第20話 護るための代償


「うわあああああ?!なに、なんだ!?」


「岩、岩が割れて…っ!?」



 案の定、子供たちはパニック状態だ。


 まぁ、突然行方不明だった友人が現れ、何をするかと思えば背後の巨大な大岩が破壊されたのだから無理もない。


 …ギリギリ、本当にギリギリだった。

 一秒遅れていたら、真っ二つになっていたのは岩でなくこの場の全員だ。

 少年たちも、エレオノールも全員…。


 そう考えると背筋が凍る。


 だが、もうひと安心というわけでもない。

 依然とヤツは、健在なのだから。



「全員この場から逃げろッ!!とにかく、とにかく遠くに行けッ!!」


 パニックで騒ぎたつ彼らに負けない声量で、俺は声を張り上げた。


 化け物はもう、起き上がろうとしている。

 猶予はない。


 剣を構え、奴に向かって突進する。


「ど、どうなってたんだよ…」


「あ、あいつ。どうしたんだよっ?!」


 しかし少年達にも、現実を受け止める余裕はなかった。

 当惑した表情を浮かべて、その場を動くことができていない。


「【グラン・ブレイズ】」


 逃亡への誘導は無理そうだ。

 発破をかける余裕も、質問に答える余裕もない。


 剣に炎を滾らせ、起き上がろうとする化け物を切りつける。

 だがもちろん、そのまま無抵抗で受けてはくれない。


 目の前の子供の手が不定形に歪み、黒く染まった刃のような形へと変貌する。


 ソレと俺の火炎の斬撃が切り結んだ。

 ギリッと奥歯を噛んで、サイドステップで奴の片方の手による斬撃を回避する。

 

 コイツ、乗り移った体さえも自在に操るのか…。

 じゃあ元の体の持ち主はやはり、生存していないのだろうか。


 無論、生きていたとしてもそれを気遣って体を傷つけない、なんて配慮はできまないが。


「─」


 次の行動は相手が先だった。

 刃となった両手をこちらに構え、地を這うほどの低姿勢で接近してきた。


 異次元的加速。よけることはできない。

 燃え盛る剣で正面から受ける。

 

(重いッ…!)


 強烈な衝撃が手元から全身へと伝播する。

 火炎と漆黒の刃が反発しあい、小規模な爆発を引き起こす。


「グっ、」


 この小さな体では耐えきることはできず、反動で後方に吹っ飛ばされる。

 空へと投げ出されたら命とりなため、なんとか足で地面を抉りながら勢いを殺す。


 だが奴もそれで終わってはくれない。


 反動などないかのようにそこへ留まった奴は、地面にクレーターを形成するほどの力で蹴り上げ、こちらへと肉薄する。


「ッ、【スマッシュ】!」


 衝撃を食らった、剣を握る右手では間に合わない。

 左手で魔力の弾丸を形成し、ありったけの速度でぶっ放した。


 直撃した相手の左肩が千切れる。

 血液がぶしゃりとあふれるが、なお、勢いはまるで止まらない。


 振り下ろされたもう片方の手による斬撃が、俺の体を切り裂く。

 防具なんてあっさりと貫通し、鮮血が噴き出す。


 なんとか致命傷ではないが、それだけだ。

 痛みに顔をゆがめながら、身をよじって横へと逸れる。


「アルクスっ!!!」


 同時、号哭に近い声をエレオノールはあげた。

 わかってはいたけど、彼女はまだこの場にいる。


 どうにか、エレオノールだけでも逃がすことはできないか。


「【グラン・ブレイズ】ッ」


 火力を上げて、相手の追撃を防ぐ。

 それでも受けきれず、黒の刃が俺の頬を切り裂く。



 防戦一方だ。

 逃がそうにも、余裕がない。 


 どうする。


 コイツを倒せそうにない。かといって逃げるわけにもいかない。

 そうしたら次の標的はエレオノールたちだとわかりきっている。


 しかしこのまま戦って、明らかに最初に倒れるのは俺だ。

 倒れたらどうなる?


 …おそらく、本編でのエレオノールの幼馴染の墓場はここだ。

 ここで生き残れるかどうかなのだ。

 そして今、俺もまさに同じ末路を辿ろうとしている。

 死んで、本編通りのシナリオで世界は動き出す。


 結局、無理なのか?

 俺には変えられないのか?

 やはり今までのすべては無駄で、彼女を守れずに死ぬのか?

