町の夜 4

町の柱姫の 心臓が鍵になって町の中心には容易くたどり着けた。

姿を隠してはいるが、町中の視界を監視できるイェレトからいつまでも姿を隠せるわけがない。

むしろここまで姿を現さないことが不気味だ。


道化師は自分が邪魔をすると言い置いていったが、そこまで当てになるとは思えない。不気味だ。

塔を見上げる。

隠されてはいたが、ここまで近づけばはっきり分かる。

ここが町の柱姫の場所だ。


気は進まない。

神を盗もうとした魔術師が二人、イェレトに消されている。

柱姫があのままで留まってくれていれば、もてなしの夜を平穏に終えただろう。

他の魔術師に知られることもなく、邪魔も入らず。

だが、柱姫が町に来ることになったのはヨナが自分を気遣ったためであり、──要は自分の失態なのだ。嫌になる。



塔に入ると金の糸が降ってくる。

張り巡らされたそれらが腐臭を放ち始める。

攻撃性を感じた。

「お待ちを!争うつもりはありません、話を──」

「わたしの心臓を持っているのね」


糸を伝って柱姫の首が滑り降りてくる。

いや、この金の糸は柱姫の髪なのか。

しゅるしゅると糸が集まり絡まって、彼女の体を形作る。

これが元々のカーリアなのか。

だが、弱々しいと感じた。

自分が今もてなしている柱姫に較べて、あまりにも、──……死にかけている……?


柱姫は死ぬ。

自分たちのように消えるのではなく、自我が失われても腐敗という緩やかな変化をしつつ、なお存在は残る。

「新しく訪った柱姫を探しています。ご存じのことがあれば、教えて頂きたい」


「ねえ、心臓を返して。わたしの心臓」

「ご存じのことはありませんか。彼女のもてなしはわたしが行っています。彼女が夜に迷うようなことは遺憾です。早く見つけなければ」

赤い唇が笑いを漏らす。

「そうやって騙して、わたしを夜に閉じ込めた魔術師がいるの。同じことがずっと繰り返されてきたなんて、他人事だと思えばなんだか滑稽ね。騙して、夜に塗り込める。そんなおとぎ話、なかったかしら。外に狼がいるよ、だから安全なグールの胃袋の中におはいり」

アトリは憮然として返す。

「柱姫のもてなしは魔術師の義務です」


「私たちはこの世界の生け贄だものね。見ず知らずの世界のために生け贄になる義務なんて、わたしにも彼女にもない。そうでしょ? なのに、あなた達は、守るだの庇うだの言って、わたしをばらばらにした。ほら、わたしの心臓はあなたの手の上、足は逃げるからって一番初めに取り上げられて埋められた。腕は町の壁に、皮膚は家に、腸は道に。わたしは生きてるの、死んでるの? ねえ?」

「あなたは尊き存在です」

「だから、ばらばらにされてあなたの世界のために役に立てと?」

「わたしはそんなことは、しない」

「だってあなたは魔術師でしょう? ばらばらはイェレトの趣味だとしても、結局奪うじゃない。それとも、奪うなら、戻すこともできる? わたしは、どこだか言ってみてよ。どこに行ってしまったの? 元のわたしはどこ? 本物のわたしはどこ?」


アトリにカーリアの首がにじりよる。

「ねえ、あなたの手の上にあるのは、わたしの心臓? 彼女の心臓? わたしには、もう見分けがつかないの。魔術師は賢いんでしょう、教えてよ」

「わたしは、あなたの敵ではない」

「結局わからないし、わたしを元に戻すことも出来ないのね。役立たずのクセにわたしにはあなたの役に立てと要求するんだわ」

「あなたはイェレトを憎んでいる、と聞いた」

「だから? それってあなたに協力する理由になる? 前の二人は少なくてもイェレトを殺そうとしてくれたわよ、わたしを元に戻せない代わりに。まあ、結局役立たずだったけど」


「魔術師は世界のためにある。神を消すのは可能だったとしても世界のために好ましくない行為だ、安定が壊れる」

「可哀想なわたしたちを神と持ち上げて犠牲にするのは好ましい行為なのね、世界の安定のために」

「魔術師はそのための存在だ、だがあなたが自分のために足掻くのを否定する気はない。それも権能の内だろう、理を犯さぬ内ならば、魔術師としてあなたのために礼に叶った行いをする。あなたは貴い存在だから」


