第15話 最強、それにならなければ終わり
誕生日パーティーのあの夜から三回、月が満ち、そして欠けた。
慌ただしい日々は終わり、また平穏な日々が戻ってきた。
しかし、俺の胸中はあの日から、甚だしく乱れている。
その原因はすべて、あの夜にわかってしまった真実のせいだ。
あと5年以内に、俺は死ぬ。
しかも5年というのはあくまで本編開始までの年数であり、それよりも前…おそらくは3、4年前には死んでいる可能性が高い。
だから、明日死んでも、今すぐ死んでも、何も不思議はないのだ。
まぁ、人間いつ死ぬかわからないし、以上のことは誰にでも当てはまるわけなのだが、しかし確定事項として提示されるというのは話が何も違う。
それにもっとショックだったのは、俺はおそらく、本編の軌道からなんらズレていないのだろう、ということだった。
細かな部分は違うのかもしれないけれど、しかし結局俺は死んで、彼女は闇堕ちしてラスボスになる。
今までエレオノールが悲惨な運命を辿らないよう頑張って、実際その道からズレたんじゃないか、なんて考えていたけど、結局それは幻想に過ぎなかったわけなのだ。
これまで俺がしてきたことは無駄だった、そう思えて、ならない。
…かといって、このまま死を待つわけにもいかない。
何より、俺が死んだらエレオノールが最悪の末路へ突き進むことになろう。
それだけは避けたい。この3年間で彼女への思い入れは、『セレスティア・キングダム』の世界の人物の中で最も強くなったと言ってもいい。
どうにか、彼女が非業の死を遂げることは避けたい。
でも、どうすればいいのか…。
彼女に嫌われて、俺が死んでも心が動かないようにするか?
…いや、本末転倒か。突き放した時点で虐殺に走るかもしれない。
自惚れかもしれないけれど、しかし本編では俺が…幼馴染が死んだことで、登場人物を殺害している。
やはり、俺が死なないようにすることが、手っ取り早く、最も効果的なのだろう。
しかし、そんなことができれば何も困らない。
そもそも俺がどうやって死ぬのかすらわからないのだ。
病気か?事故か?他殺か?
病気ならなんの病気だ?
事故なら火事か?転落か?
他殺なら誰に殺された?暗殺されるのか、戦いの末殺されるのか?
何もかもが不明瞭だ。
前世の記憶にも、流石に死因まで事細かく残っていない。というか、設定自体されているのか…。
正直、手詰まりだ。
だけどじっとしているわけにもいかない。
考えて、いつ死ぬかの恐怖に震えて、また考えて。
その末に、俺は剣を振るい、魔法書を読みふけっていた。
単純で、脳筋みたいな発想だと自分でも思うけど…しかしこれが、最も効果的なんじゃないかとも思う。
病気でも、魔法があれば治せる。
事故でも、魔法があれば回復できるし、剣技で防げるかもしれない。
他殺ならばなおさら、強くなるのが得策だろう。
どんな死亡フラグも、真っ向からたたき折ってやるのだ。
どこまで強くなればいいのかなんてわからないけど、少なくとも、いかなる死の危険も跳ねのけられるようにならなければ安泰はない。
そう、言うなれば、俺には“最強”であることが求められているというわけだ。
あと5年以内。時間の猶予はない。
一回の一振りが、魔法書を叩き込む数秒間が、俺の運命を分かつような思いでいた。
***
「───ッグぅ」
声にもならぬ声を漏らしながら、俺は地面を転がる。
全身が擦り剝けてヒリヒリと痛むが、動けないほどの痛みはない。
「もう一回…お願いしますっ」
「おいおいマジで言ってんのか!?全身膝小僧みたいに擦り剝けてるぞ、お前」
今一度打ち合いを頼むと、目の前の鎧に身を包む男は驚愕…というか半ば呆れの感情でそう言った。
現在、俺はこのアンシャイネス家に常駐する騎士たちと、模擬戦をしている。
以前からそれなりに剣を交わすことはあったが、ここ最近は都合さえ合えば、毎日こうして打ち合っている。
理由は簡単。
伯爵家に仕えるだけあって、やはり彼らも実力者だ。見ているだけでも十分、成長につながるほどである。なら実際に戦ったらもっと成長できるよね、ということだ。
こうして本気でやりあってみると、やはり、以前までの模擬戦はお遊び成分が多かったんだなぁ、と痛感する。以前までは五分五分の勝率だったけど、今は10回戦って1回勝てれば太鼓判というレベルだ。
最強には、程遠い。
だからもっと、彼らから得なければならない。
「大丈夫です、お願いしますッ」
「いや、アルクスお前…。ん~…」
威勢よく返事をするが、相手はなんとも煮え切らないという感じだ。
まぁ子供をボコボコにするのは心象悪いだろうけど…、だが俺には必要なことで…。
そう思ってると、彼はそそくさとこちらに駆け寄ってきた。
「いや…その、うん。わかった。その代わりいったん休憩しよう、な?」
「いえ、構いません。回復魔法をかければ疲れなんてどうとでもなります」
「…そうじゃなくてさぁ」
困ったように眉間をほぐしながら、彼は耳打ちしてくる。
(お前を伸すたびに、お嬢様の視線がキツいんだよ…)
(…エレオノール様?)
