少年


町は奇妙だった。

人はにこにことして、わたしを歓迎した。

次に、町の柱姫を誉めそやす。

女神のように美しくて、美徳の塊のような人間だと。

じゃあ彼女はどこにいるのか聞くと、暗号のような答えが返る。

町のあらゆる場所に。

崇高な者だけが立ち入れる場所に。

会ったことはないけれど、この町にいて全てを見守っている。

明確な答は得られない。誰も彼女に会ったことはないのか。


人びとは善良だとは思う。

隙あらば、わたしに櫛だの首飾りだの果物など贈り物しようとする。

親切だが、町の柱姫についての情報はない。ほぼ賛美に終始する。


気持ちが悪い。


町にまっすぐな道がないのもひとつの要因かもしれない。

ひたすらぐねぐねとうねっていて、方角がうまく把握出来ない。



こんな町でヨナの猫を見つけられるのだろうか。

何人にも話しかけているのに全く柱姫の居場所もわからない。

座り込んでしまう。できれば早く気分の悪いこの町から出たいのに。

迷路に囚われたような最悪な気分だ。


「どうしたの?」

白いローブ姿でフードを深く被った少年がうずくまったわたしを見下ろしている。

「迷子になったみたい」

わたしが情けない顔を上げると、一寸置いて少年がおかしそうに笑いだす。

「そんなにおかしい?」


いくらかほっとしたのは、奉仕しますと言わんばかりの態度が見えないせいかもしれない。

悪いことではないのに、善意に満ちたそればかり見せられるとなぜだか気が滅入めいるのだ。


「ううん、僕がちっとも気づいてなかったのがおかしかったの。お姉さんのことじゃないよ。柱姫に気づかないなんて、すごーく間抜けなことなんだ」

「そうなんだ」

「困ってるの?」

「ええ。探し物がちっとも見つからなくて。藤色の猫を見かけなかった?」

「猫? 町の柱姫じゃなくて?」

「あ、えーと、彼女も探してるけど。誰も居場所を知らないから。知ってるの?」

「猫は見かけてないけど、彼女の居場所ならわかるよ。会いたい?」

「ええ、できれば」


「猫の方も町にいるなら僕、見つけてあげられると思うよ」

「そうだと嬉しいけど」

「任せて。僕も失くしものをして困ってるんだ。だからお姉さんも助けてあげないとね」

「優しいのね」


こんな子どもにまで心配されてる自分を叱咤しったして、立ち上がる。

ヨナだって自分の体調そっちのけでアトリやわたしを心配してばかりいる。

「だけど、約束をしてほしいな」

「約束?」

「そう、約束」


フードに隠れて口元しか見えないが、白い肌に整った輪郭は見てとれたし、綺麗な巻き毛がこぼれている。

美童に違いない。

他の町の人とは違って意志が感じられる。

「そんなに難しいことじゃないよ。町から出ないでほしいんだ。夜になったら外は危ないから。あなたになにかあったら心配だからね、夜は危険で町にいれば夜の悪いものは入ってこないから」


「連れと合流できれば大丈夫だと思うけど、それに夜になる前に帰るつもりだし」

「誰かと一緒に来たの?」

「ええ」

「ふーん……。でも、今は一人、だよね」

「そうね 」

ふふっと嬉しそうに笑う。


「いいよ、来て」

手を取られて足早に歩き出す。

裏路地やどこかの家の中、一見壁にしか見えない扉や道などないように見える植え込みを通り抜ける。

いかにも町に通じているようだった。



「ここは……」

「柱姫の塔だよ、町の中心」

「でも、他の場所からちっとも見えなかったのに」

「神聖な場所だから」


白い石の塔がそびえている。

「ここにいてくれる? 猫を探してくるよ」

「ありがとう、できれば猫と一緒に連れも見つけてここに連れてきてくれると嬉しいんだけど。伝令と病人がいるの」

柱姫を説得して連れ出すにしてもヨナたちのいる場所に辿り着ける気がしない。


「伝令?」

ひどくとがった声音を聞いて、まじまじと少年を見下ろす。

「彼があなたを連れてきたの? ここに?」

「そう、だけど」

「そうなんだ。へえ。まさか、町にいるとはね。どこまでも人を馬鹿にしてくれるんだな。そうだね、勿論彼も探してあげるよ。それまでここにいてくれる?


