第13話 内緒の密会


 夜もふけて、館内の明かりは段々と消え始めていた。


 少し仮眠をとった…というか寝落ちしたおかげか、頭がすっきりした。

 そのおかげか、視界も幾分か明瞭である。瞼も自然と落ちてこないしな。


 後片付けを終え、報告書も書き終わった俺は、真っ暗になったこの廊下をひとり歩き進める。

 

 洋館であることも相まって、なんだか前世の幽霊スポットみたいな感じだな。

 うらめしや~、と半透明な人間が現れても驚かないぞ。…いや、西洋じゃあうらめしや、ではないか。


 そんな他愛もないことを考えながら到着したのは、約束の通り、エレオノールの自室である。


 日を跨ぐか跨がないか、という時間帯だ。

 もう寝てしまったのではないかと心配してしまう。


 もしそうだった場合起こしてしまわないよう、そっと、目の前の扉を二回、コンコンと軽快な音を立ててノックした。


 反応はない。

 

 やはり、少し遅すぎたかな。まぁもう、いつもなら眠ってる時間だしな…。

 明日謝って休憩の自由時間を献上すれば許してくれるだろうか。


 そんなことが脳裏によぎったが、念のため、もういちど戸を叩こうとする。


 しかし、その時。



「うぉあっ!?」


 扉が開け放たれる。


 足が何かによって引っ張られる。

 

 その何かに体を引きずられて、部屋の中に吸い込まれる。



 この間、ものの数秒。

 何が起こったのかわからず、気づけば俺は扉の内側におり、床に倒れ伏していた。


(いったい、なんなんだ!?)


 掴まれたであろう足を動かしてみる。

 すでに解放されているようで、特段違和感はない。


 しかし視線をそちらにやってみれば、明らかに異質なものが飛び込んできた。


「黒い…触手?」


 ふよんふよん波打つように蠢く何かが、俺の足元にあった。

 

 体だけ起こし、サッと足をひいてソレを注意深く観察してみる。というか、衝撃すぎてそうすることしかできなかったのだが。


 しかしそうしても、黒の触手は何かアクションを起こすわけではない。

 依然とウネウネと全身(生物ではなさそうだけど)をくねらせるのみ。


「いや、ホント、なんなんだよ…?」


 おそらくこれが俺を引っ張り込んだモノの正体なのだろうが、いったいなんでこれがエレオノールの部屋に…。


 …!


(エレオノールはっ!?)


 彼女の身に何か危険があったのではないか、という思考が脳内に駆け、反射的に俺は部屋の内部の方を振り返った。


 視界を支配したのは、すらりと長く、白い…脚のようなもの。

 それが限りなく至近距離にあった。


「うわぁっ!?」


 憚らず素っ頓狂な声を上げて、俺はガタガタとしりもちをついたまま後ずさった。

 離れてみて、ようやくそれが何者かの脚であることを確信する。


 恐る恐る視線を上にあげてみると、当然というべきか、俺を見下ろす人物の顔が。


 しかし表情は窺えない。暗闇の影に塗りつぶされている顔が、物言わずこちらを見つめていた。

 

 そこで剣を抜いたり魔法を唱えられたりできればカッコよかったのだが、俺はまるで蛇ににらまれた蛙のように、ピクリとも体を動かすことができなかった。

 たった、瞬きをすることさえ。

 

 幾許いくばくかの時をそうしていた。

 先に動き出したのは、向こうの方だった。


 突然、その青白い脚を曲げて、目線をこちらに合わせてきた。

 いったい何をしようというんだ…!?なんて考える間もなく、こちらに目線が到達した目の前の人物は、あの聞きなれた声で口を開く。


「…アルクス?」


「………エ、エレオノール、様」


 怪訝そうな表情の彼女の背中には、黒い触手が蠢いて見えた。



***



「ノックした人を自動で招き入れる…という魔法だったはずなのですが、少し乱暴すぎたみたいですね」


「いや、本当ですよっ!つい変な声出ちゃいましたしっ」


 クスクスと笑うエレオノールに対して、俺はささやかな抗議の弁を述べる。。


 あの事の顛末は、こうだったらしい。

 

 俺を自室に呼んだはいいものの、予想以上に仕事が長引いていることを彼女は知る。

 待っていようとは思うものの眠気にも抗えず、悩んだ末に導き出したアイデアが、“ノックした者を自動的に部屋に入れる”という魔法。


 ノックの音に反応して触手が動き、こちらに引き入れるというものだが、調整にミスがあったのか、先のような乱暴な形になってしまったらしい。


「僕じゃなかったらどうしてたんですか…」


「こんな時間に私の部屋に来る人なんて、アルクスしかいませんよ」


 まぁ確かに、彼女の自室に限らず、こんな時間帯に誰かの部屋を訪問する輩はいないだろうが…。

 そうすると逆に、なんでこんな時間帯になってまで俺を招いたのか、という話になる。


 そしておそらくその理由であろうモノが、俺の目の前の机に並んでいた。


「で…、これが呼んだ理由ですか?」


「はい。だってアルクス、今日はあまり食事をとれなかったでしょう?」


 そう。


 お洒落な机に並べているのは、食べ物の数々。


 …厳密に言うとなど、食事というよりティータイムのスイーツみたいなラインナップであった。



 どうやら彼女は、会食中あまり食事をとらず、パーティー通しても物を入れる様子のなかった俺を見かねて、余ったスイーツなどをこっそり確保していたらしい。


 それ自体は実に感動したいことではあるのだが…もっとこう、食事!って感じのモノではなくあえてスイーツを選んだあたり、建前でしかないように聞こえてしまうが……。


 まぁそこを追及すると、俺の首が締まりそうなのでやめておこう。


「たしかに、あまり食べられてないですけど…。でも、こんな時間にお菓子を食べたら、アデルベーター様やナナイさんに怒られますよ?」


「でしょうね。でも、今日は特別な日なので無礼講ですっ。…日を跨ぎそうですが…ここまで来たらアルクスも共犯ですしね?」


 悪戯っぽく笑いながら彼女はマカロンを手に取り、「はい、あーん」とか言いながらこちらへ差し出してくる。


 …まったく、こんな芸当、いったいどこで覚えてきたんだ。


 俺か。

 最近は減ったけど、前は食事やおやつのたびに“あーん”してやった気がするし。

 まさか今になってこちらに矛先が飛んでくるとはっ。


「……ま、それもそうですかね」


 さすがに気恥ずかしかったので、差し出されたマカロンをつまんでヒョイと口に入れる。


 あーんに応じなかったせいか少し残念そうな目をするも、俺が乗り気になったことを知って…


「ふふっ、そうこなくては」


 彼女は喜色を表情に滲ませながら、こちらにずいっと身を寄せた。

 まったく、エレオノールには敵わない…。

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