不倫旅行
旅行に行こう、って言われたら、行けるの?
そう、匠からメッセージが来た。
不倫旅行
サスペンスドラマで痛い目に遭う側みたいだ。
まさか、自分の人生にこの四文字が関わる日が来るなんて、思ってなかった。
匠は、自分にとっていとこのようなもんだ。
結婚できる、一番近い他人、くらいな距離。
匠が兄で、自分が弟でもおかしくはないが、セックスはするから、一応いとこくらいには離しておく。
恋人という感じはしない。
だから、旅行に罪悪感はない。
夫も、ほぼ姉弟だ。
こちらは女として、姉なのだな。
改めて考えると面白い。
そういえば、昔、同級生が不倫をしていたことを思い出した。
早くに結婚したから、いざとなったら旦那さんと合わなかったらしい。
夫婦生活は維持しつつも、その隙間を埋めるようにお相手ができていた。
お相手にも家族がいる。
彼女にとっては、彼こそ運命の人で、二人でいるときは幸せらしい。
その話を聞いて、彼女の旦那に同情するわけでなく、彼女の不倫を責めたり、彼氏を羨ましがることもなく、ただ、人生とは難しいもんだな、と思ったものだ。
結婚生活はいいことばかりじゃないし、長年のことだ。
今生だけで考えればかなり大ごとだ。
だが、10万回輪廻転生すると思えば、まあ適当に、好きな人と好きなように暮らしてよい気もする。
今世失敗したら、たった何十年だけ我慢するだけだ。
そう考えたら、運命の人に出会えただけで素晴らしいことだ。
だが、そちらで仲良くしていることがバレたら大変なことになる。
たかが好きな人と仲良くするだけでそんな目に遭うと思うと恐ろしいな。
不倫に対して、そう思っていた。
もう一つのパターンは、独身女性が既婚男性と不倫するやつ。
そういえば、一時期、既婚男性に迫られることが多かった。
このパターンは自分には理解できない。
まあ、人間的に惹かれて好きになっていくならありかもしれないが、それなら独身男性でもいい人はたくさんいた。
わざわざ既婚が良いというのは、何かフェチっぽい気がする。
そういうパターンの人が周りにいなかったから、わからないけど。
自分が誘いに乗らなかったのは、相手が好みでなかったことが一番だが、仮に匠にまだ家庭があったらやっぱり付き合わなかっただろう。
自分が体も完全に男だったらいいかもしれない。
その場合、匠がバイでなくてはならないが。
こうしてみると、自分の人生は、はなから不倫とは無縁……ではなかったようだ。
そこからわざわざ旅行となると、本格的に不倫な気がする。
普段のデートは、一緒に銭湯に行く、みたいな感じだ。
旅行となると、一緒に温泉に行く、感じ。
別に、銭湯でよくない?
なんでわざわざ遠くにいくのだろう。
匠と観光をして、楽しいんだろうか?
匠をつまらない人間だと思っているわけじゃない。
本当の恋人や奥さんだったら、楽しいだろう。
わざわざ男二人で行って、楽しいのか?ってことだ。
男友達で旅行にいくなら目的は観光だ。
それは楽しいだろう。
だが、匠はセックス込みで考えているはずだから、男女の旅行だ。
でも男女の恋人同士で行くのは、俺が嫌だ。
女らしい、恋人役を期待されるのは苦痛だ。
匠は、多分それはしないと思うけど。
男同士の恋人なら、ありだ。
観光も、セックスも楽しめる。
そうなると、この長い髪が邪魔くさい。
本当に今すぐに切ってやりたい。
夫は、心理的錠前の機能を見越して髪を伸ばせと言っているわけではない。
が、結果的に、男として男と恋愛する自由を制限するものになっていて、非常に腹が立つ。
匠に、髪のことを何か言われたことはない。
そもそも、容姿に言及されたことはない。
思えば、お互い、愛してるだの、好きだのと言ったこともない。
”お互い良かったら、一緒にいよう”
そんな程度のルールが心地よかった。
一緒に旅行に行きたいと思うくらいには、良いと思っているということだ。
男の恋人としては嬉しい。
女の恋人としては煩わしい。
同じ自分、同じ匠なのに、なんでそんなに違うんだろう。
男なら、ありのまま愛されている気がする。
女なら、疲労困憊で、神経質で、病気持ちで、ムカつく上司に可愛げを求められ、親しくすればヤれそうなくらいに見られている可哀想な子……と、同情されているような気がするのだ。
その同情に乗ってしまったら匠の「モノ」になりそうな気かしてしまう。
匠の援助を受け、匠の思想に影響を受け、匠に慰められる人生に、なってしまいそうだ。
親の援助を受け、親の思想に影響を受け、親に慰められる子どもみたいだ。
上司にムカついているときのパターンも、同じだ。
余計な援助をし、俺の思想に影響されろと言ってきて、勝手な自分ルールで慰めてくる。
意味がわからないから死んでほしい。
精神的に、囲われたくないのだ。
無駄な抵抗だとも思っている。
多くの人がスルーできることがそうできない。
不平不満は言いつつも、それなりに暮らすことができない。
本当に男だったら、そういうのをバネにして、匠のように起業したりもできたかもしれない。
自分なりにやってみたが、うまくいかなかったのは、女のせいなのか、人間として足らなかったのか。
上司が打ち合わせをしているときに、職場に差し入れられたリンゴを剥くことになった虚しさ。
”女の人だと話しやすい”
”女の人だと安心する”
”女には限界がある”
”女だからしょうがない”
”お母さんみたいにどんと構えて”
”体を壊したら子どもを産めなくなるよ”
”やっぱりお母さんがそばにいないと”
女で良かったと言われたことも、女の大変さを労られたときも、それを感謝や思いやりとは受け止められなかった。
だからといって、体の運命に従って、若いうちに子どもを産み、仕事から離脱して、家庭の喜びで生きることは絶対にできなかった。
それはもう、自分が自分でなくなる。
なあ、神様、俺はどう生きるのが正解だったんだよ。
原始的な幸せも、社会的な幸せも得られない。
それでも、夫もいる、匠もいる。
もっともっと苦しい生活の人に比べれば、贅沢な悩みの方だろう。
妊娠できる年齢の限界が近づいている。
もしかしたらとっくの昔に子どもが産めない状態かもしれないが。
病院に行って調べるのは嫌だ。
産めないとわかったら、また温活だ、薬だと努力をしなくてはならない。
俺は、子どもがほしいんだろうか。
俺が、子どもを産むんだろうか。
俺は、子どもを産めるんだろうか。
生理で痛む度に、また一カ月過ぎてしまったとまさしく痛感している。
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