第10話 問題児ってレベルじゃない


 レイザー・キルモンド。


 キルモンド子爵家の次男。

 口は悪く、性格は横暴。俗に言う俺様系…というより、お子様系と言うべきなキャラクター。


 しかし主人公への想いは一途であり、ビジュアルもトップに良い。

 そういったギャップ萌えで乙女の心を掴んだのか、プレイヤーからの人気はそれなりに厚い。


 …俺はあまり好きになれなかったが。初心な子供らしさよりもガキらしさが印象に勝ってしまったのだ。

 まぁ、たしかにキャラクターとしては立っていると思うけれど…。


 

 しかし、今、そんな感想を抱いているキャラが、俺の目の前にいる。


「私と、“踊れ”ですか」


「あぁ、そうだよ。この俺が共に踊ってやろうと言っている」


 俺とエレオノールが話している間に、余興は終わり、すでに社交のダンスの時間に入ろうとしていた。


 実に優雅な音楽が奏でられている中、彼女とレイザーが、机を挟んで睨み合う。

 いや、睨んでいるのはエレオノールだけで、レイザーの方は妙に余裕で不遜な笑みを浮かべているが。


 こいつって、こんなに馬鹿だったっけ?


 子爵と伯爵、上下関係というのを理解していないのか?それとも身分さについてはフランクであるアデルベーターに、つけこんでのこの態度なのか……いや、っぽくねぇ…。

 

 というか、なんでレイザーがここにいるんだ?

 いや、子爵令息が伯爵令嬢の誕生パーティーに参加するのはなんら不思議ではないのだが…。

 

 しかし、キルモンド家とアンシャイネス家にラインがあったというのは少し驚くべきことである。

 本編では特別、知り合いであったり旧知の仲であったりということを思わせる発言はなかった…はず。だよな?


 10年という長い月日、コンテンツに触れていないためか、記憶があやふやだ。

 もはやコンテンツを超えて、その世界に入り込んでしまっているというのに。いやだからか。


 どちらにせよ、少なくとも彼らに何か関係があるということはなかったはず。

 ではこれは、語られなかった歴史、みたいなものなのか?



「そうですか、では、お断り致します」


 情報と記憶が錯綜して硬直している俺を差し置いて、話は進む。


 エレオノールは、レイザーが差し伸べた手を蔑むように、あるいは払うように、視線を逸らした。


 俺でなくても見て取れる、不快感を露わにして。


「はァ?」

 

 レイザーもあからさまに不機嫌な態度を示し、こちらに詰め寄ってくる。


 エレオノールは顔をやや後ろに下げ、俺の手を握る強さをキュッと強める。


「俺が頼んでんだぞ?なんで断んだよっ!?」


「あなたと踊りたいと、微塵も感じないのですから当然でしょう?……そ、それにに私は───」


「こいつっ!!」


 その台詞は、今まさに俺がお前に吐きたい。まぁもちろん、それは驚きと呆れという意味だけれど。


 エレオノールの言葉を遮って、あろうことか、レイザーは暴力的にその手を伸ばす。

 まだギリギリ、踊りの誘いの範疇かなと思っていたけど、流石にこれは看過できない。


 

「──っ!」


 伸びる、というか伸びようとしていたレイザーの腕を、空いている手でがしりと掴む。

 少し力が強すぎたのか、彼の手が一瞬歪むように硬直する。


「んだよっ!?」


「アルクス=フォート、エレオノール様の執事でございます」


 そっと彼女の手を放しながら、俺は立ち上がり、レイザーと相対する。

 俺の方がやや身長が低く、目を合わせようとすると目線が高くなるが、しかし威圧感や恐怖などを感じることはない。


「はッ、使用人如きが貴族の誘いにちゃちゃいれんなよっ」


「…私は、アデルベーター様より、からエレオノール様を守るよう、指示されておりますので」


「…っ!」


 彼は腕を掴んでいる俺の手を振り払おうとしてか、思い切り肩を揺らす。

 だが、その程度で手放すような握力はしていない。


 無理やり振りほどけないことを悟ると、レイザーはキッ、とこちらを睨んだ。


「お前、今俺のこと馬鹿にしただろっ!しかもこれ!暴力だ暴力!!」


 さきにやろうとしたのはどっちだよっ!と声を荒げたくなるが、しかしここは冷静に対処しなければ。


「貴方は、お嬢様に危害を加えようと腕を伸ばしましたよね?、少なくとも私はそのように捉えました。私の職務は大部分を自己判断に任されているため、今回の対応に問題はありません」


