第7話 夜中の訪問者



────カーッンッ!!


 夜の庭園に、キミの良い快音が響く。


「ふぅ。まぁ今日は、こんなもんでいいかな」


 今日10体目の訓練用人形をぶっ壊したところで、ふっと息を吐き、額の汗を拭う。


 来たときはまだ、衛兵の人なんかが残っていたのだが、今はもう俺以外誰もいない。

 終課9時の鐘が鳴ってから少し後にここにやってきて、たぶん2時間くらいはいただろうから、今はもう11時過ぎくらいかな。


 いつもならあと1時間弱くらい居るところだが、さすがに明日、エレオノールの誕生日が控えているので、ここで終わりにしておく。


「でも、だいぶ動きは良くなってきたかな」


 物心ついてからずっと剣を振ってきたけど、それなりに身についているのではないかと思う。

 時々衛兵の人と打ち合うこともあるのだが、だいたい半々くらいの率で勝利することができている。


 これで食ってる人に勝てるレベルなのだから、なかなか上出来なのではないだろうか。まぁ、子供相手だからと多少の手加減はあるかもしれないし、真剣を使った殺し合いの場ではどうなるかわからないが。


 でも、今のうちからそれを想定してもな。



 魔法で作った剣を、これまた魔法で分解し、ちょっとだけ後片付けをする。

 そして、さて屋敷に戻ろうか、というところで。



「アルクス」


 凛とした声で、不意に俺の名が呼ばれた。


「っ、エレオノール様!?」


 視界に入ってきたのは、わが友人にしてお嬢さまの彼女であった。

 突然の登場に、思わずぎょっと後退る。


「い、いつからここに…」


「ずっと…と言いたいところですが、今より少し前です」


 全然気づかなかったな……、暗闇の中というのもあるのだろうが、気配がまったくつかめなかった。


「どうしてまたそんな…、というか湯冷めしてしまいますよ?」


「そうしたら、貴方がくださるでしょう?」


 …いや、まぁ。たしかに体温を高める魔法だったり、ちょっとした火を起こす魔法だったり程度は使えるけども。

 というか、それくらいならエレオノールも使えるはずだが。


「それに、アルクス、最近あまり会ってくださらないじゃないですか」


 若干不機嫌に顔をしかめるエレオノール。


 ちなみに、使用人になって以来、彼女からは呼び捨てで呼ばれるようになっている。

 まぁ、主人である彼女のほうから様付けされるのもアレだしね。


 ……しかし、そんなに会えていないかなぁ。

 まぁ確かに、忙しくてずっと一緒にいるというわけではないが、少なくとも一日一回は顔を合わせているし言葉も交わしている。


「そうですかね」


「そうですよ。あなたは私のモ……使用人なのですから、ずっと共にいるべきでは?」


「僕も、そうしたいところではあるのですが、」


 あの仕事の量だ。

 あまり時間に余裕はなかったので致し方がない。


 だが、それは大人の都合であり。彼女にとってはあまり理解できないことでもあるのかもしれない。


「…しかし、全ては明日。エレオノール様を盛大に祝福するためですので」


 彼女に歩み寄り、手を取ろうとするが、自分の手が汗なんかで汚れているのに気づく。

 とっさに手を止めて、ポケットからいつもの白い手袋を取り出してはめる。


 エレオノールは俺の接近に一瞬目を見開くが、すぐにいつもの調子に戻って、俺から目をそらす。


 …前は、顔が真っ赤になってたんだけどなぁ。

 この3年間で、耐性がついてしまったのかもしれない。ちょっと寂しい。


「そう、ですね。明日は…大切な日ですから」


「はい、呆れるほど祝ってさしあげるので、覚悟してくださいね?」


「ふふっ、では、楽しみにしておきます」


 胸を張って俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑む。

 

 うむ、この笑顔をもらったからには、明日もしっかりせねばな。


「それでは、外も冷えますし、屋敷に戻りましょうか」


「…そう、ですね」


 彼女を横切って。建物の方へと急ぐ。

 今日は風が強い、油断していると風邪をひいてしまう。


「あ、あの」


 エレオノールの声、だがやけに遠く感じられる。

 振り返ってみると、彼女はその場から動いていない。


「…どうされました?」


 若干地面のほうに視線を向けながら、なんというか、もじもじという風に俺を見ている。


「も、もし…よろしければ明日…」


 口をパクパクさせるだけで、そのあとの言葉が紡がれない。

 唇の動きを見ようにも、この暗さじゃ叶わない。


 何か言いたげなようなので、少しばかり待っていると。



「い、いえ。なんでもございませんっ。明日、よろしくおねがいしますね?」


 なんでもなかったような笑顔をつくって、そそくさとこちらに小走りで駆け寄る。

 そしてそのまま、俺を横切って行った。

 

「?、はい」


 あまり意図は読めなかったが、まぁ彼女が言うのをやめたならそれまででいいだろう。

 またいつか、その先の言葉を聞けるかもしれないしな。


 気を取り直して、俺は屋敷の明かりを、彼女の背中を、追って歩いた。








 ちなみに、湯冷めケアで体温を向上させる魔法はかけておいた。

 若干不満げというか、そーじゃねーよみたいな顔をされた。


 俺はまた何か間違えたらしい。

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