第18話 異常事態


 あれ以降、道中で魔物に遭遇することは全くなかった。

 比較的開けていて安全な道を通ったからかもしれないが、それにしてもほとんど気配を感じ取ったりすることはなかった。


 護衛の人達が全部駆逐してしまったのだろうか。


 一応試練の儀式の要旨を踏まえて、雑魚魔物くらいは残しておいてください、とは言っておいたのだけど。


 まぁ、無駄に体力や神経を消費する必要がなくなったと考えれば良いか。


 

 そういうわけで、なんの障害なく進んだ俺たちは、試練の目的である神聖岩にたどり着いた。


 鬱蒼とした森の中で、不自然に開けた場所に出たかと思えば、そこにあるのは視界一面を覆いつくすような巨大な一枚岩。


「…これが、神聖岩…ですか」


「ですね、聞きしにも勝る大きさですが」


 名前的にはもっとこう、石碑みたいなものだと思っていたのだが、まさかこんなバカでかいただの岩だったとは。

 どこらへんに神聖要素があるのかわからないけど、まぁ何か伝承みたいなものがあるんだろう。ここまで大きいのは異常だしな。


「これを削り取って持って帰れば試練完了です」


「そうですか…、ようやく終わりなんですね…」


 エレオノールはぐったりとした表情で胸をなでおろした。


 道中魔物はいなかったけれど、彼女は常に怯えていたからな。俺もいつ死線を彷徨うのか神経を張っていたけれど、それ以上にエレオノールはすり減らしていたのではないかと思う。


「欠片を採取したら、少しばかり休憩しましょうか」


「──、ですね」


 俺の提案に、彼女は苦笑して賛成した。


 ま、2~3時間は歩き続けたんだ。

 俺も疲れてるし、少し英気を養っていこう。



***



 大きさこそ大したものであるが、削って取ってみると案外普通の石だった。

 特に断面がダイヤモンドみたいに輝いていたり、魔力を放っていたりしているわけではない。


 これ、別のところから適当な石を取ってきて提出してもバレないんじゃないかなぁ。まぁ、この辺はそれっぽい石は落ちておらず、肥沃な土しか地面にないけど。

 

 

 俺たちは岩の影に入って休憩していた。

 会話をしながら、持ってきた軽食をひとまず腹の中にいれる。


 エレオノールはだいぶ回復したのか、途中でぐったりとした表情に色が戻っていた。

 森にもだいぶ慣れてきたことだろうし、よかったよかった。


 だが俺の方は、依然と警戒を緩めてはいない。

 何が起こってもいいように、油断は禁物だ。


 あとで護衛の人にも途中確認をしようかな。


 なんて考えていると。



「あーっ!」


 叫びとも言っていい声があがる。

 

 何事かと視線をそちらに向けてみると、そこには無邪気そうに口をあんぐりと開ける少年の姿があった。


「俺たちよりも早い奴いんじゃん!」


「えぇー!絶対一番乗りだと思ったのに!」


「やっぱあそこで迷ったからだよお前が!」


「は~?俺のせいじゃないしっ!」


 彼の後ろから続々とほかの少年達も現れ、やいのやいのと騒ぎ立てる。

 

 なんか、こういうガキンチョ同士の会話、久々に聞いた気がするな…。

 孤児院時代を思い出すぜ。


「なんですか、あの方々は…」


「おそらく、同じく試練を受けている平民の方達でしょう」


 たしか、別の地点で平民の方も儀式をやってるんだっけ。

 目的地は変わらないから、こうしてバッタリ会うこともあるのだろう。


 あ、じゃあ孤児院時代の知り合いとも会うかもしれんな。

 たぶんエーゲンハルトからも俺が住んでた村からも、この森への距離は同じくらいだろうし。


「あぁ!あいつ知ってるぞ!母ちゃんたちに気に入られてたやつっ!」


「うわ!お前のせいで俺怒られたんだからなぁ!」


 その中の一部の少年たちが、こちらに向かって怒りの叱責!!


 …えぇ。

 まぁ、街の人々とはそれなりに交流あるけども…。


 俺のせいで怒られたってなんだ?

