第12話 エレオノールの“幼馴染”


 あのあと、屋敷に戻った俺たち…というか、俺を迎えたのは、貴族たちの熱烈なオファーだった。

 

 聞けば、エレオノールと親しげであり、強気なレイザーを毅然と宥め、殴り掛かられても冷静に対処している子供の使用人がいるぞ!?という話が広がったらしく、いずれ名士になるんじゃないかと唾を付けに来たらしい。


 ひとりや二人ならまだしも、十数はある人数から来たものだから、さすがに戸惑った。


 一度相手にすると、全員分長々と話を聞くことになりそうだったので、まとめて丁重にお断りさせていただいた。


 エレオノールの表情も、明るくなかったしな。


 彼女のもとにもそういった、政治的な社交を意図するアプローチ、および踊りの誘いはあった。

 しかし、いつもの営業スマイル…もとい物腰柔らかな微笑を浮かべて、いずれも断っていた。


 踊りの初めてについては俺ともう果たしたわけだし、受けてもいいのではないかと思ったが…まぁ、彼女もあまりしっくりこなかったのだろう。

 特に追及したりはせず、しつこい相手がいたらあしらうようにした。


 ただ、誘いの時、相手の貴族が俺の方を見て、若干笑顔が引きつっていたのが釈然としないが。大方、先のレイザーの例を見てのことなのだろうが、俺は誰かれも眠らせたり拘束したりしねーよっ。


 


 まぁ、なんてこともありながら、時間は過ぎていき。

 準備期間も含めて長かった誕生日パーティーは、終わりを迎えた。



***


 

 訂正しよう。

 いくつかの意味で、誕生日パーティーはまだ終わっていなかった。


 パーティーには準備もあれば、片付けも付き物である。


 使用人であり、謎にリーダー的ポジションにもあった俺は、このそれなりの規模のパーティーの後片付けに追われていた。


 やはり骨が折れるもので、食べ残しや余興などで提供された娯楽の道具の処理、会場の清掃や備品の保管についてなど、これら諸々の指示を各班に飛ばすため、館内を駆け巡るというなかなか目まぐるしいものだった。


 もう、こういう運営は懲り懲りだと何度か痛感した。

 今度はもう少し楽なポジションに回りたい。


 しかし、まぁ、死に物狂いって感じで取り掛かった結果、なんとか日をまたがずに終えることはできそうだ。


 かかった時間は、4時間程度だろうか。なかなか早く終わるのではないかと思う。使用人のみんなが頑張ってくれたおかげだ。


 これでの時間に遅れ…すぎることはないと思う。

 すぎる、とつけたのは、もうすでにオーバーしてしまっているだろうからだ。


 

 この約束というものが、パーティーが終わっていないということの、もう一つの理由である。


 外の池畔にて踊りを踊っていた時、エレオノールはパーティーが終わった後、自室に来るように言っていた。

 いったい何があるのかと問うても、微笑んでみせるだけで返答はなかった。来てからのお楽しみ、みたいな感じだろう。


 まぁ、お楽しみ、なのかはわからんがな。

 疲れたから肩もんでくれや、だとか、寝付けないから子守歌歌ってくれや、だとか仕事の頼みなのかもしれないし。


 そんなこんな、考えを巡らせながら、清掃に関して報告書を記入していると。

 

「アルクス様。お疲れ様です。会場清掃班、終了いたしました。確認項目もチェック済みです」


 ナナイさんが、清掃チェックの紙を携えてこちらにやってきた。

 会場も終わったか。ここが一番大変で時間もかかるけど、もう終了したのはなかなか上出来なもんだ。


「あぁ、ナナイさん。お疲れ様です。もう終わったんですか、仕事が早いですね」


「ふふっ、そうですね」


 彼女は俺の言葉を聞いて、微笑んで見せる。

 何か、おかしなことでもあっただろうか。


「どうしました?」


「あぁ、いえ。その、みなさん、アルクス様のパーティー準備の奮闘を見て、あんな小さい子が頑張っているから自分たちも片付けくらいは───と張り切っていたもので」


 彼女は、その張り切っている使用人たちの姿をもう一度思い出すようにくうを見つめて目を細めた。

 