 

 下唇をかみしめる。

 涙が出そうだが、それで視界を奪われてはたまらない。


 だがそのような思考と、攻撃の対処に、少し意識を奪われすぎていたのかもしれない。



「っ!?」


 剣戟を繰り広げる間に、相手の表情が、歪む。


 笑みだ。

 子供の体であるというのに愛嬌なんて微塵も感じられぬ、どこまでも邪悪な笑顔が張り付いていた。


 意図を掴みあぐねる。

 そしてようやく理解した時には、もう、遅かった。


「ぁぐっ」


 腹に衝撃が加わる。

 蹴りを入れられていた。


 肺の空気を吐き出しながら、俺は大木に激突する。

 びりびりと全身がしびれて動けない。


(くそッ、油断した…)


 焦りすぎた、思考を落ち着かせなければ。

 そんな反省をしながら、体勢を持ちなおそうとする。


 そこで、ようやく気付いた。


 奴の右手が、ブレる。

 剣閃を飛ばすモーションだ。


 だが、こちらに対してではない。

 じゃあ、それが向かう先は───。



「エレオノールッ!!」


 黒色の剣閃が、子供たちに、そしてエレオノールに向かって飛んで行った。

 

 左手を突き出して魔法を……駄目だ、間に合わない。

 まずい、まずいッ!!


「【ラピッド・スマッシュ】───」


 それでも一抹の望みをかけて、最速で放てる魔法を繰り出そうとした。



 その時だった。


 世界の色が、反転した。

 ネガ反転、とでも言うのだろうか。すべてが、黒く染まりあがった。


 同時に、魔法を放つために突き出した左手に、何かが絡みついているのに気づく。


 、のような魔力。


「【───────────】」



 耳を貫くような高い音。

 それは金属音のようでもあったし、のようでもあった。


(あぁ、これは)


 すべてを悟る前に、俺の思考は真っ白に染まった。



***



「ハぁ、……ハぁ」


 少女は、肩で呼吸をする。


 我武者羅だった。

 ただ、アルクスを助けなければ、という一心だった

 この忌まわしき自分の力を開放するのは、ここしかないと思った。


 周囲は、真っ黒く染め上げられている。

 彼女の触手のような魔力が、張り巡らされているのだ。

 《邪神の黒》と呼ばれる魔力の、固有魔法セレスティアが。


 草木を、大地を。

 儀式に参加していた少年少女たちを、神聖岩を、化け物と化した少年を飲み込んで。


 そして、のことも例外なく。



***



「かっ…───はッ」



 呼吸ができない。

 もがくように地面に爪を立て、のたうち回る。

 吸い込もうとしても妙な声が漏れるだけで、空気が肺に入ってこない。


「うぅ、ぃ、うぃ…【ウィンド】っ…」


 風を巻き起こす魔法で、無理やり酸素を送り込む。

 激しくむせるし、あまり意味もないような気もするが、それでも続けて行ったのちに息を止める。



 何度か失敗しながらも、震えた足で立ち上がる。

 その過程で、全身に絡みついた触手を振り払いながら。


 …これは、エレオノールの魔法だ。

 

 まともに食らって思い出したけど、ゲーム中のラスボス戦で、使用していた魔法だった。  

 彼女の代名詞…とはいかないまでも、特徴的な演出とその効果によってよく知られている。


 画面を黒く反転させる演出とともに、真っ黒い触手を繰り出して、全体へ攻撃するというもの。


 そしてその威力が尋常なものではなく、なんの対策も味方の強化もしていなかったら、ほぼほどだ。

 …なんでか、今の俺は生き残っているけれど。


 あたりを見回す。


 すべてが、黒の触手で満たされている。

 色が違えばミミズが世界を這っているかのような光景だ。


 そんな真っ黒なミミズたちの中に、ポツンとへたり込んでいる少女が目に入る。


(エレオノール…、)

 

 覚束ない足取りで、彼女のもとへ向かう。

 しかしやはり、足元も悪いせいで、グラリと体勢が崩れた。

 

「アルクスっ…」


 だが、地面には墜落しない。

 俺は彼女に、エレオノールに抱き留められ、支えられていた。 


「エレオノール…様、」


「アルクス…、私…、私っ、」


 彼女の声は、涙をこらえるように震えていた。

 涙の理由は何か、そんなのは、きっといろいろであろう。

 

 俺も抱き返そうとした、その時に。


 彼女の後ろで、影が揺らいだ。



(なッ───)


 心の中で、驚愕の声を漏らした。


 奴が、動き出していた。

 絡みついた黒い触手を鬱陶しそうに振り払いながら、化け物は立ち上がっていた。


 アイツ、まだ生きてたのかよっ…!


 いや、俺が生存できている時点で、ゲーム中ほどの威力は発揮されていないことは察しているべきだったか…?

 察したところで、何ができていたのかは疑問ではあるが…。


 しかし、まずい…っ!


