第22話 15歳、剣《つるぎ》で

 

 エーゲンハルト私有の訓練場にて併設される、模擬戦闘施設アリーナ


 障害物はなく、ただ広大なエリアのみが設置されている状態のこの戦場で、2人の剣士が対峙している。


 片方はアンシャイネス家騎士団の鎧に身を包んでいるが、もう片方は目立った装甲が胸当てのみの軽装。


 所持する剣も、かたや騎士に支給される上物の剣、かたやよくできてはいるものの、武骨なただの石の剣であり、明らかに差が存在している。


 しかし後者の…軽装の青年は、口角を薄らと上げて、余裕そうな笑みを相手に対して向けていた。


「…いきます」


 芯のある声でそう呟いた彼は、剣をゆっくりと構える。



 …刹那、驚異的な加速。


 彼が居たはずの地点は、抉り出すようなクレーターが生じており、ビリビリと空気が振動していた。


 異次元ともいえる加速度を持って突進した青年は、迸る剣を、目標に向かって一振り。


「────キッ」


 奥歯を噛みしめ、汗で手が湿りつつも、相対する騎士はそれを受けた。


 瞬間、生じるのは爆裂的な衝撃波。


 焼けつくような熱波が同時に発生し、くらめくような突風が巻き起こる。


 …しかし、それを顔面でもろに受けている青年は、全くもって勢いを止めない。

 どころか、より加速しながら追加の連撃を浴びせかけた。


 鎧につけられた赤いマント……アンシャイネス家騎士団長の証が翻る。


 ガガガァアアンッ!!という刃と刃が打ち合う甲高い音が断続的に繰り広げられた。

 火花が辺りに散らされ、一合、二合…と続く剣戟。


 まるで永遠に続くのかとさえ思われるが、しかし戦いというのは、一瞬の綻びで終わりを告げる。



────バキンッ!!



 鼓膜を突き刺すような鋭い音が響く。


 蒼炎を纏った石製の剣が、砕け散った。

 粉微塵になった剣の破片が、炎に飲み込まれて灰燼へと帰していく。


 もらったッ!!

 そう確信した騎士の一振りが、青年へと肉薄せんとする。


 …が、


「───!?」


 騎士団長の一振りは、くうを斬った。


 青年の姿はない。

 会心の一撃は空振りに終わり、そしてそれは、大きな隙となる。


 ……剣は、砕かれたのではない。

 あえて手放したのだッ!!


 それを理解した時には、もう遅い。


「アアアア!!!!」


 獣じみた、咆哮ともいえるがなり。

 地面に這いつくばるほどの低姿勢に、青年はあった。


 大きく晒された懐に潜り込み、手のひらを胸へ押し当てる。



「【スマッシュ】ッ!」



 爆発的な魔力が蜂起する。


 ジェットエンジンじみた加速を利用し、青年は騎士を叩きつける。

 瞬間、二重…三重…、いやもっと多くの層の衝撃波が場を支配した。


 ビリビリと空気がおののくように震える。


「がはっ…」


 肺の空気が全て吐かれる…どころか、全身の骨が砕けてしまいそうなほどの負荷のはずだが、そこは魔法で上手く防いだらしい。


 騎士の意地か、まだ瞳に闘志を宿しながら体勢を立て直そうとする。


 …が、彼の首筋には、すでに武骨な石の刃が押し当てられていた。


「クッ…! ………降参だ」


 獲物を捕らえた獅子の如き眼光を放つ、目の前の青年。


 鎧の戦士は苦々しい顔をしながら、自身の負けを認めた。



「勝負あり!!」


 

 審判が勝負の行方を下したところで、ギャラリーはわっと沸き上がった。


 その渦中にいる勝者の青年は、しかし飄々とした様子を見せている。

 勝負の結果などなんでもないかのように顔や全身に着いた砂埃を振り払う、美形なその青年。


 彼はいったい、何者なのか────…



「アルクスっ!」


「おわっ?!」


 当然降りかかる衝撃!!


 体勢を崩すほどではないが、突然のことについ素っ頓狂な声を上げてしまう。


「エ、エレオノール様…。あまりこのような場所で、突然抱き着いてくるのは…」


「…私に抱き着かれるのは嫌ですか?」


「あ、いやそうではなくてですね。あの…人目もありますし、それに今はちょっと汚れているので───ムッ」


 慌てて弁解しようとする俺の唇に、彼女はそっと、自身の綺麗な人差し指を押し当てる。



「私は誰に見られても…貴方がどんな状態になっていても、一切気にしませんよ?」

 

 あなたは違うのですか?と言わんばかりに、エレオノールはその黒い瞳でこちらを突き刺す。


 なんてことを言うんだウチのお嬢様は…!? 

 そんなこと言われたら、俺の言い分は全滅してしまうんだけどっ…。

 

 かといってこのままでいるのも色々マズいと思うので、そこにいる審判の騎士へ助け舟を求める。

 視線と視線のコミュニケーションだ。この5年間何度か打ち合った仲、それなりに通じ合う心はあるはず…。


「……」


 おいお前!目を逸らすなっ!?


 というかほかの皆さんもなんだか、こっちに目を合わせてこない…っ。

 それでいて生温かい視線も感じるしな?


 …くそう、降参じゃないか。

 こうなったエレオノールは、なかなか放してくれないし。


 2時間で気が済んでくれたらいいけど…。



 …ハぁ。


 なんだか、騎士団長さんと戦うということでカッコつけてたけど…、気が抜けちゃったな。

 まぁ、そういうのもあんまり得意じゃないしいいか。


 …ということで、俺、アルクス=フォート15歳。

 バッドエンド回避目指して頑張ってます。



***

 


 5年前味わった無力感・惨めさを二度と繰り返さないように、俺はあの日以降鍛錬を強化していた。


 剣を、魔法を、戦術を。

 如何なる障害も捻じ伏せられる力を得るため、寝る間も惜しんで努力してきた。

 

 最初はがむしゃらに打ち込むのみであったが、半年程度経った頃からは、アンシャイネス家直属の騎士団とともに、訓練をするようになった。

 さすがプロといったところだ、という感じで、実力差というものを如実に感じられた。


 だから、彼らよりももっと、この世界で誰よりもといえるくらいには努力した。


 まぁそれくらいやれば、そこそこの結果はついてくるものらしい。

 一般騎士相手なら余裕を持って勝てるようになったし、団長や副団長といったリーダークラスにも勝利することが増えてきた。

 

 …だが、どうにも行き詰っているようにも感じられる。

 なんというか、今やってるのは少しマンネリ化しているみたいな…。


 相手のことを知っているからこそ勝てるみたいな部分もあった。


 やはり、もっといろいろな経験を踏んだ方が対応できる場面は増えると思う。


 …でも、いくらなんでも限度というものがある。

 エレオノールの執事という立ち位置も依然と継続しているわけだ。

 経験を積むために割く、時間の余裕はない。


 …どうしたものかなぁ。




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