声音にき出しのとげを感じる。

「ええっと、ひょっとしてあの人、あなたに何かした?」

「あなたはあれと仲良しなの?」

ムッとしたような声音。

「いや、全然」

「良かった。僕の探し物、彼が持っていってしまったんだ」


今朝の場面が甦る。──よもや、とは思いたいが。

「……金色の果物、とかじゃない、よね?」

「──ああ、そんな風に見えるかも。

刺激を薄めたって、何?

見た目通りじゃない怪しい代物って聞こえるのだけど。

やっぱりヨナは変な洗脳受けてしまっているのかもしれない。


「呪いが詰まってるとか言ってたけど、物騒なものなの? なぜ、そんなものをあなたが?」

「重要で貴重なほぼ唯一のものだし、他の人には危険だけど僕は扱いを知ってるから大丈夫なんだ。危険なものを遠くにやったり封じ込めたり、まつってなだめるのが僕の仕事だから」

神官みたいなものか。たしかにそれらしい格好をしている。


「具合が悪い人が持っていたら危険かしら。身に付けろってわたしていたけど」

少年がフード越しにわたしを観察しているように感じた。

見えているみたいに。

実際そうかもしれない、口元しか見えないくらい目深に被っているのに、町を駆け抜ける時も何の迷いもなかった。


「それは今、薬女のところにある?」

「彼女を知ってるの?」

「夜の病にかかったら薬女に薬を頼む。教えられなくても、皆が知ってる。この町に来てるね、気づかなかった」

「ええ、彼女はとっても親切にしてくれたし、今は体調が悪くて心配なの」

「ああ、そうだろうね。うん、効果はあるよ、とても貴重で力のあるものだから」


「怒ってる?」

「あなたには怒るはずなんてないよ」

「効果があるのなら少しヨナに貸してもらっていてはダメかしら、彼女が良くなるまで」

少年が沈黙する。考えているようだ。


「それが、あなたの望み? そうしたら喜ぶ?」

「ええ、そう、だけど」

「あなたは彼女のところで何度目の昼を過ごしたの?」

「今日で三日目よ」

「そう。ふーーん、それなら、じゃあ、いいよ。それがあなたの望みだと言うなら。あれは彼女にも貸しておく。彼女が良くなるまで。それでいいかな? 僕があなたのために叶える願い」

「え、ええ」

「合意、だね。その代わり、ここから動かないで待っていて 。今は少し危険で、ここが一番安全な場所だから」


「ああ、破壊霊がでた、とか」

「魔術師から聞いた?」

「伝令から」

「本当ならあなたに悪い報せを告げるのも、もてなしとして良くないことなんだけど。でもそういうことだから町から出ないでいてほしいんだ」

「ヨナは大丈夫かしら……」

「彼女なら平気だよ。災いに対処するための祭具も持ってるから。それに災いは、姫がいればそちらを狙うものだから」

「わたしを?」

「そう、災いが見えるのは姫だけだから。だからあなたは町にいるのが安全なんだ。魔術師もいるし。どこにも行かず、ここにいて」

念押しされる。

「あなたの願いを間違いなく叶えてくるからここでゆっくり心置きなく過ごしていてね」


少年が扉を示す。

「じゃあ、伝令を探してくるから中に入って待っていて」

「勝手に入っていいの? 神聖な場所って」

「入っちゃ行けない人は入れないようになってるから。あなたなら平気だよ。じゃあね、いい子で待ってて、約束を守ってね」

ひら、と白いローブを翻して消えていく。

シンとした人気のない昼下がり、わたしは塔を振り返った。


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