 エレオノールは背後の存在に気づいていない。

 呼びかけようにも…声が、出ない。

 喘ぐような息を漏らすだけで、音にならない。


 その間に、奴の腕は高速でブレる。


 あぁくそ、やっぱりか。攻撃するよな、そりゃあ。 

 

 まずいな、どうする。

 魔法で迎撃するか?…いや、意識が散漫になってるから、そんな素早く放てない。


 じゃあ避けようか、となっても、満身創痍のこの様だ。

 彼女を抱えて横に飛ぶ余力はない。



 …もう、仕方がない。


 目の前の彼女を力任せに引っ張り、覆いかぶさった。 



「ぐっ…ァあ」


 結果もちろん、斬撃が俺の背中をバックリと切り裂いた。


 激烈な痛みについ力んでしまい、俺に掴まれたエレオノールは少し苦悶の表情をみせる。

 しかしまだ、何が起きているのかわかっていないようだった。


「アルクス…?ねぇ、アルクスっ!?」


 身体を支える力が入らず、縋るように俺が倒れこんだ時。

 状況を理解したのか、錯乱気味に彼女は叫んだ。


「なんで、なんで。そんな…」


 倒れこんだ俺の手を、彼女はギュッと、もはや祈る様に握った。


「泣かないで、くださいよ…そんなに」


「だって。こんなに…血が…っ」


 エレオノールの涙が、俺の頬にしたたる。

 視界に映った彼女の手は、べったりとした紅に染まっていた。


 全部俺の血か、そんなに出ているのか。すごいな。

 なんて、どこか他人事のように感じられてしまう。


「私のせいで…私のっ、せいで…」


「違いますよ。あなたの…せいでは、」


「いいえっ…。私が…全部悪いのですっ!!私が、こんな魔法を使ったから…こんな力をもってるから…。何もできず、呆けていたから…アルクスは…っ」


「…そんなこと、言わな、いでくださいよ」 


 慰めでもなく、本心で思った。

 

 彼女の背後を見やる。

 

 化けモノはまだ、黒い触手に阻まれていた。

 張り付いたような鉄仮面や笑みではなく、苦悶の表情を浮かべて。


 あぁ、まったく。

 さっきから全部、彼女のおかげではないか?

 正直あのままやりあってもジリ貧だったと思う。その状況にメスを入れこんだのは彼女だ。


 そして、も結局、エレオノールの力を借りることになる。


 …ほんと、守るとか、バッドエンドにさせないとか言っときながら、カッコ悪いな。


「そんなに、自分を…責めないでっ。言ったでしょう?、この、前に」


 ゆっくりと起き上がり、彼女の手を握りながら立ち上がる。

 立ち眩みがひどく、風見鶏みたいにふらふらと揺れるがなんとか起立する。


「俺は、この手を…放さないから。だから、今…ここで、死ぬ気も…ないし、君を突き放して…ハぁ。君の力を否定することも、ない」


 息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。

 地を踏みしめる足もグラグラと安定感がない。


 しかし目線だけはたしかに、彼女の、涙で濡れた瞳を見据える。


「むしろ、君の力は、何も悪くないんだから…さ」


 握った手の、指を固く絡ませる。

 強く、確かに、ほどけないように。


「っ、でも…私の魔法が、なければ。アルクスも…、ほかの皆様も傷つかずに済んだ…のにっ」


「そんなの、わからない。あのままズルズルと戦ってたら、たぶん負けてたさ。そしたら、みんな傷つく処の騒ぎじゃなくなる」


 周りを見る。

 

 たしかに、黒い触手の海には子供たちも沈んでいた。

 …正直、生死はわからない。

 だけど、消耗している俺が生きて、同じくあの化け物が生き残っているなら、死んだと断定することはできない。


 だから、彼女が責任を負う必要なんかないんだ。


「それに、俺が倒していればこんなことにはなってないんだ。むしろ、全部…俺が悪いんだ」


「なっ…、そんなこと…!」


「あるよ。俺がもっと強ければ、強くならなきゃいけなかったのに」


 3年前、エレオノールを救おうと決意して、今までやってきたことを振り返る。

 もっと、やれてたんじゃないか。

 最初から強くなろうとしていれば、今こうして死にかけたりなんてしてないはずだ。


 俺が、甘かったんだ。


「ハぁ…、───。ごめん。弱くて」


 咳払いをする。

 喉の奥の方が鉄の匂いがする。どこか内臓をやったのか。


 傍らにあった、剣を拾う。

 危うくそのまま倒れそうになったが、なんとか踏ん張った。


「ま、まだ…戦うのですかっ…!?」


「…うん。もう、君に嫌な役目を押し付けない。だけど、…少しだけ、

 

 握る手を、強めた。

 ぬくもりを、放さないように。


 


「【───】」


 魔法を唱えた。

 ただの魔法じゃない。

 俺の、固有魔法セレスティアだ。


 刹那、世界が光り輝き、同時に黒く塗りつぶされる。


 正直、あまり使いたくはなかったけれど。

 だけどもう、踏ん切りがついた。


 目の前の化け物を見据える。

 輝きに飲まれて、何が起きているのかわからないという様子だ。


 そのまま。もう一度飲まれればいい。


 

 俺の足元から、触手のような黒い影が蠢いた。


 

 

 

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