第21話 そして始まる“シナリオ”


 気づけば俺は、どこかの屋内のベッドの中で眠っていた。


 「知らない天井だ…」なんて言ってみたくなる状況だが、生憎…いや別に何も悪くないんだけど、とにかく天井に見覚えはあった。


 アンシャイネス家の屋敷の天井だ。


 ゆっくりと体を起こす。

 

「~~~っ…!!」


 全身の関節という関節がひどく痛む。

 やすり掛けされてるみたいな痛みだ。


 と、同時に、まぁそりゃそうだよな、と言いたくなるような己の有様が視界に映る。


 俺の服はすっかり剥かれており、その代わり…と言えるくらいには全身が包帯で覆われていた。

 指先までしっかりと包まれており、ゴワゴワとした感触が皮膚をくすぐる。


 だいぶ重傷患者なようだ。

 でも俺にとっては、だ。


 わなわなと小刻みに体が震える。

 もはやそれだけでも痛みを覚えるが、しかし今ばかりは抑えようもない。


「……ハぁ」


 肺にたまっている空気をたっぷりと吐き出す。

 そして、もはや自然に洩らすようにつぶやいた。



「……生きてる」


***





 あのあとどうなったかについての記憶は、ぽっかりと抜け落ちてしまったかのように覚えていない。


 無理やり魔法を行使したことによる頭痛と、背中にバックリとつけられた傷と、その他諸々節々の痛みのせいで、気を失ってしまったのだろう。


 事実、大変なことが起きていると駆け付けた者らの話によれば、死んでしまったかのように俺は倒れていたようだ。まぁ、血だらけで蒼白な体を見れば誰でもそう思うだろうな。


 しかし結局は、俺は生き延びた。

 生き延びているのだ。


 その事実を噛みしめるだけで歓喜に打ち震えそうになるが、まぁそれは今はいいや。


 

 俺が気絶した後の事の顛末は、それはそれはドタバタだったらしい。


 そりゃあ、危うく子供たち全員が死亡しかけ、エレオノールにつけられた護衛は全滅したというトンデモナイ事件だったのだから無理もない。


 情報を分析した専門家の話によれば、俺たちを襲ったあの化け物は《悪魔》の

類らしい。

 

 この世界の《悪魔》というのは、生物の負の感情が凝縮されることによって誕生する、生命活動を行わない化け物のことである。


 そして、俺たちが対峙したアイツは、おそらくあの森で死んだ子供の無念が具現化したものだろう、というのが専門家の見解であった。

 己を構成する寂しさ、という感情を紛らわすため、人間の子供に取り付いてみたり暴れてみたりするらしい。


 試練の儀式を行う場所では、まま見られるようだ。

 儀式の最中に命を落とす子供も、居ないとはいえない故のことである。


 ……しかし、一般的にそのようにして生まれた《悪魔》は、脅威にならないほどの弱さであるらしい。


 言い方は悪くなるものの、儀式の最中に命を落としてしまうような子供が由来して誕生するため、そこまでの強さを持つことはないようなのだ。


 だが、俺たちが対峙したあの化け物は…はっきり言ってとんでもないレベル。

 《悪魔》の中でも上位に類するほどだ。


 これを受けて、作為的に強化された個体なのではないか、という話が持ち上がり、大規模な調査が行われたが、結局今になっても犯人なんかは見つかっていない。


 一応捜査は続いているみたいだが、それも望み薄だろう。

 関係者の話なんか何もないわけだし。


 なんせ、あの場に居たのは全員子供、大人の護衛たちはみんな死んでしまって、口無しの状態なのだから。


 

 そのことでも、結構騒ぎになった。

 10を超える人数の騎士が死んだのだから、当然のことだ。


 葬式や遺族に対する支援、空いた人員の確保など、実務的な面でも人々の精神的な面でも大きなショックを与えた。

 俺も、護衛の中に知り合いの騎士が何人かいたものだから、結構喰らった。


 そもそも、騎士という戦闘のプロを皆殺しできるくらいの魔物がいる、というだけで、大きな不安を植え付けるものだ。


 アデルベーター含め、多くの人が今回の事件による影響を治めるために奔走したらしい。


 まぁ全部、俺が眠っている間に終わったみたいだけどな。 



 で、まぁこんなふうにゴタゴタあったわけだ。

 被害としては、重傷者多数。

 悪魔が憑依してしまった子供を含め、死者も十指では数えきれない。


 この事を通して、俺が実感したのは無力感だった。


 俺は、ダメダメな奴だった。

 何が最強に至るだ、あんな体たらくじゃ、それになる前にくたばる。

 実際死にかけて、全てが台無しになりかけたわけだ。


 …この件が、本編における“エレオノールの幼馴染”の死亡原因なのはおそらく確かだと思う。


 じゃあ、死線を乗り越えたわけだっ!バッドエンド回避!やったね!



 なんて、なるわけがない。

 また別の何かで死の危機に瀕するかもしれない。

 そうしたらまた、エレオノールに助けてもらうのか?


