第4話 間の悪い父


─────あれから、数週間がたった。



「見てください、アルクス様。魔法でお花ができました」

「アルクス様、お茶菓子はいかがですか?」

「ふふ、星がきれいですね。アルクス様」


 

 アルクス様、アルクス様、アルクス様


 

 エレオノールはずいぶんと俺に懐いてくれている。

 表情の変化は未だ乏しくはあれど、初対面のときと比べれば遥かに感情豊かな様子を見せている。


 積極的に遊びに誘うなどしてくるのは少々意外ではあったけれど、まぁ俺としてもハッピーなことだ。


 なんせ転生してからこれまで、剣をふるうか魔法書をぶつぶつと読むかしかしてこなかったからな。

 前世が何歳だったのかは覚えていないけど、少なくともガキンチョな年齢ではないことは確か、同年代の子供と遊ぶ気にはなれない。


 その点、エレオノールは同年代とはいえかなり大人びており、何より顔が美しすぎるので傍にいるだけで満足というものである。


「…聞いていますか?アルクス様」


 そんなことを考えていると、じとーっとこちらを見る彼女に気が付いた。

 表情は変わりづらいが、それでもわかる。これは怒ってる眼だ。

 

「あ、え、えぇ。もちろんですよ。えっとー…」


「アルクス様の服の好みを聞いてるんです。やっぱり聞いてないじゃないですか」


「う、申し訳ございません…。少し考え事をしておりまして」


「私の問いよりも大切なことですか?」


 ずいっとこちらに詰め寄ってくる彼女。

 黒々と輝く宝石のような瞳が間近に迫り、なんだか吸い込まれるような気分になる。


 …いけないいけない。

 ぼーっとしてたら、また怒られる。


「いえ、エレオノール様より大切なものなどございませんよ」

 

 彼女の手を握り、精一杯の微笑を浮かべて見せる。

 と、彼女はボッ!!という効果音でも聞こえてくるかのように、顔を紅潮させた。


 ふっ、このアルクス=フォート。実はイケメンである。

 まぁ、乙女ゲーの世界だからか全体的に顔面偏差値が高いのだが、中でも俺は結構上位に入るんじゃないかというクラスである。


 若干ナルシストみたいだけど、しかし利用しない手はないしな。

 7歳の少女とて、イケメンには弱いのだ。


「そ、そんなっ…。いいから、質問に答えてくださいっ!」


 彼女はパッと手を放して、数歩後ずさる。

 ちょっと刺激が強かったらしい。


 さて、服の好みか。

 おそらく自分に何を着てほしいかという意味合いもあるのだろうが、しかし本当に、彼女の着るものなら全て良く見えるからな。  


 しかしそんなことを言うと、また照れながら怒られてしまうだろうし…。


 ここはとりあえず、無難なところを───。



「失礼。アルクス、少し良いだろうか」


 答えようとした矢先、低く芯のある声が聞こえてくると同時に扉が開いた。


「アデルベーター卿!?」


 そこにいたのは……お父様やないかい!?


 突然の権威の登場に、俺は思わず立ち上がる。


 この数週間、何度もこの屋敷に通っていたのだが、父親とはめったに遭遇しなかった。おそらく仕事で忙しいのだろう、使用人に顔見知りができている一方、彼と言葉を交わした回数は最初以来、指折り程度である。


「…お父様」


「すまないエレン、少し彼を借りるよ」


 エレオノールは実に不満だというオーラを醸し出している。

 多少の謝意を見せて収まるはずもなく、実の父親を呪い殺さんという形相で見ていた。


「別に、いいですよ。さきほどから、アルクス様は私に興味がないようですから」


 ツンと顔を逸らして、彼女は言う。

 

 あー…、拗ねちゃった。


 まったくお父さんも間が悪い。

 いったい何の用があって俺を呼ぶんだ……といっても、まぁ見当はついているのだが。


 とりあえず、彼女を落ち着かせてやらないと。

 

「エレオノール様」


 そそくさと彼女の耳元へと顔を寄せる。

 そしてそっと、小声で。


「エレオノール様のお召し物ならば、なんでも美しくございますよ」


 まさに不意打ちの耳打ち。

 彼女は硬直してしまうが、それを解除される前に、俺は伯爵に連れられて部屋を出た。


 そしてそのあとに、声にもならぬような声を背中に浴びたのは言うまででもない。


「…ずいぶんと、仲を深めているようだな」


「えぇ、もちろんですとも」


 内心複雑な気持ちを隠しきれていない彼の言葉に対し、俺は堂々とそう答えた。

 


 

 

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