 こんな早くに終わったんだ、よほど頑張ったのだろうと想像がつく。

 それが俺の姿を見てのことなら、まぁ、なんというか、喜ばしいものだ。


「それはなんだか照れますね」


「アルクス様はこのパーティーに携わるうえで、本当に努力していましたからね。もはや、私たちが不甲斐ないとさえ思うほどには」


「そんな。完遂できたのはみなさんの頑張りなんですから。僕だけでは到底成し遂げられませんでしたよ」


「でも、アルクス様が居たからこそ、素晴らしいものになったのではないかと私は確信しています」


 お、おぉ。


 そこまで言われちゃうとなんだか照れますね。


 そういえばこれまでの頑張り自体を褒めてくれる人はまだいなかったから、なんだか泣けてくる。


「エレオノール様も楽しんでいただけたみたいですし、これは頑張った甲斐がありましたかね」


「自信もって言えると思いますよ」


 あっはっはと笑いあう俺とナナイさん。お互い顔に疲れが出ているだろうが、まだもうひと頑張りだな。


「…なんだか、アルクス様を見ていると昔を思い出します」


「昔を?」


 彼女は俺の向かいの席に腰を掛けると、ぽつりとそう語り始める。


「はい。10…1,2歳の頃ですかね。同じ村に住む年下の幼馴染が居て、その子が今のアルクス様たちと同じ、10歳だったんです」


 懐かしむように、彼女は瞑目する。


「その子の誕生日のタイミングで、私もその子のためにパーティーを開こうと思って。私も彼女も、両親がいなかったものですから、私の10歳のときはパーティーなんてできず寂しい思いをしましたからね…彼女にはそんな思いをしてもらいたくなかったんです」


「それは、立派なお心をお持ちですね」


「ありがとうございます。でも、アルクス様ほどの労力でもありませんでしたがね。村中のみんなに話を触れ回って、大人の人に助けてもらいながらでしたし」


 それでも、友人のために奮闘しているということ自体、立派なことだ。

 自分の感じたさみしい思いをさせないため、企画するというのはなかなかできるものでもないだろうし。


「その時の自分の姿が、烏滸おこがましくもアルクス様と重なりましてね。ほら、」


 俺を見据えながら、彼女は言葉を続けた。



「エレオノール様もアルクス様も、年齢が同じで、みたいなものではないですか」



 その言葉が、妙に、心の中に引っかかる。



「幼馴染、ですか?」


「はい。だから、少し懐かしいなぁなんて思ってしまって」


 幼馴染という言葉が、なんだか脳内に居座り続けて、ナナイさんの話が右から左へと通り抜けていく。


 その言葉自体というよりかは、『エレオノールの幼馴染』という意味でのその言葉が、脳裏に反芻され続けた。


 …なんでだ?


 彼女の幼馴染……、そんなものいただろうか。

 まぁ、俺自体『セレスティア・キングダム』の世界でイレギュラーなのだから、違和感があって然るべきなのだけど。


 だが、どうにもそれで流せない。

 幼馴染という存在が、なんだか、とても重要な気がして───。



「アルクス様?」



 ナナイさんの言葉で、ふと、我に返る。


「大丈夫ですか?ぼーっとしていましたけれど」


 不思議そうな表情で俺の顔を覗き込む彼女。

 思ったよりも近くに顔があって、俺は反射的に体をひいてしまった。


「い、いえ。少し…考え事を」


「そうですか…。お疲れだろうことですし、お早めに寝てくださいね?」


「…はい」


 俺の異変を疲れによるものだと了解したのか、彼女は心配そうに言った。

 弱弱しく返事をしながら、俺は眉間をほぐす。



「ナナイさーん、ちょっとここについてなんでけど───」


「あ、はい!今行きます!!───では、私はもう行きますね。お互い、もうひと踏ん張り頑張りましょうっ」


「え、えぇ。そうですね…」


 お互い頑張りましょう、という前に、彼女は自身の持ち場へと戻っていた。


 そこに残されたのは、羽ペンを握りながら変な顔をして座り込む、俺の姿のみであった。


 



 

 

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