第11話 暗闇に踊れよ


「大変、すまなかったッ!!」


 騒動を起こしたレイザーを別室に移動させると、真っ先にそこにやってきたのは、彼の兄『シーザー・キルモンド』であった。


 先ほど、俺の目に留まった少年たちの、もう片方。

 そしてレイザーが攻略対象なら、例にもれず彼も攻略対象であった。


 シーザーの性格は、まさにレイザーと真反対。


 明るい金の髪と瞳。物腰柔らかな性格といわゆる王子様的な魅力を持つ彼は、『セレスティア・キングダム』においてかなり上位の人気を誇っているキャラクターである。

 多種多様なキャラのいるこのゲームであるが、人気投票ではあと他2人とシーザーだけでトップ争いをしていた記憶がある。


 そんな彼は、今、俺の目の前でとんでもない勢いで平伏していた。


 というかほぼ土下座だった。この世界に、その概念あったんだと思ったけど、まぁ偶然な気もする。


「いえ、その、頭をあげてくださいよ…。シーザー様」


 さすがの俺も、その勢いに圧倒されざるをえず。社交辞令とかではなく純粋にそう思った。


 貴族が使用人に土下座、というだけでなかなかインパクトがある。

 それに、彼はレイザーより2歳年上、つまり俺よりも2歳年上だから、12歳。


 年上に土下座されるというのも落ち着かないし、それがほとんど少年という年齢なのだから、止めなければこちらが悪いような気もしてくる。


「いったい、アレはなんだったんですか」


「レイザー…のことか」


 口が滑って“あれ”とか言ってしまったが、シーザーは何か怒ったり指摘したりはしない。むしろ、察してしまうほどだ。


 彼の口からきかされたのは、なかなかなレイザーの日頃についてであった。


 長男であり次期当主筆頭のシーザーを厳しくする一方、親はレイザーのことをだいぶ甘やかしていたらしい。

 ほしいものがあったらなんでも与え、それによってどんどん肥大化していく欲や態度。


 その結果、ほしいものは言えば手に入るという歪んだ認知になってしまい、今回の件はそれが原因で起こったらしい。


「じゃあ、レイザー様は本当にエレオノール様と踊りたかったんですね」


「…おそらくは。エレオノール様は、非常に美しいお方だ。私が、気になる女性が居たら誘ってみるといい、なんて言ったばかりに」


 それとなく聞いてみると、シーザーは沈痛な面持ちでそう言った。


 なんだそれ、ツンデレか?いや、需要はないけど。どちらかというと、好きな子にちょっかいかける小学生か。


 率直に頼んでいれば、まだ希望はあったというのになぁ。まぁ、彼には無理だったのだろうな。


「レイザー様は、どうなるのでしょうね」


 沈黙でいるのも居たたまれず、適当な話題を振ってみるが、実の兄にはあんまりな話題だなと言った瞬間思う。


 そして返答を聞いて、さらになんだか申し訳なくなった。


「…さぁ、わからないアデルベーター卿の裁量もある。だが少なくとも……家に泥を塗り信用を落としたということで、追放は免れないだろう」


「追放!?追放…追放ってあの追放ですか…?」


「あ、あぁ」


 ライトノベルでしか聞いたことのないような単語が出てきて、何度も連呼してしまう。

 

 横で爆睡をかましている彼を見て、なんだかそのままずっと寝ていた方が幸せなんじゃないかと思えてきた。




***



 1時間は、あの部屋で聴取を受けたと思う。

 

 ようやく肩の荷が下りて、深いため息をつきながら会場に戻ってみると、みな、優雅な音楽に合わせて踊りを踊っていた。


 貴族だけあって慣れているのか、動きに迷いがない。


 社交という意味もあるわけだから、あれらのペアの中には、関係値のない者同士で踊っているのも居るはず。しかしまるでそんなことを感じさせないほど、息ピッタリな動きである。


 さっすが貴族は違うなぁ、なんて思いながら見回していると、前方右に彼女の姿が映った。


「エレオノール様」


「アルクスっ」


 俯き加減だった顔がパっと前を向き、立ち上がってこちらに駆け寄ってくる。


「大丈夫…だったのですか?その、ずいぶんと長くお話していたようですが」


「えぇ、僕は全く問題ありませんよ。ケガも大したものではありませんし、証人もいましたし、危害を加えたわけではないので咎められることもありませんし」

 

「そうでしたか…、本当に、よかったです…」


 彼女は俺の話を聞いて、ほっと胸をなでおろす。


 無駄な心配をかけてしまった。

 そりゃまぁ、いきなり胸倉掴まれながら押し倒され、馬乗りになって殴られたのだから心配のひとつやふたつあってもおかしくないだろう


 ホント、レイザーはやらかしてくれたぜ。


「まぁ、レイザー様のほうはこれから大変なことになりそうですがね」


「当然です。山賊のように横暴でしたし、いかなる罰も受けるべきでしょう、」

 

