第2話 とある貴族の頼み事


「はァッ!!」


 幼さは残しつつも威勢ある少年の声と共に、カーッン!!という気味の良い音が響き渡る。


 尻餅をついている者に、荒削りな木剣を向ける者。

 少年と、それなりの体躯をした男が相対している。


 優勢なのは後者ではなく、前者。


 影はありつつも、美形なその少年は、大人顔負けの威圧感を放って佇んでいた。


 一体彼は、誰なのか────。




「勝負あり!勝者、アルクス!!」




 そうですね、俺ですね。


 勝利の宣言と同時に、俺は木剣を鞘に収める。


「いやー、参った参ったっ!やるなぁ、坊主」


「すげーっ!村の大人にみんな勝っちゃった!」

「アルクスすげーなぁ!」


 わっ、と歓声が満ちる広場。

 力自慢大会の優勝者が7歳の少年ということで、それなりに盛り上がっているらしい。


(ま、剣を扱える大人がいないからね。これくらいはできないと)


 俺だってこの数年間、伊達に剣を振ってきたわけじゃない。


 素人の大人相手なら、体格差があるとて勝てないとお笑い者である。


「おめでとうございます、アルクス。将来は立派な騎士ですかね?」


「院長、ありがとうございます」


 パチパチ拍手をしながらやってきた、俺の住まう孤児院の院長。

 この力自慢大会を主催した人物でもある。


「でも、僕に騎士は難しいですよ。爵位もない平民ですし」


「いえ、賢く、強い貴方ならきっとなれます」


 手放しに褒められると、やはり少し恥ずかしい。

 それに少し買い被りな気もする。


 転生による精神年齢の引き継ぎによって、今はまだ優秀な部類に入ってるけど……十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人、とは言ったものだ。

 いずれ本物の優秀な人間に追い抜かれるだろう。


「謙虚なのも、貴方の良いところです」


 院長は、しわくちゃなその手を俺の頭に乗せる。

 そして少しの間瞑目した後、言葉を続けた。


「そして…、貴方に少し、頼まれて欲しいことがあるのです」


「…頼み?」


 改まった様子の院長に少し戸惑うが、なにやら俺に頼みがあるという。


 いったい何があると言うのだろうか。

 院長には拾って育ててくれた恩義もあるし、なるべく応えてやりたい。


「僕のできることなら、なんでもやりますよ」


「…ふふっ、それは頼もしい限りです」


 困ったような顔をしながら彼は微笑む。

 そして、そこには少しの罪悪感も含まれているのが、なんとなく見てとれた。


「では、付いてきていただけますか?」


 少し身構えたが、俺は言われた通り彼の後を追った。



***


 

「でっっっか!?」


 その建物を見た時、俺は思わずそう驚きの声を漏らしていた。


 着ていただけますか?と言われるがままにした後、なんと馬車で数十分揺られてここまで来た。


 やってきたのは俺の住む村を含めた地域で、中心的な立ち位置にある街、エーゲンハルト。


 その時からなんとなく予感はしていたが、案の定と言うべきか、院長が連れてきたのはこの馬鹿デカい屋敷だった。


「こ、ここが本当に、目的のところなんですかっ!?」


「はい、」


 そう言葉少なに答えた後、院長は門番へと何やら話をする。


 と、なんとそのデカい門が開けられるではないか。


 いつのまにかそんなコネクションがあったのか…?


「付いてきてください」


「…はぁ」


 ここまで来て従わないわけにもいかず。

 言われたように後を続く。


 そして通されたのは、屋敷の応接間。


 入って分かったけど、やっぱり中も馬鹿でかい。そんでもって内装も実にゴージャスなものだった。

 

 純金と思わしき像を見た時は、流石に目眩がした。

 なんでこんなところに俺が呼ばれるんだ。


「失礼、少し遅れた」


 冷や汗を額に滲ませながら待つことしばらく、応接間に、なんとも威厳溢れる人物がやってきた。

 

 中年程の年齢だろうが、肉体は弛んでおらず、鋭い目つきは小さい虫程度なら殺せてしまいそうだ。


「いえ、問題ございません」


 院長は立ち上がって礼をする。

 やはり偉い人らしい、俺もそれに倣う。


「ふむ、礼儀がなっているな。この者が例の少年か」


「左様でございます、未だ至らぬ点はございますが」


 なんだなんだ、何か知らない間に話が進んでいる雰囲気だが。

 

「あぁ、すまない。君にはまだ話を通していないのだった。少し話そう。座ってくれ」


 促されるまま、極上に柔らかいソファに腰を落とす。

 何処からか、いかにもメイドです、という服装の人物もやってきて、なんとも良い香りな紅茶を置いていった。


 前世でもこんな体験したことないぞ。


「まず、自己紹介をしようか。私の名は、アデルベーター・アンシャイネス。ここらを治める伯爵である」


 伯爵!?

 

 めちゃくちゃ貴族じゃないかっ!?

 いや、建物のデカさで薄々勘づいてはいたけども…!


「え、えっと。アルクス=フォートと申します…」


「うむ、聞いている。アルクスフォート、瑞祥な名ではないか」


 ははっ、そうっすね、と返すことしかできない。

 というか、そんな意味があったのを初めて知った。


「今回君を呼んだことについてだが……、単刀直入に言おう。どうか、になってはくれないか?」


「…友人?」


 一体何を任されるんだと固唾を呑んだが、予想の斜め上の頼みが飛んできた。


 しかしこんな改まった言い方なのだ。な〜んだそんなことか!とはならない理由があるのだろう。


「実は、娘は人智を超えるほどの力を持っていてな…。そのせいで、同年代の友人、ましてや普通の人間と心を通わすことが難しいのだ」


「…なるほど?」


 天才ゆえの孤独ってやつ?

 いや、少し違いそうか。


 果てしない力で人を傷つけてしまうとかだろうか。


「一度、会ってみないとわからないですが…」


「うむ、それもそうだろうな───」


 あぁ、やはり今もいるのか。


 それにしても親が友人になってくれと頼むほどだろう?いったいどんな子がやってくるというのだろうか。



 …あれ、そういえばこの人、アンシャイネス伯爵って言ったっけ?


 その家名はもしかして……


「あの、娘さんのお名前って────「、入ってきてくれ」


 俺が聞くまでもなく、その答えは返ってきた。


 キィッと控えめに扉が開く。


 そこには、宝石のよう、それでいて一切の光を宿さない漆黒の瞳と、絹糸のように美しく伸びる長髪を携えた、少女の姿があった。


「お初にお目にかかります、エレオノール・アンシャイネスと申します」


 エレオノール・アンシャイネス。


 記憶の中のそれとは遙かに幼いが、しかし確かにその名に覚えはあった。


 なぜなら、このセレスティア・ストーリーにおいて、最もよく聞くであろう名前……、


 あらゆるルートでを務める、の名前であったから。

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