第6話 多忙なる現状
俺がエレオノールの使用人となり、早3年が過ぎ去った。
前世も大概、時間の移ろいが速く感じられたけれど、今世では…具体的には使用人になってからはそれ以上に速度が増しているように感じられる。
まぁ、毎日が怒涛すぎて時間間隔を確かめる暇がないせいだろうが…。特に、最近の忙しさたるや───。
3年という月日が経ったということで、俺は───孤児だったので明確な誕生日が不明だが───10歳、エレオノールも、10歳…目前のところまで来ていた。
この世界の人々というのは、10歳や20歳など、キリのいい…というか10の倍数年齢の年は取り立てて豪勢に誕生日を祝うらしい。
ゲーム本編でも、攻略対象キャラの誕生日パーティーのイベントがあったっけ。
もちろんエレオノールの場合も例外なく、周辺貴族や関わりのある侯爵といった上位貴族を招き、盛大に祝福をする予定であった。
……ゆえに、我々準備する側としてはかなりの多忙を極めており。
「はああああぁぁぁ」
無事、俺はほとほと疲れ果てていた。
いや、ちょっと舐めてたな。具体的には、貴族のパーティーの規模とこの世界の不便さもとい前世の便利さ。
伯爵令嬢という高い地位のせいもあるだろうが、やはり多くの人が集まるのだ。
もちろんその分、飲食料や、業務や警備、余興なんかを担う人手が大量に求められるわけで、それらを確保するためにあちこち駆け回るはめになった。
なにせ、この世界は電話とか遠隔でやり取りできる手段がない。
唯一手紙はあるけれど、それでも限度がある。ゆえにこの身体をもって出向くことがなかなか多くあった。
そんなことすれば、まぁ疲れないわけがない。
今世はそれなりに体力に自信があったけど、やはり疲労の限界を迎えようとしていた。
「あ、お疲れ様ですアルクス様」
机に
視線を限界までそちらに向けるが、真後ろで見えるはずもなく、声の主がこちらに寄って来ることでようやく姿を確認できた。
「あぁ…ナナイさん、どうもお疲れ様です」
なんとか姿勢を正しながら、メイド姿の彼女に返事をする。
ナナイさんは、エレオノールの世話係の前任である。
この屋敷では俺の次に若い、20代の使用人だ。10歳から20代……だいぶ飛んでいるが、まぁ俺が若すぎるせいである。前世込みで考えたら結構近い年齢帯ではあろう。
まぁ、そういうわけで何かと話が合うことも多く、現在も彼女は教育係的な立ち位置にあることもあって、こうして言葉を交わす機会がままある。
「ずいぶんとお疲れな様子ですが」
「ええ…、ずいぶんとお疲れですよ。さすがに前日は忙しいですね」
「そうですね…。…でも、アルクス様の奔走の甲斐あって、明日の準備は万全、とみなから聞いております」
「そうですか…、助かります」
いやまぁ、そうでなくちゃ困るんだけどな。
何があって、10歳の子供にいろいろと主導するような立場を寄越すんだよまったく。
普通、ただの使用人ならこんなに疲れない。
これだけの疲労の原因は、準リーダー的な立ち位置にあったからだ。
「本当に、アルクス様はご立派な方ですよね。さまざまなアイデアで我々を導いて……これほどまでに順調に進んだのは、あなた様のお陰です」
アイデア。
まぁそれ、全部前世の知識なんだけどね。
少しだけ、イベントとかウェディングパーティー運営に関わってたことがあったから、その経験を流用したに過ぎない。
だが今世ではなかなか妙案が多かったらしく、その成果を認められてというか、そのせいというか、こんな面倒な仕事を任される羽目になった。
「でも、まぁ。………すべては、エレオノール様のためですよ」
成り行きではあったけど、最終的にはそれが全てだ。
使用人…以前に、ひとりの友人として、彼女の誕生日を盛大に祝いたかった。
これが10年おきにやってくるとなると考え物ではあるが、まぁ俺が彼女と知り合って初ということもあるしな。
少しくらい疲れたってなんてことはない。
「【クリエイト・ストーン】」
おもむろに呪文を唱える。
と、虚空から岩石が生成されたため、それを粘土のようにグニャグニャと操作して、剣のような細長い形に整形していく。
「では、少しばかり鍛錬をしてきますね」
「えっ、今からですか!?」
「技術や肉体というのは、さぼったその日から劣化していくんですよ。明日はおそらくあまり時間は取れないでしょうし、今日貯金を作っておかないと」
まぁ、なんの根拠もない精神論、素人の俺がなんとなくで考えた理論だ。
でもこれを信条に掲げることで、なんとか今、それなりの能力を獲得はできている。
「で、でも、お疲れなのでは?」
「そうですが…まぁそんなもの【レザレクション】」
キラキラとした小さな光が俺を包む。
すると即座にして、重かった体がスッと軽くなった。
「これで問題ありません」
初心者が使うような回復魔法、だが何かと便利なんだ。そこまで魔力を使わないので前世でいうエナドリみたいなノリでキメられるし、こっちの方は健康の心配もない。
まぁ、精神的な回復はできないから、やりすぎると心がすり減るけど。
「それでは、また明日。がんばりましょうね」
「…は、はぁ」
ポカンというような表情をするナナイさんを背に、俺は庭の広場へと向かった。
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