思いがけず彼女の名前が出てきて、一瞬疑問符が浮かび上がるが、鎧の男が指さす方を見ると、確かにエレオノールの姿がそこにはあった。
(い、いつのまに居たんですかっ?)
(結構前から居ただろ、気づかなかったのか?)
「…わかったなら、いったん休憩だ」
周りにも聞こえるような声量で彼はそう言うと、伸びをしてから足早にこの場を離れていった。
こうなっては仕方ないと、俺も模造剣を鞘に納め、エレオノールの方へと向かう。
「いらっしゃったのなら、声をかけてくださればいいのに」
「アルクスが頑張ってるのを…邪魔したくありませんでしたので」
若干頬を赤らめながら、彼女は微笑んで見せる。
「ナナイさんの座学は…」
「もう終わりました。早く終わらせられたこと、褒めてくださっても構いませんよ?」
「流石、エレオノール様ですね」
白い手袋をして、彼女の頭をポンポンとする。
イケメンにしか許されない特権っ……、だが、エレオノールも満足そうに笑っているからヨシっ。
少し前…というか誕生日の後から、彼女はこうして座学やら予定やらを早めに切り上げて、訓練をしている俺を訪ねてくる。
来たことを俺に告げることはなく、ただ様子を眺めているのみ。
やはりあの夜を経て、より俺に懐いてくれたということだろうか。
まぁそれは別に構わないし、むしろ喜ばしく思う。
ただ同時に不安も大きくなる。
時間を作って俺のところへ来るくらいには、彼女にとってアルクス=フォートという存在が大きい、とも言うことができるわけだ。
もし俺の死が現実となったとき、彼女の悲しみと闇堕ちの度合いもまた強くなる、と考えると……。
あぁ、駄目だな。
ここ最近、ずっとこんな思考だ。
すべてが俺の死か、彼女の闇堕ちにつながるのではないかと思えてならない。
「アルクス?」
「え、あ、ぁ。すいません」
ボーっとしていたようだ。
取り繕うように俺が言うと、彼女は眉を垂らしたような表情をする。
「最近のアルクス、なんだか変ですよ?何かあったのですか?」
「…いえ、別に、特には」
近々俺死ぬらしくて、それによって貴女が人を苦しめる存在になることがわかったから!なんて馬鹿正直に言えるはずもなく、俺は適当にはぐらかしてしまう。
エレオノールも釈然としない顔だ。
あまり嘘は吐きたくないけれど…、でも、こればかりは仕方がないんだ。
そう、自分に言い聞かせていると、バシンッと背中に衝撃がかかる。
「なーにコイツは、カッコつけようとしてるんですよッ!」
後ろを振り返ると、豪快に笑う、先ほど俺と打ち合っていた騎士の姿があった。
「かっこ…つける?」
「はいっ。
「…え?」
思わず、声が漏れてしまう。
彼の発言に、俺は二重の意味で疑問符が浮かんでいた。
まぁまず、カッコつけよう云々は、全くもってそういう意図はないので、自信もって言われて少し困惑した。
そしてもうひとつは、試練の儀式、という単語。
…ちょっと待て。
それってもう…、この時期なのかっ!?
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