町の夜2
「おや?」
塔の最上階にバルコニーから入り込むと、イェレトは首を傾げる。
柱姫がいない。
「カーリア、せっかく君にお友達を連れてきたのにどこへやったの?」
猫は簡単に見つかった。
彼女の願いは満たした。
答えが返らないと、つかつかと部屋の奥まで行き、鳥籠から覆いを剥ぎ取る。
勢いあまって、鳥籠が床に転がり金の髪を散らした。
鳥籠から美しい女の首がこちらを睨んでいる。
イェレトが丁寧に鳥籠を拾い上げ、籠から垂れる金の髪を撫でた。
「君は相変わらず無駄なことが好きだよね。僕からなにかを隠そうなんて 」
彼女は返事をしない。舌がないから。
時々代替物を造り出しているようだが、長持ちしないようだ。
自分を睨む翠の瞳は取り上げない。
彼女の中で一番眺めていて楽しい部分だから。
「君がなにかをできるなんて僕が町から離れているときだけじゃない。柱姫は町から出ていないことは知ってるよ。どこに隠してもどうせ見つける」
機嫌よく鳥籠を元に戻す。
「アトリはもてなしの夜を終えていないし、僕が引き継ぐことに問題はないよね」
柱姫が二人。
今よりも力を持てるに違いない。
ロギウスも二度と自分にうるさい
イェレトは自身のまとったローブの白い袖を眺めた。
再び柱姫を得た場合、また装束が流れてくるのだろうか。
白い装束は神として立った証だ。
昼も夜も変わらぬ一者となる。
変容の脅威にさらされることはない。
魔術師のみが柱姫を
柱姫は確固たる存在を分け与える神であり、その神性をものするには、二通りの手段がある。
捕食。
結婚。
結婚ができるのは魔術師のみで、これを以て彼らは自分たちを貴種と自負している。
捕食した場合、一者存在を保てるのは一定期間。
すぐ効力は消える。
野蛮で愚かな行為とされている。
結婚は相手を生かしたまま相手の力を所有できる最善策である。
結婚は三種ある。
すんなり理解と合意を得られるのが一番目。
二番目は、条件を提示するもの。一定の猶予を与えつつ、合意に追い込む。
古くは
柱姫は申し込みをはねつけることができるが、どのみち姫はこの世界から出られない。
この不安定な世界の支えの
魔術師とは妥協するしかない。
三番目は、有無を言わせず。
敬遠される。
完全な結婚とならず、柱姫が一定の力を保持する。
最悪な場合、魔術師でさえも消失させられる。
尚、神であることを尊み、婚約提示までもてなしの三夜がある。
無論、諾婚が一番望ましいとされるが、手段としては二番目が多い。
神はなかなか意図に沿って動いてくれないものなのだ。
儀契婚で提示した条件は成立した後も神を縛るため後々有効ということもある。
実際それがなければ、町がぼろぼろだったろう。
イェレトと神妻の折り合いは極めて悪い。
結婚形態は二種ある。
連添は特に何も手を加えない。
ただし永続は出来ない。
神は一定不変の存在を持つのだが、それゆえなのか不思議なことに老い衰えるという特殊な状態を発現する。
この世界に長居するせいで少しずつ侵食されているのではないかと考えられている。
神ゆえに変容に抵抗力があり、一瞬の変化ではなく極めてゆっくりとじわじわと変容していっているのではないかと。
そこで処理を施す必要が生じる。保たせるのだ。
世界での遮断をはかるため、初期の魔術師たちは、柱姫を自分の中に収め、一体化する手法を取った。
妻食とはいうが、消化はしない。
あえて嵐生帯まで赴いて、自分の姿を不安定化し柱姫を包み込んで自分の中に収蔵した。
賭けのようなやり方である。
そもそも一旦立神した魔術師の姿を揺らがすような最悪級の嵐はそんなに発生するものではない。
人為的に発生させることはできるが、それには柱姫をかなり過激に刺激せねばならず、下手をすれば柱姫を失いかねず本末転倒なことになる。
だから結局この世界に神は多くない。
