カーリア
扉はあっけなく開く。
寒い。
中にも人気がない。
黒い螺旋の階段が中央にあるだけ。
昇るには腰が引ける段数だが、行くしかない。
生活感はまるでない。
ひたすら昇る。
何度か視線を感じて振り返るが、誰もいない。
疲れのせいかも。
毎回この階段を昇り下りしているとしたら相当だ。
住居ではないのか。
降りてきてくれないかな、と何度か呼びかけたが無反応。
矢張歓迎されてないのか。
天辺まで着いた自分を誉めてあげたい。
扉をノックする。返事はない。
開ける。
誰も見当たらない。
シンとしたほぼ家具の無い 静かな花の溢れた部屋。
花は壁にもたくさん飾られているが、香りはない。
中央に覆いのかかった鳥かごが吊られている。
近づくと、
「誰? 触らないで。出ていって」
声がした。
「カーリア?」
花に隠れて部屋の奥に
一見、見えない配置になっているようだ。
「ええと、こんにちわ?」
のろのろと女性が顔を上げる。
彫りの深い顔は本来は気の強そうな美人だが、打ちのめされて疲れきった顔をしていた。
町の柱姫は幸せではない、と伝令が言った言葉を思い出した。
「誰」
「突然ごめんなさい。わたし、蝶を追いかけていたらこの夢みたいな世界に迷い混んで。自己紹介もできないのだけれど。名前はわからないから。 でも、あなたは名前を思い出せたのね」
彼女が翠の目を見張る。
「あなた、どうして来たの、ここに?」
「あなたに用があって」
「どうやって?」
「白い服の子どもに連れて来てもらったの」
そう言えば、名前を聞くのを忘れてしまった。
彼女がガタリと立ち上がって怯えて辺りを見回す。
「えっと、あの子には猫と連れを探してもらってて、今はわたし一人なのだけど」
彼女は極度の人嫌いなのだろうか。
わたしを見もせず、自分をきつく抱き締めるようにして尋ねてくる。
「いつここに来たの?」
「町には今日初めて来たけど」
「違う! あなたはまだあなたのままでしょう!? 何日目なの!」
「え、三日目だけど」
彼女がわたしを険しい表情で見詰める。
「じゃあ、最後ね」
「カーリア? それはどういう──」
「それはわたしの名前じゃない!!」
彼女が叫んで、部屋全体が揺れる。
「ご、ごめんなさい、じゃああなたの名前は?」
「名前……わたしの、名前……まだ、どこかにある……? 消えて無くなった……? いえ、でも、それよりこの子がいるなら、わたしはこれからどうなるの……?」
ひどく不安定なようだ。出直すべきか。
でも、盗まれた、とは。
「あなたが会った魔術師はイェレトだけなの?」
詰問される。
「魔術師はアトリしか知らないけど、誰のこと?」
「違う魔術師のところにいる? でも、ここに連れてきたのはあいつ……? だとすると? ──考えないと、考えないと」
彼女が爪を噛んでぶつぶつ言う。
「あなたを隠さないと」
「え?」
「あなたのせいで、わたしは自由になるかも。もしくはもっと酷いことをされるかも。うまくすればあなたの魔術師があいつを殺すかも、そうでなくても、わたしが」
わたしの肩を
うわんうわんと声が部屋中にこだまする。
世界が狭まって襲いかかって来るような圧迫を感じた。
──彼女、変になってる?
「落ち着いて、できればこっちの話を、」
「そうだ! ねえ、あなた、お願い。一緒にあいつを殺しましょう! そうすればわたしは元通りになれるかも」
そこだけ生気が戻ったように目を
これはどうも、こちらの交渉ごとを切り出す機会ではないようだ。
振りほどいて、 追いたてられるように部屋を出て階段を下る。
出直したとしても話ができる状態ではないかも。困った。
「なに、これ」
扉が開かない。
自分が自由になる、と彼女は言った。閉じ込められている?
あんな精神状態だから?
違う世界に来た精神負荷は、人によっては重たいだろう。
自分が何者かわからないことも不安を
あのようになっても不思議はない。
──それとも、柱姫だから、閉じ込められている?
昼の町の人びとの無条件賛美を見たあとだと、彼女に酷いことをするとは考えにくい。
が、異世界だ。
扉が うねうねと動くぬめったピンク色の壁に飲み込まれていく。
なにこれ…
夜になったの?! ここは何かの生物の中?!
「こっち」
するりと冷たい感触が手に滑り込んだ。
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