第3話 ラスボス令嬢のお友達


 エレオノール・アンシャイネスの劇中の悪行たるや、留まることを知らない。


 ひとりでいる主人公に奇襲を仕掛けたり、攻略対象のキャラに呪いを掛けたり、なんとも物語の起点となるトラブルメーカーというか、諸悪の根源という立ち位置にいる。


 結果、様々なルート分岐があるというのに、そのほとんどで悪役として立ちはだかり、破滅的な末路を辿ってしまうキャラでもある。


 主人公によって討伐されたり、攻略対象によって謀殺されたり、手段はさまざまであれ、結果は一様に悲惨なものとなっている。


 

 そんな非情な運命にあり、しかしながら同情はできないキャラが、今、俺の隣にいる。


 いったい、どうしてこうなった。


 俺とエレオノールは現在、伯爵家の庭園で散歩をしている。到底踏み入れるようなことはなかったような地に、到底隣に立つことはなかったような人物と歩いている。


 そもそも格差ゆえに、貴族からのお願いに断れるはずもなかった俺は、彼女の友人(仮)となった。


 今の状況は、アデルベーターといったかの伯爵の計らいによるものである。友人として親睦を深めたまえだとかなんとか言って。

 

 しかし、いきなり初対面の人間、しかも伯爵令嬢、しかも将来ラスボスになるかもしれないという相手に、俺はガッチガチになっていた。


「や、やはり、素晴らしい庭園ですね。どの花も美しく咲き誇って、どれだけ眺めていても飽きません」


「それは良かったです」


 沈黙に居た堪れず、なんとか言葉を捻り出すが、エレオノールからはまるで感情がないかのような答えしか返ってこない。


 というかさっきから、表情が動いていないのだ。

 貼り付けたような微笑みから、一切も。


 伯爵は、君と同い年、とか言っていたので、今の彼女は7歳だろう。


 俺は転生者だから例外としても、そんな年齢の子供なんて、感情が豊かで行動も奇想天外と相場が決まっているではないか。


 なのに彼女の感情の起伏はゼロに等しい。

 本編開始時の、無表情で人を陥れる彼女と、なんら変わりがない。


 もうすでに、ラスボスとして完成されてしまっているのか…?!



「どうかなさいましたか?」


「…いえ、なんでもございません」


 まるで人形のような眼を向けられ、俺は思わず目を逸らす。

 恐ろしく無表情ではあるが、容姿自体は実に美しい。やはり面と向かって見られると、少し照れてしまう。


 うん。


 しかしまぁ、こうなった以上は、なんとか友人をやっていくしかないよな。

 

 流石にまだ、人を傷つけようだとか呪おうだとかの意思はないはずだ。

 ならば偏見を持たないで寄り添ってやることが大切だろう。


 というかむしろ、俺がその道に進まないように導いてやれば良いじゃないか。

 そうすればエレオノールも悲惨な末路にならないでハッピー、俺もハッピー、ウィンウィンな関係だ。


 ようやく、彼女と向き合う決心が心の中でつく。


 だが、その時に。



「やはり……、私との友人関係はお嫌ですよね?」


「…え?」


 思ってもみない発言、というか初めての彼女からの発言に、俺は思わず間抜けな声が出る。


「こんな薄気味悪い者などと関わりたくはありませんでしょう?こんな、下卑たのような者と…」


 その内容は、実にネガティブだった。

 そして、彼女がこれまで受けてきた扱いを表しているようでもあった。


 確か、あれは公式ファンブックだかに書いてあったこと。あまり背景を深掘りされない彼女の、貴重な情報だから覚えている。


 エレオノールは幼少期から、その見た目から強い差別を受けていたそうな。


 父親とも母親とも似ない、真っ黒な姿を持つ彼女は、使用人や街の人間から、陰で『カラス』だの『忌子』だのと言われていたらしい。


 しかも事実として、彼女は。



「それに、私は呪われた子なのです」


 彼女から、ドロリとした黒いオーラが溢れ出す。


 これは、魔力だ。

 作中説明では、誰もが持つ超自然的なエネルギーとされるもの。


 しかし、エレオノールの魔力は他とは一際違う。

 彼女のソレは、人間が持つはずのない、『邪神の黒』なのである。

 

 人を傷つけ、殺める為の魔力とされるソレをもった彼女は、ありもしない疑いをかけられ、酷い迫害を受け続けた…のだとか。


「お望みならば、私が父上に友人関係を解消するように申しておきます。貴方を、傷つけてしまう前に…」


 …なるほど、な。


 傷はどうやら深いらしい。彼女も誰かを傷つけてしまうと思い込んでいる。


 まぁ実際作中ではその力を振るって、主人公を脅かすのだが……。


 しかし、まだ、彼女は



「…いいえ、その必要はございません。むしろ…、こちらからお願いしてもいいですか?」


 近くの、赤く大きく開いた名も知れぬ花を摘む。

 そして、


「【ブルーム】」


 そう唱えると、たった一輪の花は大きな花束へと変化を遂げた。


「どうか僕と、お友達になってください」


 

 その花束を差し出すと、エレオノールは口をポカンと開けて、珍しく驚いたような表情をする。


 そして俺の言葉を咀嚼し、理解し始めたのか、だんだんと照れるように頬を染め、俺のあげた花束を抱き寄せる。


「ほ、本当に良いのですか…?」


「もちろんです、僕は、エレオノール様が良い」


 俺の追撃に、彼女はさらに顔を赤くする。


 花束で表情を隠すが、耳の先端が真っ赤になっているので感情は隠しきれていない。


「で、では、その。よろしく、お願い…いたします」


 よろよろと差し出される、小さく真っ白な手。


 これは、握手ということか。


「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」


 ギュッと俺も握り返す。

 その手はなんとも柔らかく、冷たく、それでいて心地よい温かみがあった。


 先ほどの粘着質な黒いオーラなど、とうにそこからが消えていた。


 まったく、こんな彼女が呪われた子だのカラスだの……、どうかしてるんじゃないか?


 気持ちを新たにして、俺たちは改めて“友人”となった。

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