町の夜1

「……!!」

町の柱姫の心臓が自分の手のひらの上で、鼓動を打っている。

驚きでアトリはむしろ自分の心臓を口から戻しそうになった。


あの道化師め、なんというものをヨナに押し付けていったのだ!!


ヨナが自分に何を渡されたのか、知らぬが幸いだった。

万が一イェレトに遭遇そうぐうしていたらヨナは只では済まなかっただろう。

『追いかけてくる者がいたら捨てて下さい、昼間は魔除けみたいなものなので』

相当、ふざけたいい加減極まりない助言をヨナに残していった。自分へのからかいも含むものだろう。

無性に腹が立つ。


しかも、もてなしの最中の柱姫が町に連れ出している。

よりにもよって、もてなしを終える三日目に。

これは道化師ばかりの罪ではない、無事に儀式を終えれず、負荷を昼間に残した自分の不甲斐なさもある。

体調は戻っている。皮肉だが、柱姫の心臓のおかげだろう。

が、道化師の行動は度を越している。


柱姫を早急に探さねば。

町は夜ともなれば昼間よりも入り組んでいるはずだ。侵入者への備えはあちこちにあるだろう。

イェレトは幼く無邪気に見えるが、警戒心は強いのだ。


このまま町の柱姫の心臓を持ってイェレトに見つかったら、自分は道化師と共謀者、もしくは首謀者と見なされるだろう。

姫をかどわかすのは、大罪なのだ。

戦闘を想定しておいた方が良い。

イェレトは既に自分の柱姫に近づいた二人の魔術師を消失させている。道化師の冗談事ではすまない。


が、罪を問われる疑惑の種になると言えども、柱姫の心臓をその辺に捨てることなど出来るはずがない。不敬の極みだ。

(どうするべきか……)

頭が痛い。



とりあえず、柱姫を探すべきだ、と結論する。

柱姫はどこだ。気配が辿れない。

町の柱姫の存在感が強いせいだろうか。

この厄介な心臓は、町の柱姫に返すべきか。持っていても危険なだけだ。

代わりに助力かとりなしを頼めるかもしれない。


もてなしの最中の柱姫は連れて帰らねばならない。もてなしの儀を中断するのは不味い。

豊穣ほうじょうが台無しになる。

魔術師の存在意義に関わる。

破壊霊も現れているのだ。


この町の柱姫であるカーリアはあちこちに分祀ぶんしされているから、気配が紛れて心臓を持ってうろついていても町にいる方が見つかりにくいという利点はある。

ただそのぶん、こちらの柱姫が見つかりにくく、イェレトに遭遇する率は上がるのだが。

アトリは身を隠す術にはけているつもりだが、イェレトの複数の場所を見ることができる目をいつまでくぐれるかは、なんとも言えない。


「あ、良かったですね、全快しました?」

諸悪の根源の能天気な声が鈴の音とともに上から降ってくる。

道化師が壁の上からひらひらと手を振っている。


「よくものうのうと、もてなしの邪魔をしてくれたな!」

「失敬な! 魔術師の手助けより柱姫の願いを。極めて道理に則った礼儀正しい行いなのに。道化師の本分から逸脱いつだつしてまで成された尊い行いですよ、そこに多少の混乱が付きまとうのは道化師ゆえの自然の摂理です。怒るなら事態を処理する能力のないご自身の不手際こそでしょうに。だってあなた方は、高貴なる魔術師なんだから」


「柱姫はどこだ?!」

「カーリア様の塔に。イェレト様に招かれて」

舌打ちして思わず弓に手をかける。

神具なら大抵のものは消滅させられる。

どんなにふざけた存在でも。

もてなしの最中の柱姫を、町に連れてきてイェレトに引き渡すなどおよそ最大級の敵意しか感じない。


「まあまあまあ、落ち着いて。道化師が道化師らしくあることに腹を立てるなんて魔術師らしくもない。物事はすんなりとは行かないものなんですよ、わたしは道化師なんですから尚更です」

「 世界は存続するために必要を生み出す。が、病んだ部分を放出することもある。その駆除も魔術師の務めだ。もてなしている柱姫をたぶらかしてかどわかすなどと、この上ない害悪の存在だ」

矢をつがえて狙いをつける。



道化師が首をふる。

「夜の人って本当に物騒ですよね。やっぱりわたしは昼の方が好きだな。これから無礼講を始めるので、その心臓の返却をお願いしようかと思ったのに」

「ふざけるな、道化師の戯れ言に付き合うなどっ」

ぽんぽんと道化師が片目の眼帯を叩いた。

「イェレト様は今あなたのところの猫だか馬だかを見つけて塔に向かってますよ、柱姫がさがしていましたからね」


にやにやしている道化師の顔をにらむ。

「だからなんだ」

「麗しき助け合いの提案ですよ。無礼講と落とし物の返却を。町でなにか起これば、イェレト様が面倒を見るし、そうすればあなたは塔に行ってカーリア様にそれを返せるでしょう? わたしはロギウス様に手伝いの見返りに色々悪戯の種を貰ってますからそれを使いたいし」


何を企んでいるのだろうかと見つめるアトリの顔に道化師が肩をすくめる。

「わたしはとりわけ、イェレト様と無礼講がしたいので。ロギウス様はあの方に甘い顔をしてばかりですしね」

「柱姫に危険が及ばない保証はあるのか。お前のやることは大抵考えなしだ」

「いいんですか?のんびり考え込んでいると、イェレト様があなたの柱姫を見つけてしまいますよ。あなたに心臓を貸しておいて欲しいって願いごとの契約もしてたし」


アトリが弓を下げる。

「良かった、良かった。わたしは塔に入れませんけど、あなたなら手だてを見つけるでしょうからね」

しゃくにさわるが柱姫は迎えにいかねばならないし、心臓を本人に返すなら道理に合っている。

イェレトとの衝突も回避できる可能性もある。

「ではお気をつけて。──念のためカーリア様にも用心を忘れずに。あの人からすれば、あなたもまた盗人の一員ですから」



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