 護るべき相手に護られてどうする。

 そもそも、その場に居合わせている確証があるわけでもないのだ。

 いや…、案外あるかもしれないけど、しかしそれとは話が別であろう。


 強くならなければならない。

 何物も跳ねのけられる、そんな力を持たなければ駄目だ。



 それに、今しがた、俺は死んではいけないのだと実感している。


 エレオノールとの関係も、少しづつ代わっているのだ。

 まぁ、主なる原因は、彼女の方だけど。


 俺は、死んではいけない存在になりつつ…あるのだ




*** 



 太陽が元気に顔を出す昼下がり。


 だというのに俺は、わずかしか陽光の差さぬ薄暗い部屋の中に居た。



「あの、エレオノール様。もう放してくれませんかね…」


 内心、ひやっひやな思いで俺は声を出した。

 左腕に押し付けられた感触に対して、限りなく無心でいるよう心掛けながら。


「…駄目です。私が意識を逸らすと、どこか遠くへ行ってしまうのではないかって…心配でこの胸がいっぱいになってしまうので」


「いや…はい。それは、重々承知しておりますし、その。有難いというか申し訳ないというか思いますけどね…?」


 俺の両手を縛る、に目をやった。

 いくら引っ張ってみても、いくら魔法を使おうとも、壊れないだろうというほどの強度を誇っているのがわかる。


「でもせめて、その、この拘束だけは外してくれませんか…?」


「嫌です。今日はまだ“アルクス”を感じられていないので」


 まるで幼児のように頬を膨らませながら彼女は言う。

 

 それを見てしまっては、強くは出れない。

 いやまぁ、もともと強く出ることは叶わないのだが。


「い、いや…そうは言ってもですね、」


 しかし、どうにかこの状況は抜け出したいものである。

 健全な執事と主人のあいだで、起こっていいシチュエーションではないだろうことは容易に思い至る。


 それに…。



「もうすぐするのですから…、少しは控えてくださいよっ…」


 俺は半ば涙目になりながら、そう嘆いた。




 ───事件から、


 

 俺とエレオノールは15歳になる。

 その年齢と言えば…そう。


 『セレスティア・キングダム』の物語シナリオが開始する時だ。


 ここまでなんとか、生き永らえてきた。

 5年前決意した時を考えれば、万歳といえる結果だろう。

 まぁ、運が良かったのだ。


 だが、その代償はあまり小さくない。


 原因はまぁ、いろいろあるんだけど。

 そのひとつには、俺の固有魔法セレスティアが関係する。


 あの…もっとも死に近かった時を打開したこの魔法だが、その効果は対象のセレスティアを《コピー》するというものである。


 あらゆる人間の固有の能力を、コピーして使い放題!?

 超最強じゃんっ!


 と、この魔法が発現した当時5歳の俺君は思ったわけだけど、まぁ、そんな都合よくいくはずがないわけで。


 この、《コピー》にはデメリットがあるのだ。


 それというのが……、



 『一度でもコピーした魔法に対して、』というもの。



 簡単に言うと、例えば10Vの電気を流す魔法をコピーしたとして、そのあとにオリジナルの魔法を食らうと、1000Vくらいの電気が俺の体を駆け巡るようになる…という感じだ。


 正直言って、だいぶ致命傷だ。

 少なくとも戦闘時に相手の魔法をコピーして意表を突くぜ!みたいな戦法は限りなく難しい。


 そしてつまりは、だ。


 俺は、エレオノールのセレスティアをコピーした。

 彼女の魔法は実に汎用性が高い。


 攻撃での用法では、おそらく今の俺ならだろうけど、しかし…別の用法。


 例えば、なんかで使うソレに対しては、無力と言ってもいいだろう。


 そもそも魔法で重要なのはイメージである。

 彼女の確固たるイメージによって行われる拘束は、常人でも敵う者はいないだろう。


 ゆえに、今の俺は手足を拘束されてほぼ無力化されているような状態だった。

 もしエレオノールが錯乱して、ナイフをこちらに向けてきたとしても、おそらく抵抗できない。


 まぁ、彼女に限って、そんなことは───。


 ふと、エレオノールが口を開く。


「…だから、ですよ?学園で離れる時間も多くなるのですから、今のうちにアルクスを感じなくては」


 ぎゅっと、俺の腕を握る強さが強まる。

 その際に香る甘ったるい匂いが、なんともグルグルと思考をかき混ぜた。



「あ、そうだ」


 不意に、思い立ったように。


「もし学園に不届き者がいて…手荒い真似ができない時があったら、私に言ってくださいね?」 


 たっぷりと沈黙を共有して、彼女はその後の言葉を…続ける。



 

「私たちの平穏を乱す者は、誰であろうと、ので」



 おそらく、語尾には弾むような音符がついているのだろう。


 それくらいには軽く、

 ニコニコと無邪気な笑みを絶やさずに言ってのけた。



 一切の白を宿さない、黒色の瞳につい視線が吸い込まれる。


 光の加減のせいなのか、それとも感情によるものなのか…。

 もはや判断したくもない。



 もう闇堕ちしてる…なんてことは、ない…よな?



 本編開始直後、なのに。

 今の彼女を見て、俺は、そう、縁起でもないことを思ってしまうのだった。


 

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