翠緑の瞳が彼を白けた表情で眺めた。

「こんな世界、あなたたちごと壊れればいいのに」

ピンク色の塔の壁が黒ずみ、腐敗の匂いが濃くなる。

町に入った時の気分の悪さを思い起こした。

呪いを敏感に感じ取っていたのだろう。

むしろイェレトに感心する。

よく町を保たせていたものだ。この様子では、呪いは蓄積して全てが腐り崩壊していてもおかしくはなかったろうに。


「御心を鎮められよ。世界を呪ったところであなたに益はありはしない。姫にもこの世界に渡り来る理由がある、それを都合よくお忘れになるな」

「嘘よ」

「見なさい、あなたの言葉が傷つけた跡を。この世界は脆い、あなたの言葉よりも。 そんな弱々しい世界が、あなたを強引にさらってこれるとでも? 無理だ。あなた自ら世界を逃れることを望んだか、あなたの世界があなたを拒絶した。だから、ここにいる」

「嘘よ、魔術師は信じない」


彼女の言葉と不信にひりつく痛みを無視して続ける。

神になったからイェレトは彼女の不信と否定を気にせずいられるのであろうか。

魔術師の身にも応えるのに。


「もし柱姫の拐かしが可能なら、一人二人ではなく、魔術師全員が柱姫を迎えている。出来ないから、わたしたちは柱姫を待ち望み、精一杯の迎えをする。それが、あなたの心にそぐわぬことは是非もない。けれど、元の世界に戻れぬあなたに安住の場所を提供したこの世界を呪うのは止めて頂きたい、お門違いだ」

「安住の場所ですって、ここが?」


「あなたにとっては不足で未熟な世界であることはわかっている。だからこそ我らは善くしようと努めている。流れ来たあなたをもてなすのも努めている。

逆にお聞きしたい。あなたは我らに何を望むのだろうか? 魔術師は世界につかえている。あなたを元の世界に戻すことなど出来ぬ。放っておけば、あなたたちは夜の世界で命を落とす。場合によっては、この世界を引き裂き消失の巻き起こる嵐生帯を生じさせる。不吉を避けるために柱姫を庇護しもてなす。この世界を守るために存在する我らにそれ以上の何を望む?」

「盗んだじゃない! わたしを、私自身を! わたしはどこ? 返して、返してよ!? わたしはこんな顔じゃない、こんな声じゃない、これはわたしの体じゃない、わたしはどこにいったの?」


「柱姫の存在はこの世界より強い。そのままであれば世界を壊す。あなたがここに存在し続けるためには、それは手放さねばならない、そうでなければ、世界を守るためのわたし達はあなたを滅ぼさねばならないから。他の破壊霊は皆そうする。だが柱姫はそうせずとも良い手段がある。理解されよ。それがわたし達の善ともてなしだと」

「殺さずにいてやるのが、もてなしですって? 」

「わたし達はあなたを戻す手段はない、どこかへやることも。あなたはどこへも行けないし、自ら戻ることも出来ない。そしてそのままで留まれば世界を壊す。それはこの世界に留まり存在し続けるための唯一の手段だ。我らは半身を割いてあなたに差し出しもてなすが、あなたは我らを罵り呪っている」

「白々しいこと。あなたたちはただ奪ったのに」


「そしてあなたは長らえている。それが事実だ。傷ついて息も絶え絶えで流れ着く姫も多い、何があったのか。あなたはわたし達が奪うというけれど、あなたはここに生きている。消え行くこともなく。あなたが世界にめぐみを与えているのは事実だ、そしてあなたが生きている場所をこの世界があたえているのもまた同等の真実ではないのか」

「わたしに感謝しているなら心臓を返してよ」


ためらう。

世界を呪う彼女に力を返して本当に良いのか。

「柱姫の居場所は?」

「知らないわ。探せないの? 元々彼女をかくしていたのはあなたでしょ。自分からも隠してしまったの、優秀なこと」

「では探すための協力を」

「わたしはここから動けないわ、無理な要請ね」


睨みあう。

「柱姫は町にいる。ここはあなたの町だ、何も知らないはずはない」

「心臓を返してくれれば何か分かるかも知れないわよ」

「わたしはあなたを信用できない」

アトリは心臓を掲げたまま後ずさりを始める。

「あなたを尊重はするが、魔術師としてわたしはイェレトを支持するべきかもしれない」

カーリアは目をすがめる。

「いいわ、ついていらっしゃい」

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