 俺みたいになりなさいっ!みたいのは村に居た時よく聞いたけれど…、それのことかな。


 だとしたらまぁ、災難なことですね、としか言えないけど。



 とくに傷ついたりはしないので、子供たちの騒ぎを聞き流していると…。


 

「あ、あの黒いのも見たことあるぞ俺!」


「ホントだ!母ちゃんが言ってたカラス女じゃね?!」



 ぴくりと、隣の彼女が身じろぐ。



「うわ、じゃあ貴族じゃん!」


「実質俺たちが一番じゃん!調子乗んなよ!」


「ジッシツなっ!」


「黒色野郎に食われるぞーっ!」


 キャッキャと猿みたいに笑いながら、彼らは岩の裏の方へと走っていった。


 …あの、ガキンチョがぁ。

 ずいぶんと怖いもの知らずな言動だったが、アデルベーターに言ったらぶちぎれるんじゃないか?


 まぁ…、彼は身分さを気にしないから不問、としそうだけど。いや、娘のこととなれば別かね。


 


 ……しかし、散々な言い草だったが、これが街の人々の感想でもあるのは確かなんだよな。


 未だにエレオノールへの偏見は止んでいない。母親父親の思想が、子供たちにも伝わっているのだろう。

 彼女の力の性質上、完全に受け入れられるのは難しい…ということだろうか。


「エレオノール様、」


 誕生日パーティーの件でも、彼女は傷ついていた。

 やはり今回も、あれだけの謂れを受ければ…。



 なんて考えながらエレオノールの顔を見たが、少しだけ拍子抜け…というか、意外、という感想を抱いた。


「…もしかして、私が傷ついたと思いました?」


「──えぇ。少し」


「ふふっ。…心配いりません。もうこの手のことは慣れましたので」


 飄々とした態度で、笑みを浮かべて見せる彼女。

 傷ついているという様子はなかった。強がっている、というわけでもないだろう。


 …そうか。

 エレオノールも強くなっている、ということか。


 少し彼女を見くびりすぎていたのかもしれない。

 まぁ、俺が死んだら闇堕ちすると知って、あまりに過保護になっていたから仕方ない…と言いたいけど。


 しかし、この調子で毅然とした姿勢をとれるようになれば、俺の死亡でも闇堕ちにまではいかないように───



「それに、アルクスが肯定してくださるなら、


 …。


 強く、なってるんだよな?

 その言い方は、ちょっと不安になるんだけど…。


 …先ほどの考えは取りやめることにしよう、かな。

 やっぱり俺、死んじゃダメ。



***



「─、そろそろ、行きましょうか」

 

「そうですね。もう十分休めましたし」


 俺の提案で、ゆっくりと彼女は立ち上がる。

 

 あれからもうしばらく休憩していたが、その後も続くように子供たちはこの大岩にたどり着いていた。

 平民だからそう多くの護衛はついていないだろうに、大したものだなぁと思う。

 まぁ、貴族が過保護すぎるだけでもあるんだがな。


 

 剣や道具の点検を行い、戦闘態勢はいつでもとれるように。

 帰りも油断はできない。


「では、出発しましょう───」


 その折に。



「誰かっ、だれかぁッ!!」


 悲鳴じみた、子供の叫び声が聞こえてくる。

 

 この岩の後ろのほうだ。

 

「あ、お前一番ビリじゃん」


「おっせーなぁ」


「あとで罰ゲームな~」


 背後でわいわいとした騒ぎがする。さきほどの叫びを真剣にとらえていないのだろうか。

 

「違うんだっ!本当に大変なんだっ!!」


 切羽詰まったように泣き叫ぶ声。

 さすがに気圧されてか、茶化すような言動は鎮まる。


 …なんだ?

 何が起きているんだ?


「何か、あったのですか?」


 気づけば、隣にエレオノールの姿はなかった。

 どうやら、騒ぎの最中へ介入しているようだった。


「えっ、えっと。その、友達がいなくなったんだっ───」


 エレオノールに対して、少年は一瞬ぎょっとした表情を浮かべるものの、ぽつりぽつりと事のあらましを語っていく。


「いっしょに森に入って…さっきまで一緒だったんだ。でもなんか、急にあいつ、ぶつぶつ変なこと言い出すようになって…、それが気味悪くて俺、逃げちゃって…」


「変なこと、ですか?」


「うん…。なんか、かえるかえるって…」


 …なんだそれは。

 呪われでもしたのか?でも、この森に呪いを使うような魔物はいないはず…。


「それで…逃げちゃったんだけど、やっぱり心配で…。戻ったんだ。そしたら、…そしたら───

あいつ、に襲われてたんだっ!」


 思い出して恐怖がよみがえったのか、少年の体はガタガタと震えており、言葉の語尾も変に上擦っていた。


 ……鎧の、化け物?


 リビングアーマーか?

