第8話 ハッピーバースデー
誕生日パーティー、当日だ。
使用人のみんなはだいぶヒリついているというか、浮足立っているような様子だった。俺の作ったマニュアルを必死に叩き込んでおり、いかなるトラブルにも迅速に対処せんという構えだ。
かくいう俺も、それなりにドキドキはしていた。
まぁ、とんでもない数の来賓がいるわけだから、気を張らないわけがない。
なにせ、誕生日パーティーというのは“社交”の場であるのだ。
エレオノールを祝うという純粋な気持ちだけを持ってやってくる者など、おそらく半分もいない。
政治的、社会的な意味合いを持つゆえに、何か悪い虫がお嬢様にかからぬよう、こっちも何かとアンテナを張らなければならないのだ。
その手のことは、父親、アデルベーターにも指示されている。
まぁ、その内容が、
「ひとまずは、お前の判断で決めろ」
だなんていう、だいぶ無茶ぶりなものでなかったらよかったのだが。
本当にあの人は、たかだか10歳を評価しすぎなような気がする。
しかし、まぁ、そこまでの信用をしてもらっているということでもあるのだから、やってやるしかない。
誰が良くて、誰が悪そうか。
人を見る目がなかなか試されるが、この世界を、この乙女ゲーをやりこんだ俺なら、きっとできるはずだ。
他人の腹の内を見抜くなんて、お茶の子さいさいだぜっ!!ということだ。
『淑士淑女のみなさまがた、本日はよくぞ、集まってくださりました───』
アデルベーターの芯のある声が会場内に反響する。
みなの視線が彼の方に集まり、騒然としていた空気が徐々に落ち着きを払っていく。
『わが娘、エレオノールの特別な日を祝うため───』
その間にも、俺は周りの人間をちらちらと観察する。もちろん、気取られないように。
こういう静かになっていて、周りの視線が向いていないときに、馬鹿な奴は馬鹿なことをし始めるのだ。
何か怪しいものはいないか、目を皿にして周囲を見回す。
……と、そこで。
(うん?)
ふと、とある人物が目に留まった。
別にこれといって、不審だったり奇特な点があったりしたというわけではない。
結んだ金髪で、色白で、長身で、穏やかな表情の少年。その横には、明度を暗くし、かつ少しばかり背丈を削っただけで、その他は同じような姿をした少年が並んでいる。
探そうと思えばどこにでもいる、よく似た兄弟だ。
煌びやかな装飾を見るに、というか見なくても、貴族の両親に連れられてここにやってきたのだろうとわかる。
それだけの二人だ。特筆すべきところはない、だろう。少なくともこの場では。
だがどうしても、引っかかる。頭の中にできたわだかまりが詰まって抜けない。
どういう具合なのかを言語化して説明するのは難しいが、なんというか、脳裏に残っている何かと、あの二人が、照合するようなしないような…。
もう少し近づいたら何かわかって───。
(…!)
不意に、明るい金髪の背の高い少年の方と、視線がかち合った。
それに気づいたのか、低い方の彼もこちらを見ようと目線を動かす。
思わず、明後日の方向にサッと視線を逸らした。
まだ手の付けられていない料理が目に映る。
バレたか…?
まぁ、バレたところであぁ失礼しましたという他はない。変に疑いをかけられると面倒くさいけれど。
もう一度、目だけで先ほどの彼らの方向を見る。
(あれ、)
そこには、もうあの二人の少年の姿はなかった。
人影に隠れたかと思い、少しだけ視線を動きまわすが、やはりそれらしき影はない。
どこに行ったんだ?
あの一瞬に消えるなんて…、
もしかして、本当に怪しい奴だったのか?だとしたら、俺の察知能力に拍手を送りたいが…しかし、先ほど感じた引っ掛かりはそういうのではない気がする。
おもむろに立ち上がり、あの少年たちの方へ歩いていこうとする。
その時。
『それでは、本日の主役たる、エレオノールの入場です。どうぞ、晴れ姿をご覧入れください』
会場の扉が、大きく開け放たれた。
入ってくるのは、もちろん本日の主役。
豪華絢爛という言葉はこの時のために生まれたのだろう、というほどに輝かしいドレスに身をまとい、それでいて生まれ持った髪色や配色によって、落ち着いた気品、艶やかさすら醸し出している、エレオノール其の人の姿が、そこにはあった。
今現在彼女のやや右後方に立つ、ナナイさんに教えてもらった作法などをちゃんと熟し、上品さを振りまきながら紅のカーペットを歩みだした。
本当はナナイさんの役目は俺が担当していたところなのだが、いかんせん変にリーダーみたいな立ち位置になってしまったので、今回は今のような形になっている。
だがちょっと、今になって後悔というか、ナナイさんの立場が羨ましくなった。
今のエレオノールは、あまりにも綺麗すぎた。
目に入れても痛くないいう感想が出るのは、今が初めてだ。
見惚れるというのはまさに、今の俺のことを言うのだろう。
どうやらそれは、ほかの来賓の者も同じだったらしく。
拍手の手は止まっていないものの、男女問わずみな一様に、ぽかーっと口をあけながらエレオノールの歩く姿を釘さすように見ていた。
あの方、僕のご主人で、しかも友達なんですよね~、と言い出したくなってしまうが、さすがにそれはしない。
引っかかったあの少年たちのことなどは、とうに頭から消え、ポケッと彼女の歩みを眺めていた。
しかしまたしてもそこで、視線がかち合う。
今回は、エレオノールとだ。
途端、彼女の口角はうっすらと上がり、目元にもどこか喜色が宿る。
俺もいつのまにか微笑んでしまっていたようで、慌てて表情を正しながら会釈をする。
歩みを終え、堂々とした立ち振る舞いをする彼女は、もはや既に完成された伯爵令嬢のようであった。
エレオノール凄かったなぁ。昔はあんなに堂々ともキラキラもしていなかったよな。3年で子供は成長するよなぁ。
なんて呑気に、俺は感慨に浸っていた。
諸々のあいさつや社交辞令が終わり、ようやくパーティーの始まりというか、たのしいたのしい余興が始まる。
ゲーム知識を使って、俺が手配した団体だ。
まだぽっと出ではあるけれど、実力はすでに十分。今後彼らが大成した際、ご縁でということで、融通を利かせてくれるかもしれない、と踏んだ。
そういうこともあって、警備や監視を忘れたわけではないが、俺は妙にルンルンと浮足立っていた。
しかしそんな俺を地に足つけさせるように、彼女はこちらにやってくる。
「アルクス君、」
「、ナナイさん」
控えめに駆け寄ってきたナナイさんは、なんだか参ったような顔をしている。
「どうしたんですか?エレオノール様の警衛でしたよね、あまり離れられると…」
「えぇっと、そのことなのですが」
別に責めるわけではないが、のちに彼女が怒られそうなのでそう指摘すると、彼女は垂れた眉毛をさらに八の字にした。
そして、なんとも重々しく口を開いた。
「エレオノール様の護衛を、代わっていただけますか?」
…。
「え??」
視線をエレオノールのほうへずらすと、彼女の眼は、おそらく俺だけが気づくであろうという程度に、不満さを露わにしていた。
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