 さ、山賊。だいぶこきおろしてらっしゃるな…。


 その言葉に続いて、彼女はボソリと何かを呟いたが、あまり聞き取れなかった。

 しかし彼女の様子を見て、それを聞き返すことはしなかった。


 やはり表情の変化は乏しいが、これはかなりご立腹である。

 自分の誕生日パーティーで問題が発生したのだから、ごく普通の感情だ。


「…すいません、今日という日を台無しにしてしまい…」


「なぜアルクスが謝るのですか?謝るべきはあの猿じみた者であり、決して貴方ではありません」


「ですが…」


 俺も、未然に防げたかもしれないんだよな。

 招待する段階であの気性であることを調べていれば、そこで弾くことができ、このような事態にはならなかった、はずだ。


 そこは俺の力不足でしかない。


 まぁ、あのスケジュールでひとりひとり調べられたかといえば難しいので、結果論の部分はあるのだが。


「それに、台無しになんて…まだわからないですし」


 視線がやや下がっている。

 こういうときは大抵、何かを躊躇しているときだ。


 たっぷりと沈黙を共有した後、彼女は口を開いた。


「…少し、外に出ませんか?」




***



 外はすっかり夜で、月も顔を出していない暗い世界だった。

 見慣れた庭園ではあるが、目を慣らして一歩一歩踏みしめないと転んでしまいそうである。


 俺とエレオノールは、屋敷からはだいぶ離れた、湾曲に形成された池のほとりまでやってきていた。


 月明りはないものの、チリのように小さな星々が放つわずかな光を受け、水面はキラキラと輝いている。


 ここに来てしばらく、俺たちはならんでその水面をぼーっと眺めていた。



「…そういえば、エレオノール様は踊られたのですか?」


 ふと思って、俺は流れる沈黙を断つ。


 ダンスの時間になってしばらくだが、離席したこともあって彼女の踊りを見ていなかった。


「…いえ、踊ってませんよ」


「えっ?」


 耳を疑う、というほどでもないけど、彼女の回答に俺はつい声を出してしまった。


 ダンスは貴族の常識にして、このパーティの肝ともいえる部分であった。


 誰かよさそうな人を見つけ、関係を築く、というのが、基本的な誕生日パーティーの裏テーマである。


 それを無視して、しかも今パーティの主役でもあるのに、まだ踊っていないというわけだから、少し驚いてしまう。


「そう、なんですか?ほかの貴族に誘われたりとかは、」


「ありましたよ。でも、全て断りました、…」


 断った?


 伯爵令嬢という地位で主役ということもあり、引く手数多だったろうに、それをすべて断ったということか?


 なんで…そんなことを?


 そう俺が問う前に、彼女は言葉を続けた。




「初めては…アルクスと踊りたかったので」


 暗くても、彼女の表情は明らかに見て取れた。

 

「…僕と、ですか?」


 彼女が、俺と踊りたかった?

 意味は分かるのだが、理解がまだ追いついていなかった。


 どうして、というかなんで俺と。そしてそんな、真っ赤な表情を。


「本当は…昨日お誘いしたかったのですが…。勇気が出ませんでした。そしたら、こんなギリギリに言うはめになってしまいました」


 誤魔化すように、彼女は笑って見せた。耳の先は繕えないほど赤い。


 今までの逡巡した様子は、すべてこれが原因だった…ということか。


 いや、それは、なんというか。結構…照れるな。


「い、良いんですか?僕となんかで…。その、踊りなんてやったことないのですが」


「私も、それほど得意ではありませんよ。…だから、ここに来たんです」


 エレオノールはおもむろに立ち上がりながら、頭上、天空を仰いだ。


「ここなら、誰も見ていませんよ。今なら、月だって隠れてしまっていることですし」


 空は、少し寂しい。

 小さな星が小さく煌めくだけで、ほかには何にもなかった。


 まるで、人のいないダンスフロアのように。



「なるほど確かに、ここなら下手な真似をしても、恥ずかしくありませんね」


 彼女の意図がよくわかり、俺もゆっくりと立ち上がった。

 

「はい。アルクスが転んだとしても、その失態は私が独り占めしてあげますから」


「…そうしていただけるとありがたいですよ…」


 悪戯っぽい言い方の彼女に俺は苦笑する。


 まぁさすがにそこまでの醜態は、彼女の手前、晒したくはないが…もし転んだらそのときは彼女の心意気に感謝しよう。

 


「それでは、アルクス=フォート様。もしよろしければ、この手を取っていただきますか?」


 ナナイさんに習ったであろう、礼儀・作法。

 改まった誘いを述べ、彼女はその小さな手をこちらに差し出した。

 

「ええ、大変光栄でございます。エレオノール・アンシャイネス様」


 あまりこういう時の返答に詳しくないが、詳しくないなりの礼儀をみせて、彼女の手を取る。


 音楽は屋敷、はるか遠くで響いているが、俺たちは暗闇の空の下、静かにぎこちなく踊っていた。

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