「…?何ごちゃごちゃ言ってんだよっ!」


 レイザーは耳の先をさらに赤くしながら、睨みの切れ味を高める。


「使用人が俺に楯突くな!!」


「エレオノール様を守るのが、私の使命。職務は全うさせていただきます」


「はァ!?俺は踊れって言ってるだけだろうがっ、お前が首つっこんでくんな」


「っ、なら、貴族として礼節・作法を弁えてください」


 こちらも啖呵を切ってみせると、少しだけ相手は怯む。


 しかし手を離せば、そのまま殴り掛からんと思われるほど、怒り心頭な様子である。

 流石に、この場で暴力沙汰はまずい。


「落ち着いてください、あまり事を荒げたくはありません。事態が大きくなれば、あなたもキルモンド家に泥を塗ることになりますよ」


「な、なんでだよッ!」


「何故って…。下位である子爵令息が、上位である伯爵の令嬢あるいは使用人に危害を加えたとなれば、問題になるのは目に見えているではないですか」


「…はぁ、はぁ?」


 焦りというか、まずいことしたかも、という罪悪感が急に沸いたかのように、若干顔の紅潮が薄れる。

 

 だが、根本的にはあまり、理解していないという様子である。


 話しててわかったけど……、こいつ、なんというか“子供”すぎるな。

 言動も教養も少し下品だ、貴族というより、平民のクソガキを思わせる。


 ただ同時に、本編開始時レイザーの子供の頃はこんな奴だろうな、という想像にはドンピシャで当てはまっている。


 それに、たしかエレオノールとレイザーは同い年だったはず(まぁ彼女らに限った話ではなく、登場キャラの半分以上は同世代なわけだが)。


 ならば、今のレイザーも10歳。10歳児の言動と考えれば、むしろこちらの方が自然…なのかもしれない。


 まぁ、それでも貴族としてどうかとは思うが。


「ここで退いてくださるなら、私からアデルベーター様に報告することはありません。何か指摘されても、それほど具体的に報せることはしません。ですからここは何卒」


「……、わかったよ」


 俺の脅かしが効いたのか、レイザーは弱弱しく応答した。

 

 …ふぅ、まさに一触即発って感じだったが、なんとか落ち着いてくれたか。

 これに懲りて、本編開始のときに、多少性格が改善されたら良いのだが。


 このままいけば、おそらく学園には入学するだろうし、そこでレイザーと再会することはあろうし。


「…、それでは」


 彼の反応を受けて、俺もつかんだ腕を放す。



 刹那、視界が回転する。



 ───ガシャーンッ!!


 ガラスの破壊される音と体にかかる衝撃。

 俺は、レイザーに倒されたということを悟った。


「アルクスっ!?」


 悲鳴じみた声でエレオノールは俺の名を呼ぶ。

 「エレオノール様、ケガはありませんか」と問おうとするが、またもやそこで、顔の頬に痛みが走った。


 殴られた、ということを認識したのは、それのすぐあとだった。


「なんで俺がお前に指図されなきゃいけねーんだよっ!」 

 

 机を乗り越えて、レイザーは俺の上を馬乗りしていた。

 ギラギラとした目つきで、こちらを見下ろしている。


 いや、こいつ…マジか。

 

 痛みとか、そういうものの前に、驚きと困惑が俺の脳内で勝っていた。


 まさかここまで大立ち回りしてくるとは想定外だ。

 少し、ミスってしまったかもしれない。


 子供、しかも貴族のプライドを併せ持つという厄介さを、少し甘く見ていたのか。

 あるいは、ある程度ブレーキのある年齢である本編を意識しすぎて、言動を誤ったか。

 

 いずれにせよ、もう遅いが。


「このッ───」


 二度目の拳がこちらに降りかかる。

 その瞬間、俺は己の右手をコイツに突き出した。



「【スリープ】」



 瞬間、レイザーのおそろしく顰めていた目は、急激にトロンと緩くなる。

 拳をあげたまま、だらりと力が抜け、ぱさっと衣擦れの音を出しながら俺に倒れこむ。


「ナナイさん!キルモンド卿を呼んでください!それと、アデルベーター様も!」


「え、あ、はい!」


 するりとレイザーの馬乗りから抜け、おそらくしばらくは眠ったままだろうが、念のため両腕を手で拘束しておく。


 そしてちょうど近くにいたナナイさんへ、いくらかの指示を飛ばした。

 

「────────────」

「───────────────」


 ひそひそと声が聞こえてくる。


 群衆の方を見てみれば、多くの人間がこちらを奇異な目で見ていた。

 グラスの割れた音が響き、危うく暴力沙汰という状況なら、まぁ無理はない。


 くそっ、面倒になったな…。



「アルクス…」


 ふとエレオノールの方を見ると、心配そうな目でこちらを見ていた。

 

「…エレオノール様。お怪我はありませんか」


「っ、私じゃなくて、自分の心配をしてくださいっ。アルクスは、大丈夫なのですかっ?」


 彼女はかつかつと歩み寄りながら、俺の顔に触れようか触れまいかという具合に手を空へ伸ばしている。


 そこで頬の痛みに気づいて、ぼそりと回復魔法をつぶやいた。

 

「えぇ、このくらい問題ありません。エレオノール様も無事でよかった」


 にこりと微笑んで見せると、彼女は呆れるような、どこか寂しげなような表情を浮かべた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る