生理

大学時代、アルバイト中に腹痛で早退した。

仕事を途中で切り上げるなんてありえなかったが、それくらい酷い痛みだった。

痛みが下腹部だったから、近くのレディースクリニックにかけこんだ。


だいぶ昔のことだから、どんな検査をしたかは忘れたけれど、わかった病気は、子宮内膜症、子宮筋腫、チョコレート嚢胞だった。

1ヶ月後にまた来て、と言われたが、”レディースクリニック”というジャンルがなかなか受け入れられず、予定の月に行かなかった。


数ヶ月後、また耐えがたい腹痛があり、クリニックに駆け込むと怒られた。


「ちゃんと来ないとダメですよ。治療しないと、他臓器と癒着する病気なんですから」


腹痛が酷いだけだと思っていたら、案外大変な病気だと知った。


経過観察で定期的に通う。

それでも若い頃は良かった。

市販の痛み止めでなんとか凌いだ。



生理が辛い女性は多いだろう。

痛み、吐き気、だるさ、眠気、憂鬱、イライラ。

吹出物に、むくみで一回り体が膨らむ不愉快さ。

経血の臭い。

ナプキンのナイロンの不快感。

生理日がズレたことによる下着の汚れ。


最低でも月に一週間は不調だ。


こんな女子独特の嫌な現象だが、私は、生理自体は受け入れていた。

自分にとっては、老化で歯が抜けたりするのと同じようなもので、人類の半分が経験するなら仕方ないと思っている。


だが、社会生活の中ではモヤッとすることがある。

社会人になり、責任者として働いていた時、アルバイトの女の子が生理で休んだ。

当日の連絡で、自分がその子の仕事をやる。

当然、残業になる。


生理休暇のある会社だが、使ったことはない。

”生理ごときで休めない”

どうしてもそう思ってしまう。

さらに子どもがいる職員も多く、突然の休みの穴を埋めるのは自分だった。


生理の女の子に対して、男性職員は案外優しく、仕方ないね、と言う。

昭和生まれの古い私や奥さま連中は、なんとなく腑に落ちない。

”薬でなんとかならないだろうか””せめて前日に連絡をくれれば”ついついそんな風に思ってしまうのも嫌なものだった。


子育て世代はいつも申し訳なさそうに休んでいた。

アルバイトに比べれば、当然、重要な仕事をしていることが多く、フォローは大変だった。

せっかく子どもが産まれても、肩身は狭いし、フォローする側もヘトヘトだ。


これで、自分より後から入った女子が妊娠したら、私はやっていけるんだろうか、と思っていた。

彼女を育てて渡した仕事が、結局全部自分に返ってきてしまうことになる。


俺が男に生まれてくれば良かったのに。


そうすれば理解ある男性として女の子に優しくできる。

フォローできる体力もある。

妊娠した社員を心から祝福できる。

何もモヤモヤせずに済む。



年々、過労は溜まり、毎日頭痛に苦しみ、薬を飲むようになった。

やっぱり、会社を辞めよう。

このままでは死んでしまう。

正月、家族と一緒にいながらも体調不良で寝込んでいた時にそう決意した。


♢♢♢


「低量ピルでの治療を始めませんか? このまま生理の回数が増えていくと、子宮に負担がかかって病気が悪化します。ピルを飲むと、軽度の妊娠状態になって、生理が止まり、子宮を休ませることができます。そうやって病気の悪化を防ぎましょう」


そう医師から提案された。

つまり、生理自体が子宮にダメージを与えているのだ。

昔の人は、早く複数の子どもを産むので、生理がない時期がある。

妊娠時期があること前提の子宮の耐久性らしいのだ。


二つ返事で治療を始めた。



生理が止まり、私は男でも女でもなくなった。



快適だった。

あの、全身切り刻まれる痛みはなくなり、生理日の把握にカレンダーを見なくても済み、ナプキンの常備からも解放された。

毎日快活で、今まで以上に仕事は捗り、常にご機嫌だった。


世の中の生理痛に悩む女性全員に、申し訳ないと思うくらい爽やかな日々を送っていた。


♢♢♢


数年後、妊活をすることになった。

また、生理との戦いだ。


あまりにキツイ日があり、生理休暇を1日だけとった。


「生理休暇って、どれくらいあるんですか?」


「いくらでも。人によるから。みんな使ってるよ」


と、総務の女性が言う。

ちゃんとしてる人は使ってるんだな。

そう思っていた。



ついに仕事を辞めたいと夫に話したら、反対されなかった。

過労が目に見えていたらしい。

区切りのいいところで、会社に退職願を出した。


後で知ったが、生理休暇は誰も利用していないらしい。

総務の女性が、私が休みやすいように嘘をついてくれていたようだ。

体が辛いといえば、配慮してもらえただろう。

自分が言えなかっただけなのだ。



子どもを産まないと決めて、低量ピルを飲み続けるのが一番私にはいいのだろう。

が、夫婦で子どもを産めるのは私だけだ。


妊娠する私、出産する私、母親になる私。


どれも、想像できない。



「子どもと公園に行きたいし、写真もいっぱい撮りたいよ!」


夫が言う。

自分には、そういう願望が何一つ出てこない。

なんで、そう思えるのか不思議だ。

すでに生まれているならまだわかるが。


「自分が妊娠するイメージできる?」


「そんなの、できるわけないじゃん」


私も、それくらいイメージできない。

なぜ世の中の女性が自然に、平気に、子どもを産めるのかわからない。

その機能と現象を抵抗なく受け入れられる女性と、自分は何かが決定的に違うのだ。



匠に、そう話してみた。


「俺は男だけど、産めるものなら自分で産んでみたいよ。出産って、すごいことだと思うからさ」


それはそれで驚いた。

私と匠の性別が逆で、夫婦だったら全てが丸くおさまるのに。


「そういう人も、いるんだね……」


自分も面倒な奴だと思っていたが、匠もなかなかに面倒な人種なんだな、と思った。

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