 もしくはキラーメイル…、エクスキューショナー…。


 だがいずれも、こんな森の中にはいない。

 そもそも獣系の魔物しか出てこないのだから。

 鎧なんて人工的なものをもつ魔物は、ダンジョンや廃墟になった建物にしか出現しない。


 …でも、彼の言葉が嘘であるというわけでもなさそうだ。

 じゃあ、その魔物の正体はなんだ…?


「…」


 エレオノールがこちらに一瞥を送る。

 なんとかできないか、という表情だ。


 行方不明の子供探し、しかも魔物に襲われている可能性がある…。


 正直言って、引き受けたくはない。

 魔物の正体がわからない以上、むやみに引き受けると命取りになる。


 かといって、このまま見捨てるなんてこともできない。

 エレオノールが、きっと許さないだろうと思う。


「…、少しアテがあるので、そこを当たってみます。エレオノール様…とほかのみなさんは、ここで待っていてください」


 

 俺が言っても、危険である。

 ならば、ここはプロの大人たちに託そう。


 茂みの中に入り込み、エレオノールたちには声が聞こえないだろうというところまでやってくる。


「みなさんっ!護衛のみなさんッ!出てきてください!」


 唯一のアテを呼ぶ。


 10人以上もの護衛がいるのだ。その人数なら、大抵の魔物は十分対応できるだろう、ということだ。

 子供を捜索する分にも、人手は多いに越したことはない。



 …。



 だが、返事はない。

 姿も現さない。


「…?アルクスです、護衛の方々、至急応答してください!!」


 やはり、返事がない。

 ただ俺の叫びが木々に吸い込まれるだけ。


 なんだ、何をしているんだ?


 職務怠慢…というわけではまさかないだろう。

 伯爵家に忠誠を誓う騎士だぞ?

 安い傭兵とかならまだしも、一応は爵位のある人間がそんなことするはずない、はずだ


 しかし現実として、彼らは姿を現さない。

 何か起きていると見た方がいいだろう。


 …くそっ、厄介なことになった。


「護衛の方々!!えっと…迷子の人!!居たら返事をしてください!!」


 慎重に進みながら、再度叫ぶ。

 こうなるなら、迷子の名前を聞いておくべきだったか。

 魔物に襲われているなら返事できない可能性は高いけど。



 だがそうして、叫びながら森を進んでいった。

 いつでも撤退できるように、退路だけは確保しながら。


「誰かいるのなら返事を────」


 やがて、視界に真新しいものが映った。

 草木ではない、別のものが。


 鉄の鎧。

 腕にアンシャイネス家の家紋が刻まれており、一目で護衛の者だとわかる。


「─、ようやく見つけました…。いったいそこで……何をしてるんですか?」


 だが、その雰囲気は明らかに護衛のそれではなかった


 なんというか、異様だった。

 存在がおぼろげというか、ぐんにゃりしているというか。

 じっと見ようとすると捉えようがない。


 それに、佇まいも妙だった。

 何もないところで、剣も握らず、ただ突っ立っていた。


 だがどうやら……手ぶらというわけでもなかった。


「…」


 何も言わず、鎧はこちらを見た。

 体勢が変わり、それによって角度で見えなかった左手の行方が明らかになる。


 その手には、小さな、人の、頭が。



 いや、生首ではない。ちゃんと体がついている。

 でも、それだけだ。


 ぴくりとも動いていない。生きているのか?

 生死はここから見ているだけでは判別できない。


 だが、どちらにせよ。



「なにしてんだよッ!!」


 躊躇はしなかった。

 左手を突き出し、瞬発的に魔力を込める。

 手の前で螺旋を描くように光が収束し、球体を形作る。


「【スマッシュ】!!」


 きらきらとした尾を引きながら、超高速でそれは射出された。


 大きさ自体小さいけど、ありったけを瞬間的にぶっ放した。

 おそらく最高速度のトラックくらいの衝撃だろう。


 鎧の…もはや人間なのかもわからぬそれは、避けようともせず、直撃を食らった。


 握られていた子供がそこらに放り出され、鎧が大木にたたきつけられる。


 着弾点は、べっこべこにへこんでいる。

 中に人が入っていたら、内臓が破裂しているのではないだろうか。


 

 …死んだ?



 別にそれは、油断ではなかった。

 しかし、次に来る動きを予測できなかったのも確かだった。


「───」


 ぬらりとヤツの腕が動いた。


 小手がない。


 素手が露わになっており、そしてそれは、まるで黒い鞭のように長く、しなやかであった。


 その腕が、一瞬にしてブレる。


 次の瞬間、俺の視界は黒色の剣閃に覆われていた。

  

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