柱姫を永続させることに失敗しているから。
イェレトは心臓がぶら下がっていた辺りを無意識に撫でようとしてイラつく。
彼は
バラバラにして各々を祀った。
単純に彼の柱姫があまりに逃走を諦めないために取った処置だが、保存にも効果があるようだ。
バラバラでも祭祀は行えた。
立神した魔術師が柱姫と神事を行えば、魔術師が生まれる。
そうして世界はより安定を増す。堅固になる。
アトリはイェレトの神事によって生じた六番目の魔術師だ。
イェレトは七番目の魔術師を望んでいた。
七番目は
黄昏には創生の女神の最初の娘たちがおり、女神の呪いから世界を守っている。
女神の元にたどり着いて呪いを解けば、世界は変容と分離から解放される。
試した魔術師はいない。
その前に柱姫が失われるから。
恐らく自分が最も多く顕現を行った立神者だろう。
しかし七番目は現れなかった。
顕現の神事に彼女はもう役にたたないのではないかと思い始めていた。
墳墓の丘のロギウスは妻食を行わなかった立神者である。
連れ添えして、衰えるに任せた。愚かしい。
しかしイェレトを顕現させたのは彼であるためなのか、なぜか従わせる力があった。
自分の顕現させた魔術師に干渉できる力が。
神になってもそれを振り払うことはできなかった。
そして腹立たしいことに、なぜかイェレトには同じことができなかった。
もともと魔術師としてロギウスがそういう能を持っていたと考えるしかないが、怒りは収まらない。
悪いことにイェレトの顕現させた魔術師にまでもその干渉力を及ぼせるらしい。
魔術師を集わせるのはロギウスが始めた。
やたらと話し合いを説く男だが、なにを話せというのか。怒りしかない。
ロギウスが始めた魔術師の会議は、イェレトにとっては裏切り者や怪しい動きを摘む場だ。
ずぅんずぅんと遠くから振動が響いた。
イェレトの額に皺が寄る。
複眼の瞳に町のあちこちの光景が映った。
「竜?」
鳥籠を振り返る。
「まさか君が招き入れたわけじゃないよね、お仕置きは好きじゃないと思ってたよ」
翠の瞳は怨念を込めてこちらを睨んでいる。
彼女は彼を困らせるために時々そういうことをした。
せっかくあちこちから集めてきた町の住人を減らす上に、生き残った住人に夜の病をばらまく。
魔術師を
自分の町の近くに生じたアトリも、日世が薬女でなければ、始末していた。
イェレトはきっちり管理しておくのが好きだし、不安定要素は好まない。ロギウスがアトリをやたら気にかけているというのも、自分に不利に働くかも知れないと実に気に入らない。
ただ夜の病がはびこって月が町に寄り付かないというのは、恥だった。
安定を維持してこその神威と権威だ。
カーリアと関わった一番目と二番目の魔術師を自分で始末して安定が欠けたという反省もある。
塔を最下層まで降りたが、新しい柱姫の姿はない。
次々に切り替わる町の風景にも彼女は映らない。
「いない、か」
色素の薄い唇を撫でる。
さて、これはカーリアの新しい悪戯か、アトリの細工か、新しい柱姫自身の力か。
最後だと厄介だ。
神の力を自覚させないためにもてなしの三夜はある。
魔術師の庇護を招くために。
とりあえず町の治安維持に向かう。
あの柱姫は魔術師に警戒を抱いていなかった。
ならどうとでもなるだろう。
自分の小柄な身なりは警戒を解くことも知っている。
ほぼ完成形に近いアトリに不審を抱くのも考えずらい。
他の魔術師が彼女の痕跡を辿って町に来るとしても、容易には塔にたどり着けない。
彼女が閉じ込められたことに警戒を抱いて姿を隠したなら、あの竜の来訪を予期していたとでも言えばよい。
竜を片付けておいた方が彼女の庇護者としてアピールできるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます