するようになったってことか?
うわ…、なんだかそれは自己嫌悪になりそうだけど…。
「アルクスは、勉強熱心なのですね」
そんな俺の胸中など知らない様子で、彼女はしみじみと言った。
「…エレオノール様は、勉強はもういいのですか?」
「むっ、これは小休憩ですっ」
からかい半分という感じで聞いてみると、彼女は子供のように眉尻を上げる。
…うん、やっぱり無邪気なんだよなぁ。
俺がしっかりしなければ駄目だ。邪念を頭から追い出さなければ。
「そうですか。まぁ、学園に向けての準備というのも大変みたいですしね」
「本当ですよ…。礼儀作法だったり歴史・文学だったり、覚えるのも一苦労です」
ハぁ、とため息交じりに言うあたり、本当に苦労していることなのだろう。
やっぱり、どの世界でも受験生というのは大変なんだろうな。
15歳になったということで、エレオノールは学園へ入学する。
貴族の学園だからほとんど推薦で決まるわけだが、しかし学力検査や入学審査なんかはあるらしく、油断すれば入学できないという事態もあり得るらしい。
加えて彼女の入学する予定の学園…かつ、『セレスティア・キングダム』の舞台にもなる『王立ライティシア学園』は中でもトップクラスの位置づけらしく、貴族とて狭き門となるらしい。
本編通り進むなら、彼女も問題なく入学できるのだろうが…。
かといって油断できるわけでもないし、なにより
ということで(まぁ、本編うんぬんはあまり関係ないけど)、エレオノールはお受験に向けて頑張っているというわけだ。
「…ですが、きっとエレオノール様の努力は実りますよ」
「だと、いいですけどね」
「大丈夫です、僕も応援していますから」
彼女の頭に手を置いて、励ましの言葉をかける。
俺がこの部屋に呼ばれているのは、たぶんこれがひとつの目的なんじゃないかと思う。
勉強に疲れたときの、励まし、ガス抜き要員というわけだ。
まぁ、こういうのも結構大事だったりするしな。
人と話すだけでも良い息抜きになるだろう。
…と思って言葉をかけてみたけど、彼女の反応は薄い。
あれ、いつもならここで若干耳を赤くしながら「もう少し頑張りますっ」と奮起してたんだけどな。
エレオノールは何というか、きょとんとした目でこちらを見つめている。
「アルクスは、学園に入学しないのですか?」
「…僕、ですか?」
今度は眉尻を下げて、彼女は問う。
…まぁ、考えなかったことではない。
エレオノールの世話役としては、そちらの方が何かと都合がいい。
ここ最近感じている訓練のマンネリ化を打破するにも、なかなかもってこいな場所だ。
なにより『セレスティア・キングダム』の一ファンとして、あんなキャラクターやこんなキャラクターが真に生きている様子を見たくないわけがない。
だが…。
「う~ん…。僕は貴族ではありませんからね。やはり難しいと思います」
俺はただの平民だ。
貴族に仕えているだけで、なんの爵位もない。
ゲームの主人公なら特殊な力に覚醒し、超特例で、その地を治めていた公爵貴族によって推薦されて入学したところだが。
しかし俺はこれといって特別なモノを備わっているわけでもない。
まことに残念でならないが、やはり俺が学園に通うというのは───
「…ならば、騎士学園の方に通うのはどうですか?」
…うん?
「騎士学園…?」
「はい、ライティシア学園には騎士を育成するプログラムもありますし…、そちらなら身分も関係ありませんので」
いや…。
待て待て待て。なんだそれは。
そんなもの、あったっか?
ゲーム本編でそんなワード、聞いた覚えもない。
登場人物自体、ほとんど貴族しかいないわけだし…、同じ学園に主人公以外の平民がいるという事態はなかったような───
───あ、いや。
もしかして…アレか?
たしかアレは、公式ファンブックにて掲載された没設定集。
製作の過程で没になったイベントや設定、登場人物なんかがそこにはたくさん書かれていた記憶がある。
確かその中に、平民の攻略対象についての記述・イラストがあった。
そしてそこに申し訳程度に付け加える様に、騎士を育成するプログラムとそれが関わるストーリーの構想も描かれていた。
イラストのキャラのビジュアルがかなり良く、キャラもろとも学園自体没になったことがファンの中で悔やまれていたが…。
もしかして…。
もしかして、それなのか…!?
「そ、それって、平民でも通えるんですよね!?」
「え、ええ。資料にはそう書かれてありましたよ……?」
つい声量が大きくなってしまい、エレオノールはパチクリと目をしばたかせるが、しかし今の俺にそれを慮るほど冷静ではなかった。
なんで没設定が採用されているのか、いろいろ疑問はあるんだけど…、しかしそれが現実なら。
俺、もしかして学園デビューできちゃうのか?!
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